
第9話 「ナビゲイターの真髄」
道先案内役たるナビゲイターを務める者は、己の立場と対峙し課せられた責務を忠実に遂行する使命感と、目的地までの最短ルートを地図から的確に読み取る能力とが求められるのは言う迄もなく、ラヂオから流れる道路情報にも耳を傾け、臨機応変に対処する事も忘れてはならない。然しながら、果してそれだけで本当にナビゲイターが務まるものかというと、少なくとも私の経験則からは否である。本当にそれだけを求めるならば所謂カーナビに任せておけば良く、実をいうと斯様な無機質の機器には務まらないナビゲイターの真髄とも言う可き三大要素が存在するのである。題してナビゲイターの努め世界三大要素である。
ナビゲイターには機敏な動作が求められる。
深夜出発の長い道中に備え、軽食を携えての乗車はよくある話で、運転士以外の同乗車にとってはビールとおつまみが必須アイテムである。然し、飲む事はおろか自らの動作によって食物を口に運ぶ事すらままならぬ状態に束縛されている運転士を差し措いて、果敢にも缶ビールを飲もうと試みるならば、「じょぼれる現象」へ臨む覚悟が必要である。諸兄の中には、列車内でぷしいっとやった瞬間、じょぼじょぼーっと泡が噴き溢れると同時に「ぷしぷしぷしいー」っと泡が塊となって周りの乗客めがけて飛散して、悲惨な事になった経験があることかと思うが、えっ、無い? ごほん。兎に角、じょぼーっとなって溢れる。これを縮めて呼んだのが、じょぼれる現象であり、缶ビールを開栓する際には何時も脳裏を過る現象である。
さて私の膝には、ビールの御伴に逸品の肴、鶏肉の唐揚げが載っている。冷え加減は微妙な処であるが、ビールもある。じょぼれる現象になってはいけないので、細心の注意を払って臨戦態勢に入らんとする。ぷしう… 。幸いにして何事も起らず良かった良かったこれで安心して唐揚げを食せる、と思いきや、目的地方面は左折を示す標識が眼中に飛び込んだ。目的地はまだ百粁も先なので同じ標識が再びある筈だと悠長に「目的地、左方面」と、運転士に告げるが然し、運転士の考えは全く違っていた。これは看過出来ぬと見たのであろう、絶妙のタイミングで急ブレイキが入る。
鶏肉の唐揚げは、こちらの思惑など意に介する筈もなく、ビデオテープを一コマずつ再生するかの如く、慣性の法則に従って無情にも前方へ当速運動を続けるのであった。運転士は愕然と咆驚するのみである。私としてはこの不始末には目を瞑って戴きたいのであるが、唐揚げの調理人たる運転士としては些かの嫌悪感を禁じえない処である。然るに、食事中に交叉点付近で急ブレイキを踏むなど論外であるし、普通は何処かで一旦停止して反転するのが無難というものであるが、無闇矢鱈に反駁するのも不利である。何故なら、運転士は未だその唐揚げを食しておらぬからであった。こうして調理人の苦労は水泡に帰したのであった。憐れ。
ナビゲイターには機知に富んだ会話力が求められる。この能力如何で、上の様な失敗も挽回可能である。
得てして単調になり勝ちな車の運転。その狭い空間に於て、会話が存在しなければ溜った厭世の思いと重なって鈍重な空気が漂うこと必定である。そこでこの能力が切札となるのである。話の苦手な者でも同乗する前に予めネタを準備しておけばそれ相応に対処できようし、会話も弾めば長時間に亘る道中も楽しくなるというものである。運転士の労を犒うは同乗する者の心得とも言えよう。ネタは何も駄洒落や笑い話とかでなくても、平凡な世間話を用意しておけば良い。自ら話を切り出せば、相手がそれなりに突込んだり呆けたりしてくれるというものである。そういうものである。なのだ。しかし、沈黙に没入して悦に入る様な尋常でない運転士の場合は気を付けねばならない。折角放った冗談も聴いてなかったりする場合があったりして、「え、何か言いました?」と問われると純粋に聞こえなかったのか突込まれたのかが判然とし難いのである。普通、それは笑いが伴うか否かで判別可能であったりする。えへへ。ここで笑ってどうする。こういう相手の場合、ネタが尽きると困り果てるので、そんな時にはネタ振り、いや寝た振りをして仕舞おう。これで完璧である。
ナビゲイターには鋭い観察力が求められる。この能力如何では、上の様な致命的な失点もカバーして余りある評価を得るのも不可能ではない。今度こそ失敗してはならない。
車窓には先程から蜿蜒と単調な田園風景が流れている。こういう時は時間が実際より長く感じられるし、会話が尽きていれば尚更である。こういう状況では注意力も散慢になり勝ちである。景色の中に何か陣太鼓か櫓の様に見える白黒とした物体が目に映るが、珍しいものでもないので然して気にも留めずに流して仕舞う。
さあて、半時間もしたであろうか。否、そんなに経ってはいない筈だが、丁度昼時、お腹も空いてきたところである。だが先程から民家がぽつりぽつりと見えるのみで、況して飯屋らしきものは見つかりそうにない。ここは機転を利かせて点数を稼ぎたい処である。すると、先程の陣太鼓か櫓の様な曖昧模糊とした限りなく希薄な記憶が潜在意識の中から飛来する。欲っする情報を瞬時に引出す辺りは流石、真髄である。そういえば季節限定メニューだか何だか宣伝文句の入った幟も立っていた様な気もする。うーん、冴えてる絶好調。空腹のせいか段々と可速度的にイメージが増長し、頭の中では既に、黒い瓦を冠した白壁で囲まれたよくある御食事処の風景と化している。もうこれしかない。遠山の金さんに「相違ないな」と詰問されても「相違ありませぬ。御奉行様」と言うしかない状態で、こうなるともう駄目である。
満を持して到着すると、果して其処に見えた風景とは、無情にも苔生す石垣で挟まれた石段の参道と、頭上に聳える神社の鳥居である。何と櫓の正体は只の鳥居であり、白壁のイメージは石垣と石段であったのである。完全にやられて仕舞った。最早、おとなしく金さんの裁きを受けるしかあるまい。
嗚呼、ナビゲイター万歳。