
第152話「大根売ってこい」
我が社の危機は、わりと静かに始まった。
収益の柱だった大口顧客から、ある日、淡々と告げられたのだ。
「そろそろ、投資ではなく回収のフェーズに入りたい」
要するに、買収の申し入れだった。
だが断った。それより以前から主要部門をグループ会社に分割し、新たな門出に夢を膨らませ意気揚々としていた矢先の出来事であった。これまで大口一本足打法で生きてきた我々は、突然
「じゃあ明日から自力で稼いでね」
という世界に放り出され、売上は激減。新規顧客を開拓しなければ、埋まらない穴が空いた。いきなりの重圧にびびった新米社長は夜逃げした。
人に対する目利きのなさ、短期展望のなさ、事業戦略の甘さ。どれをとっても素人経営。願望経営。この非常事態に対応するため、分割したグループ会社から新たな社長が送り込まれてきた。といえば聞こえは良いが、只の出戻り。スタートアップというより、スタートダウン。何やってんだか。
時を明かせば、ドットコム・バブルの崩壊後、Movable Type が個人ブログを一気に広め、「Webで何かやれば儲かるらしい」という空気が日本中に薄く、しかし確実に充満していた頃である。
その新社長が、満を持して言った。
「検索エンジンを作れ。でないと我々は大根売りに鞍替えだ」
社員は黙った。黙ったが、誰一人として「それ売れるんですか」とは言わなかった。言える空気ではなかった。こうして我々は、自前の検索エンジンを武器に、社員総出で営業に出ることになった。
当時の検索エンジン業界は、群雄割拠。
Yahoo!
Google
MSN Search
AltaVista
Lycos
Infoseek
Excite
名前だけ見れば、戦国時代である。だが今になって思えば、Yahoo!の裏側は既にGoogleエンジン。他は旧世代で、消えゆく運命がほぼ確定していた。
つまり我々は、成熟期に入りつつある市場で、後発の検索エンジンを売ろうとしていた。無謀という言葉は、このためにある。因みに同じ頃、社長が兼務するグループ会社では、「次はSNSだ」と言って、MySpace ぽい何かを作ろうとしていた。発想は一貫している。流行っているからだ。
商売は流行に乗るに越したことはない。だが、流行っていることは成功条件ではなく、単なる背景だ。欲しいと思われる理由。使ってよかったと思われる体験。それがなければ、どんなに流行の単語を並べても売れはしない。
当時はまだ、企業のWebサイトにメールアドレスも電話番号も普通に載っていた。だから我々は、片っ端から連絡先を集めてメールを送り、電話をかけ、チームに分かれて検索エンジンを売り歩いた。我がチームはせっせとアポ取りに励み、相手を訪問するも苦戦が続く。
Web制作会社を訪問する。
「サイト内検索で欲しい情報がズバリ出てきます」
「それ、うちで作れます」
「ですよねえ。じゃあ…おまけ付けますんで」
「何のおまけですか?」
「…壁紙とか」
「いらないです」
「アンパン5個もお付けします」
「いいです」
MySpaceの代理店を訪問する。
「検索エンジンと SNS、相性いいですよね!」
「あ、うちは買う気ないから。うちの商品と抱き合わせで売ってくれればいいのよ。Win-Winでいきましょう」
「ですよねー」
暫し沈黙。気まずい間。重苦しい雰囲気。
「まだ何かありますか?」
「あ、いえ。こりゃまた失礼しやした」
植木等のように去った。
鳴かず飛ばずの状況が続くなか、対する他のチームの状況はというと、なぜか成果を上げていた。理由は単純だった。個人的なコネを活用し、何でもやります雑用系で拝み倒す。検索エンジンは一切関係ない。獲得したお客は、ぐるなび。ウエザーニューズ。ブレインパッド。挙げ句の果てには、大手家電メーカーの子会社から「PCの搬入を手伝ってほしい」という話まで来る始末。後で知ることになったが、時間が早朝だったので断ったらしい。
そんな状況を報告会で聞かされて焦りを募らせる中、我がチームにも遂に吉報が齎される。大手システム構築会社の社長とアポが取れたのである。
これはいける、と思った。
これで我がチームも金星を挙げられると期待を胸に乗り込めば、姿を現したのは社長ではなく派遣事業部長。
何かがおかしい。これはマズい。案の定、
「社長は忙しいので、私が代わりに伺います」
「社長さん、かなり前向きでしたけど」
「ええ。面白そうな奴らが来るので物色お願いしますということでした」
「そうですよね。この検索エンジン。なんでもズバット解決なんてね」
「いや、エンジンじゃなくてその喋り。うちで働きませんか?」
「へ?」
「うちにもあるんですよ。その名も、快傑ズバッとサーチ」
逆に商品説明を聞かされ、呆然自失で退散。
夕方。
「1件も取れてないの、俺たちだけらしいぞ」
「…そうですね」
「こんなもん、売れっこないよな」
「そもそも売るためというより、切り込む口実ですからね」
「…そうだな」
二人で夕焼けを見た。
翌日、社長から呼び出しがあり言われた。
「お前のチーム、成績悪すぎ。もう行かなくていい」
そして続けて、こう言われた。
「明日から、大根売ってきて」
「……え?」
「大根」
「いや、搬入の仕事に行かせてください」
「だめ。あれ断ったから」
「そんな殺生な」
こうして我々は、検索エンジンも売れず、大根も売らず、機も熟れず、苦い経験を蓄積してただ一つの教訓だけを得た。売るものがない状態で、正面から売ろうとしても、売れない理由だけが育つ。そして最後は干からびた大根になる。本物の切り干し大根は旨味が増すが、我々には苦みだけが残った。