
第151話「ブラッシュアップ三択2」
真っ白な空間だった。病院の待合室っぽいが、区役所のロビーにも似ている。目を覚ました瞬間、佐伯俊(さえき しゅん・21歳)は
「あ、死んだな」
と理解した。壁は均一、窓なし、時計は14時59分でフリーズ。
Wi-Fiは飛んでいるが、パスワードが英数字64桁。
「長すぎだろ…」
正面の椅子に、黒髪の女が座っていた。背筋は異様なほど真っ直ぐで、感情をアプリごとアンインストールしたような雰囲気。
「佐伯俊さん。あなたは亡くなりました」
声は平坦。説明動画のナレーションより感情がない。
「なお、あなたには三つの選択肢があります」
俊は頷いた。慰めゼロ、雑談ゼロ、全部“事務処理”なのが逆に分かりやすい。僅かの間をおいて女は立ち上がった。
「第一の選択肢。人生を同じ時代でやり直す。但し、大学のゼミだけ毎回抽選落ちします」
「地味にキツいなそれ」
「第二の選択肢。来世はカピバラ。温泉入り放題です」
「いや、温泉は魅力だけど…カピバラかあ…」
「第三の選択肢。才能爆上がり。ただし才能は早口言葉です」
俊は眉をひそめた。
「使い途どこだよ」
その瞬間、横のドアが勢いよく開いた。丸で待ってましたと言わんばかりの威勢のよさに、俊は吃驚して少し仰け反ったが、女は微動だしない。
「やっほー! 案内役補助のどらエムんでーす!」
俊「え、ドラえもん?!」
女「……」
俊が戸惑うのも無理はない。
青くて丸い三頭身。しかしどう見ても顔は狸。声も聞き慣れたものと微妙に違う。知ってるキャラの偽物感が満載。だが、女は完全に無視している。
どらエムんはホワイトボードを取り出し、勢いよく書いた。
【第三の選択肢:才能バフ盛り盛りで転生!】
「第三はね、TikTokでバズり放題だよ。“早口言葉系インフルエンサー”って今めっちゃ熱いから」
女が淡々と否定する。
「バズりません」
「即否定かよ」
「まあまあ、そう言わずに。はい、これ」
どらエムんがタブレットを取り出す。
「じゃあ見てみよっか。第三の選択肢…」
映ったのは、早口言葉を高速で言い続ける俊(来世)。
視聴者:0
コメント:なし
配信時間:7時間42分
背景:無人ライブ配信の部屋
俊「めちゃくちゃ地獄じゃん」
「じゃあカピバラの来世も見よっか」
映ったのは、温泉に浸かりながらスマホを落として絶望するカピバラ。
俊「スマホ使うんかい」
女「使えません。これは演出です」
俊「演出って」
女「この演出には秘密があるんです…」
映像がズームすると、温泉の隅で黒いスーツの男がカピバラを撮影している。
俊「誰だよあれ」
女「それが来世のあなたです」
俊「カピバラじゃないのかよ」
女「そうですけど」
俊「あれのどこがカピバラなんだよ」
女「男の足元をようくご覧なさい」
俊「バーベキュー?」
どらエムんが覆面を外す。
「最黒服三でございます。温泉で焼肉ビールは最高ですよ。カルビとバラ。もう堪らないったらありゃしない。でも、温泉はスマホの天敵でございますよ。それではご機嫌よう。ひょーっ、ひょーっ、ひょ」
俊「なんなんだこの世界は」
女「演出です。そしてあなたはカピバラです。それともカルビバラになって男に食べられる運命に修正も可能ですけど」
俊「謝絶!」
俊は深く溜息を吐いた。どうやら俊は決断したようだ。
「……第一で。ゼミ落ちくらい余裕だわ。地味な不幸のほうが人間らしいからな」
女は即座に頷いた。
「では、お行きなさい」
俊は光に包まれて消えていった。
最黒が湯気の残る温泉映像を閉じながら、にやりと笑う。
「第一を選びましたか。ゼミ落ちループ、地味にキツいんだけどね〜」
女「黙ってください」
「……お呼びでないっと」
女「今度出てきたら、あんたも地獄行きだからね。覚悟しな」
そう言って女は書類を整理した。
「あ、こりゃまた失礼しやした。どうもー」
女は視線も向けずに書類を一枚捲ると、最黒の姿はフェードアウトしていった。