第15話 「昆虫採集」
夏休みである。夏休みといえば宿題。夏休みの宿題といえば、最初又は最後の一週間で仕上げてしまって、あとは遊び三昧というのがセオリーである。然し、この贅沢なセオリーが私に通用したのは小学生時代だけであった。中学に上って最初の夏休み、それまで同様に贅沢セオリーに従って遊び呆けた後、最後になっていざ課題に取り組んでみると、大量で且つ難しいという事態に漸く気付き、半分も出来ずに提出した想い出がある。脆弱なセオリーであった。
まあ、一学期の授業など小学校の授業宜しく陸に聴いてなかったし、毎日悪戯ばかりして遊んでいたので当然の結果ではある。小学校の宿題からして、昆虫採集だの、ラヂオ体操だの、絵日記だの、漢字書取訓練だの、凡そ勉学と呼ぶには程遠いふざけた事ばかりだったので、同次元で考えていた己が甘かったのである。すまん自分。
なかでも宿題の定番、昆虫採集には熱を燃やして取り組んだ。近所の子供が皆グループを形成して、各群が竸い合うようにして捕獲ポイントを移動しながら採る、捕る、獲るのである。虫捕り自体が遊びなのだから、宿題といいながらも、その実、遊びである。こういったいい加減な課題を与えるから遊び癖がついて中学で勉強しなくり、挙句の果てにはこんな駄文を書き散らす羽目になるのである。更によく考えれば、採集標本とは採取したばかりのまだ生きている昆虫に、ホルマリン注射を射つ殺戮行為なのである。然し、甲虫やくわがた虫等は勿体無いので、飼育箱の中から逝きそうな奴や逝ってしまった骸を流用する始末である。又、青筋アゲハなんぞは当時でも私の地域では珍しくて、死骸が落ちていただけでも喜んで拾っていたものである。そういう風だから、ホルマリンの頑張りも空しく、結構臭かったりした。
初めての昆虫採集には、学習雑誌に付録の昆虫採集キットなるものが登場する。注射器やら試薬瓶やら試験管まであって一体何に使うのかと思い、みつを君と談議の末に達した結論は「注射器を用いて色々な昆虫の体液を採取し、試薬を混ぜて女子にもてもての薬を合成する。そうに違いない」である。で、如何な昆虫を如何な割合で混ぜるのかという疑問が発生し、心踴らせながらマニュアルの学習雑誌を読んでみるものの、そんな記述は一向に見当たらない。当然である。試験管は先月号の而も違う雑誌の付録なのだから。全くもって阿呆である。どうやら其の試験管は酸性アルカリ性の実験に使うようであった。斯様なみつを君の冗談には能く引掛ったものである。
ところで昆虫採集には捕虫網が必需品である。頭上を飛び交う蝶、蜻蛉、蝉を捕獲したり、叢の中を引っ掻き廻せば飛蝗、蛩(蟋蟀)、蛬(螽斯)等も捕獲可能な代物である。ばった、こおろぎ、きりぎりす(蟋蟀は秋に鳴く虫の総称か)である。ここまでは良い。更に学習雑誌には、くぬぎの枝葉の中を適当に抉ったりして樹上に静止するくわがた虫、甲虫、黄金虫、かみきり虫、等を捕獲すると図解がある。だが、成功した様がなく、精精網が枝葉に絡まるのが落ちであった。又、樹木を揺すったりキックしたりして樹上に棲息する昆虫を振り落す図式もあったのだが、何にも落ちて来やしない。それ以来、本は信用しない事にしており、御陰で受験に失敗した。
捕虫網はその他、野球に於て外野手がボールを捕獲する時に用いたり、鬼ごっこに於て相手を捕獲するのにも登用されたりした。どうしても届かない高所に休む蝉に対して竹の継ぎ手を用いるのはよくある話だが、みつを君の発案により我軍団は、魚釣の竹竿の樣に伸縮自在な捕虫網とか、雨ふり対策として傘付き捕虫網など試作してみた。中々優秀な着想である。が、如何せん釣竿や傘の尖端に網を誂えただけの粗雑な作りの為、すぐに壊れてしまって単なるギャグで終ってしまうのであった。
さて、コレクションが高じてくると、ありきたりの昆虫では満足がゆかず、油蝉の脱殻を袋一杯に集めたりする者も現れる。蜻蛉や蝉の脱殻までは辛うじて昆虫の範疇として許せるが、終いには蜊蛄や蛇の脱殻まで宿題として提出する輩まで出てくる。然し、斯樣な物で驚いてはいけない。そんなのは序の口だったりする。なんとなれば、
「合成昆虫」
である。折角捕まえても、強引に網から剥ぎ取ったりするので頭や足がもげる事があったり、一緒くたに籠に放り込むものだから蟷螂が食べてしまったりとかで、始末に困る事がある。勿体無いのでどうしようかと思案していると、みつを君が「改造昆虫にして強化しよう」と提案するではないか。成程ショッカーの改造人間は大人になって科学の知識を積まないと無理だろうが、昆虫ぐらいなら我々にも容易く出来そうである。
そう踏んだ我々は早速、改造計画を立てた。なにやら蟷螂が共食いを始めだし、頭が脱れてしまっているので先ずは此奴から。此奴が先刻食った蜻蛉の頭をくっつけてやろう。「蜻蛉蟷螂」である。然し見た目が変ってない。失敗である。それで次に、羽が脱れてしまった相方の蟷螂を改造する事にした。
「秋桜蟷螂」
昆虫アニメでは何時も悪役の蟷螂も、羽の付け根に秋桜の花弁を挿し込んでやれば色彩豊で女の子にも親しみ易くなり、これでもう悪役のイメージともおさらば。って大きなお世話である。お次は、
「渉猟飛蝗」
弱々しい精霊飛蝗に、その前足を蟷螂の鎌と交換して狩猟能力を高めて強くする。その前に弱ってしまうって。将又は、
「兜蝉」
甲虫の亡骸から兜を頂戴して、油蝉に被せ外敵からの防衛能力を高める。そんな事をすれば前が見えないって。でも上手く行けば、兜がスポッと外れて鳥の嘴から遁れる事も可能である。よかったね。兜蝉。
これらの傑作は我軍統率者であるみつを君の宿題として提出されたのだが、案の定、先生から御叱りを受ける事となった。予め我軍の斥候部隊は、日頃敵対関係にあるグループの統率者は「どうやら蛇の皮を提出するらしい」との情報を掴んでいたので、我軍も負けじと合成昆虫を提出したのである。が、一体どういう訳か敵軍リーダーは誉められている。「それは昆虫じゃないだろ」という至極尤もな抗議も甲斐無く、流石のアイデアマンみつを君も虚しい敗北を喫してしまったのである。
昆虫採集は大概にしましょう。
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