第10話 「韓国超ガイド」
仕事上の都合により期せずして韓国生活を送る羽目になった私は、古本屋で八百円で購入した96年発行の韓国旅行案内本を頼りに、日本を旅立った。最新版でない辺りからして、かなりいい加減である。漸く一月を経過したところだが、韓国エキスパートならいざ知らず、初心者にあり勝ちな失敗や勘違いをして仕舞うのはお約束である。
先ずは当然ながら言葉を憶えねばならぬ。ハングル、Hangul である。いきなりである。案内本には「合理的に作られた人工文字」と解説があるが、人工文字。何と愚かな表現であろうか。文字は人工的に作られたに決まっているのだが、その対極たる自然文字というものがあるとすれば、草木の蔓がつつーっと綴る文字とか、猪がぶひぶひ言いながら作った文字とか、フセインの鬚文字だとか、ちょっと不氣味なものを想像して仕舞うのである。
文字と言えば、送迎車で空港から宿舎まで送って貰った時の事だが、車中から見える看板には英字や漢字が一切見当たらない。唯、敷地の門に決まって漢字で某株式會社とあるのだけが例外である。訊く処によると法律関係の本は漢字で書かれているそうで、確かに會社の設立運営には法律が大きく関与するので納得、これで安心である。っておい、全然安心ではない。そうではなくて、ハングル文字の読み方を憶えねばならないのである。
文字が読めないと最も困るのは飯屋での注文である。韓国語に堪能な従兄によると英語が話せれば何とかなると言うので安穏と構えていたのであるが、どうやらそれはソウル市内に限られた話であるらしい。あの野郎。で、ソウル市内からは程遠い、都会の匂いではなく大蒜の匂いが漂う我本拠地では、英語でメニューの説明を求めても当然の如く通じない。然らば日本語はどうだ。えい。駄目である。獨逸語をはじめ、仏蘭西、伊太利屋、スペイン、ポルトガル、英吉利、ってそれは英語だが、色々な言語を試してみても駄目である。というか私はそんなに喋れない。そうだ、筆談ならどうだ。曲りなりにも中国語だし。試しに「キムチ」と書く。だー、片假名は日本語ではないか。中華料理ならひょっとして漢字かもと思いきや、期待を裏切るハングル文字。自棄糞で指差し注文をとると、海苔巻き一個が出て来て無力感を味わった夜もある。そんな苦労を重ねて一品ずつ憶えてゆくのである。
食の次に困るのは洗濯で、これまた洗濯機のボタンの文字が読めずに困惑する。学生を捕まえて訊くのは簡単だが、学習のため書き写して辞書で調べてみる。ソウル市内で壱萬弐千 Won(千二百円)で購入した韓日辭典の威力を発揮する時である。どうやら「セタッ(ク)」(括弧は無声破裂音)は洗濯で、「セージェ」は洗剤らしい。「ブン」なのか「プン」なのかよく解らないが、それは洗濯時間の分であることが判明した。洗濯を終えて街を歩けば、何やら立て看板に赤文字が書いてあるので「ちゅーじゃくむじ」と辿々しく読んでみる。おお、これは駐車禁止ではないか。部屋に戻って現実逃避のネットエスケープと洒落込めば、「ぽき」なるメニューを開いて最下段の「いんこでぃんぐ」を選択する。それは文字化け対処でお馴染の Encoding である。こうして発音してみると案外、英語や日本語になったりして楽しいが、結構訳の分らないものの方が多いのである。
だが、読めない書けない聞こえないの三重苦ばかりが韓国ではない。韓国の物価は安い。日本の十分の一なので存分に蓄財が可能である。しかし侮ってはいけない。韓国人キムからの噂によると、皆が愛飲する眞露という焼酎にはサッカリンが入っていたり、食物にはソルビン酸が入っていたり、物価とは関係ないがソマリア、否、マラリアが発生したりするので蚊と健康には注意せねばならないのである。然し、言われた先から早速、剌されて仕舞ってちょっと頭が痛かったりする。おいおい大丈夫かよ。また、電車も安く、最寄り駅の成均館大からソウル中心部迄は約一時間も要するのに、950 ウォンの約百圓である。因みに全然関係無いが、獨逸では Heidelberg と Frankfurt 間が約一時間で、こちらは約 40 マルク。私の感覚では280円だが、今のレートは200円と高い。体を犠牲にした折角の蓄財を台無しにせぬ為にも、帰国の暁にはウォン高円安であって欲しいものである。
時に韓国の食事は辛い。赤い味噌汁である。断っておくが赤味噌ではないのである。そういえば従兄は平然と味噌汁に一味唐辛子をブチこみ、韓国製の金属箸でもってその味噌汁を啜るという奇妙な嗜好を持っていたが、韓国では当然のことであったのだ。がーん。当然とはいっても、初心者としては毎日毎食、大量の唐辛子と大蒜責めに喘ぎながら、辛い味噌汁で喉を潤すのはとても堪らないのであり、金属箸とスプーンを見るだけで辟易ものである。
私が行き付けにしているカフェテリアでも金属箸とスプーンが常備されており、洋食の出番は全くないと見える。ところが或る日、どういう訳か珍しくもフォークが供出されているではないか。これは一体どういう事であるか。この際、解らない事には目を瞑って、品が並んでいる順番に取って行くことにする。何せ配給の行列の様に人が並んでいるので戻って取るのも憚りがある。
先ず、御飯、餃子入りキムチスープを自分の盆に取り、後は副菜を二三品取ってお金を払えば良い。そんな算段を立てて副菜エリアに突入する間際、何やら三角形に切られた食パンの皿と、一瞥してスープか将又、液状プリンなのか、濃度も粘度も十分と見える黄色いゲル状物が盛られた皿が目に入る。はて。三時のおやつもこの際一緒にどうぞという事だろうか。非常に不可解ではあるが、果して次に、遯カツの様な物が出現する。この瞬間、フォークの謎が氷解した。し、しまったぁー。
よもやそんな技を出してくるとは。完敗である。今更、取った皿達を戻して列を乱し反日感情を招くという暴挙に打って出る訳にもいかず、涙を飲んで見送りである。行列の流れに身を委せ、凛然と輝く狐色は背後に消えて往くのであった。次なる邂逅はいつであろうか。嗚呼、洋食。
これで今日から貴方も韓国エキスパート。な訳ないか。
【前を読む】 【目次へ戻る】 【次を読む】