第28話 「…と・・・」
今回はちょっと風変わりな題名である。「…」と「・・・」。或る頁に拠れば、どうも両者には意味の違いがあるらしく、例えば、
男は目を閉じたまま煙草に火をつける・・・
男は目を開いた。すると目の前には・・・
谷肇がいた。がちょーん・・・
・・・
の様な用法は全て間違い、誤用だそうである。出版社へ送る原稿でこういう使い方はしないというのがその主張の根拠らしい。更にその頁の作者は「こういう勘違い野郎はプロの作家を目指してはいけない」とも宣っている。説明の都合上、上の例文は私が勝手に改変した。すまん。
それにしても「…」と「・・・」の夫々の用法について解りやすい解説でも書いてくれていれば、一見の読者にも「へえ、そういうもんだったのかい。そいつぁ、ひとつ御隠居にも教えといてやんなくっちゃあ」と、素直に納得して貰える上に或る種推重の念でも得られようものだが、残念な事に「勘違い野郎」という言葉が示す通り「お前ら阿呆か。知らん奴は知らんでええ」の如き少々乱暴な吹聴として聞こえ、配慮を欠いたものになってしまっている。これでは折角待機していた「うっかり八兵衛」も出る幕が無い上に、その樣な横柄な言葉遣いは「プロの作家を目指してない奴は知らんでもええ」と言い放っているに等しいのである。
私自身は作家なんぞ目指してはいないし、高がネットでお堅い規則は野暮だと思うし、而も莫迦なので「すんません私が間違っておりました。お代官様」と平に謝るしかないのであり、「そいつぁ知らねえなぁ〜。証拠でもあるのかい。御奉行さん」などと嘯いて「やっかましいやい。証拠証拠と先刻から聞いてりゃ、いい気んなりゃ〜がって・・・」と遠山桜を拝むのは御免被りたいのである。え、御用、いや誤用ですか。失礼。
そうは言っても「勘違い野郎」を「雑文書き」に置換してみれば、腹が立つ事請け合いである。ものを書いても人に見せなければ独り事を呟くのと何ら差異はなく、冗談を書いて読者を笑わせようとする漫筆と、酒の相手を笑わせようとする漫談とは如何ほど違う行為だと言えるのだろうか。漫筆漫談をする人が職業作家や漫才師を目指しているとは限らない訳で、私自身も今の職業に誇りを持ってやっているし、もっと給料を上げて美人秘書を付けて欲しいとか思っているとは限らないのである。勿論、そういう夢を持っている人もいるらしいが、そんな些細な個人の夢を「勘違い野郎」と揶揄して愉悦に浸る狭量さは問い正されるべきであろう。プロプロゆうてあんたプロいうのは職業いしきのもんだいでかたちのもんだいやあらへんでえ。きいー。あ、いや、失礼。取り乱してしまった。
それは兎も角、最大の関心事は「…」と「・・・」の持つ意味の違いである。これらが意味を持つという事は、単に発声記号でしかない仮名文字とは違って、漢字と同様に全角一桝一文字で一つの意味を構成するという事であって、当然ながら読み方も存在するのである。安易に点、点、点、と読んでは頂けない。全角一文字と三文字という違いに注意すると、前者は一音節、後者は三音節の発声であるのは明らかである。
この事実から帰結される事は、僅か一音節の「…」は静寂無言を表現する文字としては、短か過ぎて不適切であるという事である。「・」三つ分を一気読みしようとすると、一音で三音節なのだから何しろ忙しい。例えば「つつつ」とか「てんてんてん」とか「くぇっくぇっくぇっ」とかを瞬時に一音で喋ろうものなら、焦って舌を噛んだり吃ったりする事必定である。従って、これは喋りの急停止を表現する吃音用法であり、一音節で「っ」と読む。
これに対して、「・・・」の方は三音節もあるので十分に余裕がある。普通に考えて無言用法であるのは間違いないのだが、意外にもこれには四つの活用形が存在する。上の例文をもう一度御覧頂きたい。
一番目のは煙草の燃える音を表現する擬音用法。「じじじ」。緩んで「じじい」とならない樣に心掛けたい。
二番目の「・・・」は、「な、何と」と読む吃驚用法。読点を意識させない樣に発声したい。
三番目のは「がちょん」である。がちょーんが木霊する反復用法である。但し、この用法は無言であり、胸中で反復する樣を表現する。
四番目のは「あぜん」と読む。言うまでもなく唖然用法である。
この様に「・・・」には四つの活用法があり、読みかたも様々で中々奧が深い。
さて、ゴルゴ13の科白にはこの「・・・」が多い。何時も無表情な彼であるが、この活用形を熟知していれば、彼の胸中に勃発する実に多彩な心理変化を窺い知る事が出来るのである。例えば以下の場面を考えてみる。
男の背後に忍寄る黒い影。バシッ。鈍い音が走る。影が喋る。
「いやいや、済まなかった。背後に立つ者は誰であろうと容赦なくパンチを繰り出す。だったな。今後は気を付ける事にしよう。私が依頼人のコヨーガ・ナーイです」
「・・・」
これは反復用法である。ゴルゴ13の胸裏に響き渡る依頼人の名コヨーガ。男は右手を差出す。
「いやいや、宜しく」
「・・・」
握手を求められて、ちょっと吃驚している。吃驚用法だ。
「デューク東郷。握手は決して交さない。でしたな。いやいや、失礼した」
「・・・」
ゴルゴ13は葉巻を吸っている。乾燥した葉巻の燃焼音を表す擬音用法である。ここで初めてゴルゴ13は声を出す。
「用が無いのなら、帰らせてもらおうか」
「いやいや、ヨーガ・ナーイじゃなくて、私の名はコヨーガ・ナーイです」
「・・・」
「・・・」
最初の「・・・」は唖然用法だ。ゴルゴ13は唖然として本当に帰ってしまう。最後の「・・・」はオーソドックスな無言用法。下らない駄洒落を言った為に、頭を撃ち抜かれて横たわっている男の無言の科白であるのは言うまでもない。
以上の推論から、誤用でない樣に思うのだがここは更なる説明の為、コヨーガの弟「コヨーデ・ナーイ」に登場してもらっ…
え、御用でない。こりゃまた失礼。
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