
第126話 「自動翻訳装置」
第二次世界大戦も終局を迎える頃、ナチスは不利な戦局を打開すべく起死回生の秘密兵器を研究開発中であった。秘密兵器といっても最早、滑走路も航空母艦も港も要塞もことごとく破壊された今、高速戦闘機や長距離砲を開発しても全く無意味であり、諜報戦によって敵軍を錯乱に陥れることしか術はないのが実情であった。
そんな状況の下、ナチス指令部はフランクフルト国際大のホンヤック博士に白羽の矢を立てた。博士は、諜報活動には欠くことのできない自動翻訳装置の開発に永年携わってきた謂わば第一人者であり、国外に出回っているドイツ語翻訳装置の殆ど全てが、博士の手によるものであった。
ナチスの狙いは情報操作した虚偽の翻訳情報を自動翻訳装置に出力させ、敵国を撹乱させることで諜報戦を有利に展開する事にあったが、それと同時に国民の目を欺くために、国外からの報道に対しても虚偽の訳文を流して不利な戦況を隠蔽するという二重の目的を兼ねるものであった。
「お前達が作戦本部好きの者達だな」
「イー」
「ホンヤック博士を誘拐するための面白い作戦とは何だ」
「はい。ホンヤック博士の研究室に時限爆弾を仕掛けて脅迫します」
「面白くなーい。出来の悪い者は処刑だ。死ね」
「イー」
「次の者」
「はい。ホンヤック博士の助手を買収して翻訳装置の設計図を盗ませます」
「お前も死ね」
「イー」
「作戦本部好きとはその程度なのか。お前も死にたいか」
「は、いえ。お待ち下さい。私は先程の者達のような単なる作戦本部好きではなく、作戦本部付きですのでお任せ下さい。ホンヤック博士の一人娘を人質にとり、語学に堪能な諜報員を中に収容した自動翻訳装置を開発させた上、ホンヤック博士の信用を利用して世界中にばらまく作戦は如何でしょうか」
「面白い。これで戦局を有利に展開できるというものだ。早速作戦に取り掛かれ」
「イー」
こうして開発された自動翻訳装置は、箱の中に容れられた諜報員が指令部の命令通りに操作された情報を翻訳文として手出力するという、恐るべき秘密兵器であった。箱の中を見破られては駄目なので、箱の開け方は博士のみぞが知るところであるが、装置の完成と同時に娘諸共殺害されるのを恐れた博士は開け方を封印。ナチスは博士を尋問する余裕もなく、即座に製造ラインを稼働させることにした。ところが終戦を迎え、博士はナチスの陰謀に荷担した咎により軍事法廷で処刑が決定。箱の開け方は永遠に闇に葬り去られる始末となった。
そんな自動翻訳装置が大戦終結直前、西条秀樹内閣の極秘計画によって人知れず日本に持ち込まれ、帝国大学の研究室で改良研究が推し進められていたのである。そして敗戦後、帝国大学所蔵の全ての自動翻訳装置は GHQ の決定によって東京湾に沈められたが、運よく難を遁れた一機だけが、現在も某大学付属小学校図書館の地下三階書庫の隅に人知れず眠っているのであった。
そして2005年、或る冬の日の午後。授業をサボった児童らが、学内探検と称して地下三階までやって来たところからドラマは始まる。
「あーあ。今日も暇だよ。おいおい。一体いつになったら助けに来てくれるんだよ。博士は。今年で俺も本厄を迎える歳なんだなあ。お、足音がする。久し振りの仕事かな」
「お、こんな所に旧式の複写機があるじゃん。ちょっと遊んでみよう。モックン、そこの本とって」
「あいよ。これでいいかい」
「おじいさんとおばあさんは、ももをたてにわってみると、いっしょにめをあわせました。ももたろうがうまれたのです」
「桃太郎だね。じゃ、この頁をコピってみようよ」
「ようし」
「本をセットして、スイッチオーン」
(グイーン。バリバリバリ)
「あれー。モックン。なんか本が中に入っていくよー」
「変な複写機だな。て、シュレッダーかよ」
「あ、紙が出てきた。ふう。一安心だね」
「どれどれ。ええと。あれ、このコピー、なんかちょっと変だよ」
「おじいさんとおばあさんは、ももをたべてわかがえり、いっしょけんめいあわせました。そしてももたろうがうまれたのです」
「ぼろっちい機械だな。ちょっと蹴ってみよっと。えい」
すると翻訳を終えてちょいと一服していた諜報員は、吃驚して煙草を落して仕舞い、バリバリと取り込んだ本に火が点いてしまったではあーりませんか。何せ狭い箱の中、消火設備など全く設計外のことであり、為す術もない諜報員は燃え盛る本を咄嗟に装置の外へ排紙して難を遁れたものの、少年達は「なんか焦げ臭いよう。モックン、逃げよう」と、すたこらさっさと逃げて仕舞ったので、軈て火は勢いよく燃え移り、図書館全体を業火の海に包み込んで仕舞うのであった。
少年達は放火の罪を負い少年院へと送致され、一方、耐熱防火仕様の翻訳装置のお蔭で命を永らえた諜報員は、焦土と化した敷地の地下で、ひっそりと呟くのであった。
「これが本当の児童本焼く送致」
だな。
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