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第114話 「激的ビフォー・アフター2」

    古びた商店街の一角にある一軒の古い家。30年前の曾ては活気を呈したこの通りも、古惚けた看板が当時の賑わいを物語るのみとなり、今ではすっかり閑散としています。

    今回の依頼人は田嶋ハルさん。田嶋さん夫妻は、この自宅で30年前にカレー屋さんを営んでいました。ラーメン屋でアルバイトをして、こつこつ貯めたお金で自分達のお店を持ったのでした。併し、その幸せも、そう長くは続きませんでした。開業して三年後、田嶋さんの御主人は帰らぬ人となって仕舞い、27年もの間、御主人との僅かな思い出と共に、田嶋さんはたった一人でこの窮屈な家を護り続けて来たのです。悪霊退散。

    この家の最大の問題は、隣家の玄関と1メートルしか隔てていない玄関です。護符の貼られた扉を開いて中を覗くと、元彼の吉四六が、否、元カレー屋のキッチン兼客室兼居間兼寝室が、容赦無く迫って来る有樣。その右脇には脱衣場もない窮屈な浴室と、二階へのアクセスに欠く事の出来ない傾斜角120度の昇降の辛い階段がありました。齢70歳の田嶋さんにとって、これは可成りな負担です。そんな訳で思い出の品が収められた二階の納戸も封印された侭。生活にそぐわない無駄な間取りを改善し、快適な空間を手に入れると同時に、お父さんの思い出を甦らせたい。そんな切なる願いを受けて、再びあの巧が立ち上がりました。「へいお待ち。ラーメン一丁」

    一月後。巧とのコラボレーションも順調に進み、いよいよ完成の日がやって来ました。玄関を取り壊し、納戸を解体し、床板を剥し、天井に穴を空け、うっかりカレー皿を落して割って仕舞ったりと、樣々な障碍を乗り越えた今回のリフォーム。限りなく少ない予算で、絶対に実現不可能とも思えたリフォームを、匠は奇抜なアイデアと見事な技で切り抜けました。癒し空間のアーティストが、今ここに披露する新しい家とは、一体どの樣なものなのでしょうか。

    この日を待ち侘びた田嶋さん。笑顔で新しい家に戻って来ました。御主人の数々の思い出の品に、新たな命を吹き込んだ匠のリフォーム。果たして田嶋さんは喜んで呉れるでしょうか。それでは、そのリフォームの全貌を御覧にいれましょう。

    玄関を入ると、変わり果てた樣子に田嶋さんは吃驚。問題のカレー調理室は四分割されて、機能的に繋がった四つの癒し空間へと大変貌を遂げました。一つ目の癒し空間は、天窓から光を採り入れた明るく解放感に溢れたトイレ。曾てカレーが調理されたこの憩のスペースで瞑想に耽り、これからは真のカレーが製造されて行くことでしょう。

    二つ目の癒し空間は、浴室。玄関から丸見えだった浴室は、死角へと大移動。日光が燦燦と降り注ぐ硝子張りの空間には、見事な盆栽が添えられた脱衣場が設けられました。硝子張りを前にしてちょっと恥ずかしそうな田嶋さん。でも、マジックミラーなので中から外は見えませんが、外から中は見えるので安心。そして、脱衣場の向こうには、匠の鮮やかな技が隠されていました。扉を開けると…

    なんということでしょう。大きなカレー釜を再利用した五右衛門風呂です。30年前にご御主人が、カレーへの拘りと味を追求したこの釜で、旧き良き思い出と共に煮え滾る湯に浸り乍ら、屹度いい出汁が取れることでしょう。

    玄関から延びる美しいアプローチの先には、驚くほど解放的なスペースが開けていました。それは三つ目の癒し空間、ダイニングキッチンです。と、思いきや、なんと戸棚が全くありません。何の変哲もない一本の紐が、蛍光燈から吊されているだけの無機質な空間が。調理器や食器は一体何処へ消えて仕舞ったのでしょう。紐を引っ張ってみると、何と壁がくるりと回って、どんでん返しの隠し戸棚が姿を現しました。それだけではありません。床下にはレンジと冷藏庫が収納され、そこから三枚目の床板を叩くと、包丁が。更に、足腰の悪い田嶋さんの為に、匠から細やかな贈物が。非常事態に備えて、掛軸の裏側には抜け穴が用意されていました。見事な大忍具キッチンの完成です。

    最後の四つ目は寝室兼居間です。田嶋さんの膝への負担を考え、エレベータ式のベッドを採用すると共に、ベッドの下に出来た空間には、納戸の品々を収納。曾て納戸だった空間と傾斜角120度の辛い階段は取り除かれて、吹抜けの天窓が導入されました。暗かった一階に日差しを運ぶ吹抜けが、最高の採光環境で田嶋さんを優しく包み込みます。硝子越しに見えるその一畳ほどの吹抜け空間には、なんと中庭が設けられていました。天に向かって真直伸びた生命感溢れる緑の竹林と、井戸水を湛えた黒いカレー鍋から滴る雫は、天からの光を反射して、幻想的な癒し空間を演出。優しい光の下でご主人の思い出に浸る、そんな心のオアシスが誕生しました。

    今回のリフォーム費用は10万円。なんとか予算内に収める事が出来ました。初夏の夕暮れ時、田嶋さんの食卓に笑顔が戻ってきました。明るい食卓には今日もカレーが並びます。甦る遠い日々を思い浮かべながら中庭を眺める田嶋さん。彼女の眼には、一体何が映っているのでしょうか。んん? 突如ぎょっとする田嶋さん。魚が宙を飛んでいた樣な。目の錯覚でしょうか。

    上を仰ぐと、鰯が回遊しています。中庭の正体は、なななんと巨大水槽でした。これがほんとの鰯空間なんちゃって。屹度いつ迄も永遠に、田嶋さんの心の中に残って行くことでしょう。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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