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第29話 「リンクを貼る」

    果たして屁は空中で分解されて臭わなくなるのか、それとも拡散希薄されるだけでずっと残留物質として残るのか。先日、斯様な疑問を読者に投げ掛けている家頁を見つけたのだが、読者からは分解するという叮嚀な解説が返されており、十分に知的好奇心を満足させてくれたとともに、そのような純朴な発想には大いに感心させられた次第である。

    ところが一転して、リンクは「貼る」なのか「張る」なのか、という疑問に対しては、何ら根拠も与えずに問答無用で「貼る」の一言のみの回答が寄せられており、興趣を殺ぐ形となってしまっているのは聊か残念でもある。それでも十分に歓心するのだけれど。

    リンクは「貼る」なのか「張る」なのか、論理的に考えれば答えは明白である。元来、貼るという行為は面と面をぴったりと糊で接着する事を意味するのであって、点と比べるとその接着面はかなり広い範囲に及び、それを接続点と呼ぶには無理がある。そして何よりも顕著なのは接続距離が零なのであり、英語では paste であり、更に決定的なのは分離に於いては「剥す」とも言う。そうとしか言わん。

    一方、リンクとは点と点を接続する事であり、点だからして接着面積はかなり小さいのであり、それを接着面と呼ぶにはかなり無理がある。抑抑は面の概念など存在しない点を繋ぐが故の接続点なのである。そして当然だが接続距離は零ではなく、執念い様だが離れた物を接続するのがリンクであり、リンクは連結であり、連結面を貼るとは言わず、連結線で繋ぐ、結ぶ、張る、切断するという具合に表現するのだ。そういう物は普通、糊で貼ったり剥したりする事は不可能だし、英語でも「リンクする」は link であって paste とは言わないし、link を剥すとは言わない。

    総括すればこれらの接続行為には、二次元的な「糊で貼る」と一次元的な「線で結ぶ」という厳然たる違いが存在する。私は酒を飲み乍ら、この様な主張を芹沢相手にぶつけてみることにした。芹沢は学生時代からの友人である。

    「蜘蛛の巣を張る、網を張る、テントを張る、だろ。電網リンクだけ何で貼るなんだ。こら」
    「細かい事を言うでない。想像するに、リンクを貼るとはリンクを張る為にアドレスをコピーして貼り付けると云う意味だろう」
    「おいおい。墓穴を掘ってるぞ。リンクを張ると自ら言ってるじゃないか。張る為に貼るとは言い訳がましい。それに貼り付けるのはアドレスだろ。貼り付けなくても手でタイプする事だって出来る」
    「タイプするって、そりゃまた大袈裟な事を」
    「大袈裟なもんか。コピペだと目に見えないコードを書き込んでしまう事があるじゃないか」
    「ううむ。確かに」

    「もっと他に説はないのか」
    「じゃあ、鉄棒の樣な重い物体を接いでリンクする時は、実際には接着面積は零ではない。半径3糎の鉄棒なら断面積で9π平方糎ある。橋を吊すワイヤーは直径1米以上もあったりする。だから貼るだ」
    「接いでリンクするも妙な日本語だが、じゃあ、接続距離は零なのか。渡しが零の鉄棒でどうやって遊ぶのだ」
    「零とは言っとらんがな。数センチくらい認めてくれ」
    「良かろう。だが、そんな物凄い鉄棒でどうやって月面宙返りするのだ」
    「月面宙返りって、御前出来るのか」
    「いや出来ん。そんな事より、橋だって斜張橋と言ったりするじゃないか。また墓穴を掘ってるぞ」
    「え、しゃちほこ?」
    「馬鹿もん。鯱鉾じゃない。しゃちょうきょう。駄洒落で胡麻化そうったってそうはいかんぞ。それに鉄を貼るのか、糊で?」
    「鉄紛なら貼れるぞう。鎔接という手もある。一応、貼り付いてる樣に見せる事は可能だ」
    「見えん見えん。もう夭折してもらうしかないな」
    「ちょっと待ってくれ。線で繋ぐというが、実際には線という実体など存在しない云々という評論家の意見もある」

    「じゃあ回線は何なんだ。国際線は。放射線は。最前線は。そいつぁ評論家じゃなくて屁理屈家だなあ」
    「まあ聞け。ディレクトリ内の二つのファイルがリンクで結ばれている時、線などという代物は何処にも存在しない」
    「御前、今、結ばれていると言ったな」
    「ああ、言った」
    「張る時には結ぶけど、貼る時には結ばないぞ」
    「如何にもだが、まだ続きがある。その評論家曰く、それがフロッピーとフロッピーだったらどうするんだ。糸でも結んでアメリカンクラッカーでもするのかと宣うのだ」
    「何んだそりゃあ。じゃあフロッピーとフロッピーを貼り合せてサンドイッチでも作ってくれ。『あれえ、おっかしいなあ。このサンドイッチやけに固いなあ』とか」
    「うむ。こんな風説もあるぞ。電網を多角形に見立てる。N角形とすると、当然だが頂点の数はN、辺の数もNである」
    「急に堅い話だな。折角、人が呆けてるのに突っ込まんかい」
    「まあ聞け。それで一つの頂点から引ける対角線の数はN−3。じゃあ対角線の総数は」
    「わからん」
    「あっさりと言ってくれるな。N(N−3)/2だ。最初の頂点からはN−3引ける。その隣の頂点からもN−3引ける。その次の頂点は一つ少ないN−4だ。そのまた隣はも一つ少ない。それを順々に加えていくと答えに達する」「御前さっきトイレが長かったのはそのせいか」
    「ゴホッ、ゴホン。えー、このカニ唐揚げ、旨いなあ。北海道フェア万歳〜」

    「またしらばっくれやがって。まあ良い。俺はこの男爵コロッケを始末するとしよう」
    「で、Nが無数にあるとリンクの数は無数に脹れ上がり二次元的なメッシュを構成する。謂わば面だ」
    「な、何だよ。戻りが早いな」
    「だからその面の上に新たに線を引いてみると、線を貼っていく様に見えないか」
    「見えん見えん。引いたら線は減るじゃないか」
    「下世話な突っ込みだな。隣のお姉さんも引いてるぞ。そうやって気を惹こうたって駄目だ」
    「うーんそれでは大分ヒクヒクしてきた処で、そろそろ追加注文といこうか。すみませーん。絹莢の紅葉揚げ、それと…」
    「え、衣笠の揉み上げ?」
    「馬鹿もーん」

    と、思わず突込みを入れようとしたが、期せずしてその天然ぶりを発揮したのは、注文受けのお姉さんであった。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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