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第8話 「忍者遊戯」

    建築現場というものは、児童の遊びに欠く事の出来ぬ場所である。それは遊び道具の宝物庫だったり、隱れん坊や忍者ごっこをする所だったり、家出少年が雨風を凌ぐ仮住まいだったり、時々、恐い大工のおっちゃんが一人二人いたりして、それが仕事を終えてすっかり帰ったと思って安心して忍者ごっこ等して戯れていると、不意に戻って来る時もよくあったりで中中スリルある場所なのである。大工のおっちゃんは「悪餓鬼共がまた悪戯しやがって、一つ懲らしめてやれ」と考えたのであろう、鬼の様に我らを追いまわす事もよくあったので、おっちゃんの襲撃に備えて逃げる方向やら隠れ場所やらを予め考えておくとか、捕まった時の対策として武器を携えておくとか、連係プレイを編み出す特訓とか色々と励まねばならなかった。

    この連係プレイが曲者である。所詮子供の考える事であるから成功率は限りなく零に近い。例えば、

    「お前が囮になれ。その隙に俺達が逃げる。その後、救出してやるから安心しろ。昨日、風雲ライオン丸で見ただろ。あの通りにやるんだ」

     などと言葉巧みに下級生を騙すのであるが、成功した例がない。それもその筈、囮も一緒になって逃げようとするからである。曰く「だってテレビでも逃げてたじゃないか」って、馬鹿もーん、そいつは裏切者なんだよ。喩えが悪かったか。むう、然らば、

    「俺が囮になる。その隙にお前達は先に逃げろ。先週、忍者赤影で見ただろ。例の作戦だ」

     と、勇敢な言葉で言い包めてみせる。度量の広いところを見せられて下級生達は安堵するが、結局これも失敗に至るのである。何故ならば、下級生の逃げ足が余りに遅い為、我々上級生は業を煮やして矢張り先に逃げて仕舞うからである。

    扨、忍者ともなれば戦闘用具は欠かせない。まずは剣である。壁に土を塗り込む前の下地に使われる竹がそれである。削げが刺さって痛いので扱いには細心の注意が必要である。刃渡り部分は鑢掛け、その名も「テーパー加工つーるつる触っても剌さらない仕様」を施し、握り部分にはテープを捲く。水道管のパイプを鞘と見立てても良いが、面倒臭いしちょっと太いのでそのまま遊びに使う。また、資材用には向いていない鞭の様に撓る部分が造作無く転がっている事もあるので、これを用いる方が「テーパー加工つーるつる触っても剌さらない仕様」の作業を省く事が出来るので楽ちんである。剣の主たる用途は勿論チャンバラである。解っていると思うが「勿論チャンバラ」という遊びではない。建築中の家屋で遊んでも良いし、おっちゃんが居る昼間は自転車に乗っての騎乗戦でも良い。騎乗戦のルールは足がついたら負け。自転車の無い者はこの戦闘に参加できない。最初から足が着いているから負けなのである。くそっ。なんてこった。自転車は闘争だけでなく、おっちゃんからの逃走にも駆使される。謂わば千里を一夜にして走ると云う忍者の化身なのである。

    次に小道具を紹介しよう。小道具は武器系と道具系とに分かれるが、まずは道具系は筆頭の鈎縄である。縄の一端に鈎が付けられていて、高い所へ引っ掛けて登ったりするのに使う。忍にとって剣の次に大事な道具である。これも建築現場の資材から縄と鈎爪になりそうな金属を失敬して製造する。そして建築中の家屋で二階へ登ったり、崖登りに使用する。子供は身軽なので強度的には結構大丈夫なのだが、如何せん物理学を不承知なので、さして重大な脅威に鑑みる事もなく瞬間的に強い力を加えるものだから問題が発生する。喜び勇んで勢いよく登ろうとすれば体重の何倍もの激力が加わる為に、縄は張力に耐え切れず切断の憂き目に会い、登りの最中に憐れ落下してしまうのである。嗚呼。

    重宝するのはペンライトである。現場の床下に潜入し、諜報活動や探検する時に使うのである。こればかりは建築現場で調達出来ないので、神社の賽銭を失敬した後、お店で合法的に購入するのが伝統的なやり方である。犯行、いや軍資金調達の現場を抑えられた時には、すかさず忍者の武器系小道具が活躍する。おっちゃんとの戦闘に備えた甲斐があったというものである。ちょっと目的が違うが大目に見る事にしよう。神主さん御免なさい。

    では、おっちゃんの襲撃対策である武器系小道具の紹介に移ろう。手裏剣、吹矢、釘殺陣の三つが三種の神器、三大必携七つ道具である。三つしかないのに七つ道具である。剣、鈎縄を合せても五つ。自転車とペンライトを合せてやっと七つである。自転車を携帯道具に数えるのはちょっと違う気もするし、自転車、ペンライトでは少年探偵団の間違いではないかと思うが、話が進まないので抛っておこう。

    手裏剣は其処ら辺に転がっている燈油缶の蓋を叩いて鞣して鑢掛けして作製する。缶の蓋は大抵、現場の焚火跡の廻りに廃材やらエッチな本の残留物と一緒に検出されるものである。二番目の吹矢は水道や電気配線に用いられる灰色のパイプを失敬して、コンパスの針に紙を円錐形に捲いて出来上がる。或いは、道路脇に落ちている清掃車の帚の針を鑢掛けして使う手もある。こちらは強度抜群で、皿や石などに吹きつけると火花が飛ぶ程である。三番目の釘殺陣はご存知ない方も居られようから説明する。

    忍者は自らの体力と技量を維持増進すべく訓練を絶やさない。麻の実を植え、毎日それを飛び越えるという厳しい訓練が積まれる事は御存知であろう。釘殺陣を会得するにも同様に厳しい訓練が要る。毎日地面に向って釘を投げ付けて剌さる様になるまで特訓するのであるが、二人でやる方が効率がいい。釘の打ち付けに成功すると打点間を線で結び再度打つ権利が与えられ、失敗すると相手の番。これを交互に競って相手を線で囲って封じ込めば勝ちである。但し、如何なる線も交叉する事は許されない。熟達すれば材木にも剌さってしまう威力なので、襲われた時に足元めがけて投じれば最適の護身術となる。

    釘の品質にも拘泥があって、完成すれば豪華な屋敷となるであろう現場から特大の五寸釘を失敬し「鑢で砥いで一昼夜油に寝かせて熟成させた此の釘の威力、今見せてくれようぞ」などとほざいてみたり、難易度の高い技を磨く事に余念がなくって「秘技、一回転半」と叫んでは、釘を宙で一回転させて刺してみせたりもした。難易度が高い割に、威力が激減するのが難点であった。自分が宙返りをしてから釘を刺すという、全く意味のない技を磨いたりもした。

    でも最大の難点は、自分の足に刺すと痛いという事であった。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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