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第153話「悪名は無名に勝る」

    世の中には、ビジネス書を読む前に、まず買うことに全力を尽くす人がいる。しかも有名な本、流行っている本、「これを読めば成功する」と噂になっている本に限って見事に買い揃える。読むかどうかは、また別の話で買った瞬間がピークである。

    私の元上司もこのタイプだった。書棚に並べて満足。SNSで「最近このあたりを勉強中」と写真を撮って満足。たまにページを捲り、自分に都合のいい一文を見つけて「これだ!」と叫んで満足。成功した気分で愉悦に浸る。
    付箋は使わない。なぜかページの角を折る。而も、どう考えても本筋ではない、「そこ?」というページが折れている。

    本には基本が書いてある。カール・ゴッチも言うように、基礎が大事なのは、その通りだ。初めて触れる知識や考え方であれば猶更に意味がある。
    但し、――基礎は、当て嵌めた瞬間に成功を約束してくれる魔法ではない。

    本来なら、自分のビジネスにどう当て嵌るのか、前提条件は何か、何が効いて、何が効かないのか、自分で試し、失敗し、経験として理解してから組織に展開すべきものだ。

    だが、この男は自分ではやらない。だから長所も短所も理解できていない。
    理屈だけをコピーして、「理論的には正しい」と押し付ける。理論と実践が結びついていないので、当然、結果の予測ができずに適当な物言いに終わる。例えば、こんな風に。
    「マーケットの1%がとれればこんなに儲かる。だからやれ」
    「理屈はわかりますが、1%も取れるんですか? 根拠はなんですか?」
    「根拠はないが流石に1%は取れるだろ。勘ピューターだ」
    「へ?」
    その自信は何なのだ。そんな願望計算なら小学生にでもできる。
    「やって駄目なら、改善すればいい」

    失敗したら改善。それ自体は正しい。だが、効果の小さい改善に固執すると、やればやるほど効率が落ちる。目を瞑る処とダメを潰す処を間違えると、売っても売っても儲からないビジネスになるのと同じ構造だ。
    売れても地獄。売れなくても地獄。最悪だ。

    だから本当は、「何をやるべきか」を見つけてから商品企画をしなければならない。本の受け売りを語るだけで、実力が上がることはない。読んだ内容を自慢げに語るのは誰にでもできる。基礎の上に何を建てるかまでは書いていない。それを決めるのがマネジメントの役割であり、勘ピュータに頼ったり、部下に求めるのは勘違いも甚だしい。

    権力に甘えて実力を磨かない者の末路は、だいたい決まっている。薄い知識で人を見下していると、読まずとも経験で知っている人間に簡単に負けてしまう。抽象論だけで具体が語れない。深掘りすると、すぐに崩れる。具体とは自社のことだ。問題構造を解き明かし、実行可能な行動にまで落とし込むのがビジネスの具体性というものだ。本で覚えた具体例なんぞを演説するのはマネジメントの役割ではない。

    そして――
    そんな上司が企画する商品・サービスは、だいたい売れない。
    売れると思った商品が売れない。
    当然だ。
    買いたい人の声ではなく、売りたい人の声しか聞いていないのだから。
    反対意見を言うと説教が始まる。
    だから現場は黙る。
    結果、「売れると思っているのは上司だけ」という地獄が完成する。
    「これはまずい。どうやって売るか…」
    彼は考えた。
    「メールアドレスを集めろ。DMを送れ。メールを送れ。電話を掛けろ。
    アポを取れ。反応率を見て改善だ。悪名は無名に勝る。とにかく送りつけろ」

    潜在顧客にアプローチしようとする姿勢だけは、確かに評価できる。
    だが、欲しくもならないセールス文で反応があるわけがない。
    そもそも、「誰が買うんだ、これ」という商品である。
    特別な強みがあるわけでもないのに、性能だけは熱心に語る。
    強引に売っても、買った人が「これは良い」と心から思ってくれれば、まだ救いはある。最初は悪名でも、満足客が挽回してくれる。

    だが現実は、平凡どころか、未完成品。別な見方をすれば不良品。思い切って購入するも、期待した効果が得られない場合、悪名は無名に勝るどころか、信用失墜。回復不能になる。小学生にでもわかる話だと思う。
    「いいんですか?こんな未完成品を宣伝しちゃって」
    「いやいや。その悪名も世に広まれば、起死回生の手を打つことができる」おいおい、よしてくれ。一度失った信用を取り戻す手は考えてあるのか。
    そんな素晴らしい商品があるなら最初からそれを売れ。
    「一体どんな手があるんですか」
    「クレームが来る前に完成させる」
    「え?」

    売れない原因はまだある。販売実績がない。需要がない。後ろ盾となる権威もない。欲しくもない商品を、誰が買うというのか。誰も買わないから実績がつかない。実績がないから信用がない。信用がないから誰も保証しない。だから売れない。個人商店でも知っている話だ。売れるポテンシャルがない状態で、リファラルだのSNSマーケだの、LPOだの本で仕入れた知識を吹いても意味がない。成果が出る筈がない。やる前から結果が見えている。

    「だったら何を売るんだ。売るものがないなら大根を売ってこい」
    威勢はいい。本気で言ってるのか?
    個人で一本二本売るのとは訳が違うが。
    「…、じゃあ、仕入れますか。供給先と流通の手配お願いします。価格は1本100円ですか?販売能力と損益分岐点から割り出すと高額になります。
    例えば1本5000円だと、どうやって売りますか? それとも畑を耕すところから無農薬でやりますか?」
    「今のは譬だ。文句があるならお前が商品企画をやってみろ」
    「いいんですか?」
    考えることは山ほどある。気合や願望は計画ではない。それをすべて無視して、感覚だけで回そうとする経営ごっこには、もううんざりだ。

    「メディアで、ビッグマウス社長として売り出せば売れますよ」
    悪名は無名に勝る。
    無条件に成立するほど、ビジネスは甘くない。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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