
第164話「ブラッシュアップ三択3」
真っ白な空間だった。
病院の待合室にも見えるし、役所のロビーにも見える。
どちらにせよ「長居したくない場所」である点は共通していた。
男は、自分が死んだことを理解していた。
理由は単純で、部屋に窓がなく、壁の色が完全に均一で、
時計が2時15分を指したまま、やる気を一切見せなかったからだ。
正面の椅子に女が座っている。
長い黒髪、無表情、背筋は異様なほどまっすぐ。
感情というアプリを、初期設定で削除したタイプの人間だ。
「不動均(ふどう・ひとし)。あなたは亡くなりました」
声はフラット。炊飯器の「保温中」より感情がない。
「なお、あなたには三つの選択肢があります」
男は黙って頷いた。
この場において、感想は求められていないと直感したからだ。
「第1の選択肢。
来世は“平均点の人生”になります。成功も失敗もありません」
「第2の選択肢。
来世は“大成功”しますが、最後まで後ろ指を指されます」
「第3の選択肢。
現世に戻りますが、今後すべての判断をサイコロで決めます」
「……悩ましいな」
「はい。そういうラインナップです」
「人間ってのは本当に面倒くさいぜ。なんかこう、スカッとしないのかね。姉ちゃんよ」
「その言い方。お兄さんのデビルマ、いや不動明とそっくりですね」
「アニキと一緒にしないでくれるかな」
その瞬間、横のドアが勢いよく開いた。
「やっほー! 案内役補助のどらエムんでーす!」
青くて丸くて三頭身。見覚えはあるが、確実に“本物ではない”雰囲気。
声も、記憶より二段階うるさい。女は一切こちらを見ない。
「補足説明いきまーす!
第1の“平均点人生”は、特に目立った喜びも味わうことなく、
一生『まあ普通でしたね』で終わります!」
「第2の“大成功人生”は、
周囲からずっと『あの人、正義面して相当の悪人だよ』って言われます!」「第3のサイコロ人生は、大事な場面で朝起きるかどうかも運です!」
「おいおい、補足が全部不安を煽ってるぜ」
男が叫ぶ。
「平均点ってどれくらいだよ!」
「平均との差ゼロです」
「平均との差って何だよ!」
「世代平均との差です」
「その世代、当たり外れあるだろ!」
どらエムんが頷く。
「あります!」
「あるのかよ!」
女は淡々と続ける。
「第1の人生は、自己紹介で困らない代わりに、自慢話も一切できません」
「地味すぎる!」
「第2の“大成功”は、テレビのレポーターに追い回された挙句、まるで天性の悪人のように扱われ、本人の満足度は一切保証されません」
「それ成功って言うな!」
どらエムんが間髪入れずに言う。
「転生の悪人だよね。特ダネだから仕方ないよね」
「勝手に悪人にするんじゃない!」
「もともとデーモン族の極悪人デビルマンでしょ」
「それはアニキだろ。俺は普通の人間だ!」
「第3のサイコロは六面です」
「そこは安心材料じゃない!」
どらエムんが胸を張る。
「ちなみに“凶”は四面ありまーす!」
「多い!」
「最後に注意点ですが、サイコロを失くした場合、失格となります」
「失格って何だよ!」
どらエムんが補足する。
「再死亡だね!」
「軽く言うな!」
男は頭を抱えた。
「ちょっと待ってくれ。他にもっとこう……普通の選択肢はないのか」
「ありません」
「人生二回目とか」
「ありません」
「才能爆上がりとか」
「ありません」
「大アリクイとか」
「今回は該当しません」
「じゃあ何で前回あったんだよ!」
どらエムんが目を逸らす。
「キャンペーンです」
沈黙。
男は悟ったような表情で静かに言う。
「……なあ。ここで選ばなかった選択肢って、どうなるんだ?」
女は一拍置いて答えた。
「次の方に回します」
「使い回しかよ!」
どらエムんが小声で言う。
「サイコロ、実は昨日からちょっと欠品なんだけどね」
「言うな!」
男は深呼吸した。
「……第2。大成功で」
女は即座に首を横に振った。
「おすすめしません」
「え、そこ助言入るの?」
「苦情が多いためです」
「じゃあ第一!」
「それも不満は多いです」
「第3!」
「事故率が高いです」
「全部ダメじゃねえか!」
どらエムんが小声で言う。
「でもね、一番“語りやすい人生”は第3だよ」
「何を基準にしてるんだよ!」
男は暫く考え、投げ遣りに言った。
「……第1で」
女は書類に判を押した。
「では、平均点の人生をどうぞ」
世界が白く歪む。消え際に男は聞いた。
「なあ。俺の人生、何点だったんだ?」
女は一瞬だけ間を置いた。
「50点です」
「低くね?」
「平均との差はゼロです」
男の姿が消えた。部屋には、再び静寂が戻った。
時計は相変わらず2時15分を指している。
女は事務的に次の書類を取り出し、机の上で揃えた。
紙の角は一ミリのずれもない。どらエムんが、ぽりぽりと頭をかく。
「……50点って、ちょっと低くない?」
「平均です」
「でもさ、努力もしたし、失敗もしたし、まあまあ頑張ってたよね?」
女は一瞬だけ手を止めた。
「不動の平均。名は体を表す。彼の宿命ということです」
(完)