第74話 「巫女ちゃん」
学習研究社の第三種郵便物認可「3年の科学4号」昭和47年4月1日発行、定価220円。無情にも家族は「そんな下らん物捨てんさい」と仰有るのであるが、矢張り古い印刷物は貴重である。捨てるなど言語道断。骨董品としてマニアに高く売りつけるのも好いが、子供の視点に立った記述や構成が色々と参考になる、とっても利用価値の高い貴重な資料なのである。
各号には何々号と云う風な名称が付されており、この4月号は「進級お祝い号」(特別購読価200円)と称されている。では5月号は一体何なのかというと、これがちょっと目を疑うことに「一学期開始号」などという、ふざけた名前なのである。それだけならまだしも、定価は250円に引き上げられていて微かな詐欺性を滲ませているのが何とも心憎い処である。他号のネーミングにも、「夏休み研究号」だの、「二学期開始号」だの、「秋の研究号」だの、「秋から冬の研究号」だの、「進級準備ゴーゴーレッツ号」だの、「コント赤信号」だの、「16は打撃の神様の背番号」だの、「宿題やったか歯磨いたか八時だよ全員集号」などがあった様に記憶する。ないない。
さて、真っ先に私の目を惹いたのは実は雑誌の内容ではなくって、背表紙に掲載のトランシーバの広告である。友達が持っているのを見て私も欲しくなって両親に強請ってみたが、虚しく却下され地団駄を踏んだ覚えがある。その広告の惹句がこれだ。
かっこいいぼくらのトランシーバー!きみもトランシーバーで、あたらしいあそびをはじめよう!高感度!ラジホーンシリーズ
ミニラジホーン3800円、ラジホーンジュニア2950円
ぎょぎょぎょの魚。30年前の三四千円といえばかなりな値段である。却下されたのは当然なのが今更ながらよく解る。だが、それにも増していけないのは、トランシーバーを片手に宇宙服を纏った短足の子供の写真は、かなり馬鹿そうに見えるという事である。「かっこいい」と言われても正直に首肯けぬのは、30年の時を経た母子の見解一致である。そんな衝撃のせいで可成りの期待を募らせて頁を捲るに到った訳だが、子供向け学習雑誌とはいえこれが結構侮れない。
先ずは見開き二頁の10齣漫画「アタック三人きんこんかん」作原島サブロー。登場人物は女の子のきんちゃん、頭の出来が良さそうな大村昆似のこんちゃん、男の子のかんちゃんの三人だけ。「無公害自動車を作ろう」と言う大村昆の提案で、二時にいつもの場所に集合と相成る迄はいいのだが、その後がいけない。ようく見ると大村昆の設計図には時速500キロと書き込まれているが、奈何せん、かんちゃんがエンジンルームに入る人力仕様である。当時問題であった公害解決の夢を子供に托さんとする姿勢は全然オッケーなのであるが、これで自足500キロはちょっとキツイ。
お次は「ミコちゃんと五匹のなかま」作内山安二。五匹の動物とは犬のムス、猫のニャーゴ、「チューイせよ」が口癖の鼠のチューこう、豕のトテトン、おじいちゃん、じゃなくって鶏のコケコ。毎話ながら転倒した豕が鼠の上に落下し「チューイせよ」と言わしめる図式は余りに臭過ぎるし、転倒なのでトテトンなのかどうかは知る由もないのだが、児童に駄洒落を授けんとする意気込みに免じておきたい。その意気込みは随所に見受けられるのだが、例えば第11話の第16齣、砂漠の中で方位磁石の作製に成功して皆が喜ぶ場面がある。
犬は「ワンダフル」、鶏は「ケッコーですな」、鼠は「チュー」とミコちゃんに唇を差出し、猫が「バンニャーイ」でちょっと無理があるが許そう。でも、砂漠といえばラクダの筈だが、そんな事には頓着せず馬を登場せしめ「ウマくいった」を連呼させ、剰え「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」なる臭いキャプションまで与えているのに、豕のトテトンはというと「ばんざあい。これで方角がわかった」って、何の捻りもない。駄洒落を言わせる為だけにラクダではなく馬を採用したにしてはちょっと弱腰な気もするが、磁石を破壊した帳本人にふざけた駄洒落を言わせるのも教育上の配慮があったのだろう。
駄洒落だけではない。彼等の思考は独特である。「空気」の話では、一行は静岡県伊東市にあるらしい「潮吹き岩」で海水浴に興じている処、突然、岩下から海水が吹き出す様子に吃驚して、水道管が破裂しただの、岩の下に鯨がいるだの、怪獣が棲んでいるだのと割と普通な憶測が飛び交う一方で、蛸が小便をしているだの、河豚がオナラをしているだの、ちょっとどうかと思う様な案までが出てくるのである。河豚って屁を放くのか。
妙な思考をするのは動物だけかと思ったら、憧れのミコちゃんまでもがちょっとどうかと思う始末である。鏡で太陽光を集めて物を燃やす話に於いては、希臘のシュラクサイがアルキメデスの案で鏡を使ってローマ軍を撃破したという壮大な昔話に始まり、真偽の程を確かめるべく色々実験して話は終熄を見る。だがここで突如おじいちゃんの禿げ仲間三人が来訪し彼ら四人が一本の樹下に談笑する最中、あろうことか彼女達は頭上の樹上にて「あったかーい」とほざいているのである。方々に散乱された光では熱くならないのは先刻実験したばかりだというのに洒落臭い結末である。伏線だったのか、シュラクサイ。
亦或る時なんぞは、キャベツの中に紋白蝶の幼虫が沢山いて、困っているおじいちゃんの説明にも上の空である。
「キャベツは丸で幼虫どもの食堂みたいなもんじゃ。他の虫も幼虫の好きな食べ物のある処に卵を産み付けるのよ」
対するミコちゃんの感想はというと、よりによって僥倖の眼差しで、
「ちょっとよう虫がうらやましい」
なんなのだ。それは。
ちょっと蟯虫が羨ましい?一瞬眼を疑うのであるが、そんなものになってどうしようというのだ。人間の方が良くはないかね。これこれ、ちょっと待ち給え。と、思うのも束の間、次の齣を見て納得である。彼女の脳裡には、巨大ケーキの中でナイフとフォークを持ち「私も大きくなるまで大好きな食べ物の中で育ちたいなーっ!!」と、ほざく姿があるのであった。
でも、熟れた食べ物と暮らしたいのはミコちゃんだけではないと思う。
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