
第163話 「課外活動」
年度初めの4月生まれと年度終わりの3月生まれとでは、発育の期間が一年ほどの周回遅れになる。成長スピードの速い幼少期では、この時間差が圧倒的な個人差を生み出す。単純な物理法則である。
歳を重ねればその差は1/nに減衰していくので、10歳で10%、20歳で5%、100歳になれば1%となり実質ゼロと言ってよい。これは純粋に時間的な差異だから、なんにもしないとそうだというだけの話であって、努力による上書き効果を考慮すれば、100歳を待たずとも、ずっと早い時期に打ち消すことも可能である。
だが、思春期に10%程度の差を普通の努力で埋めるのは困難である。相手も努力していれば猶更だし、才能まで備えた相手であればもう絶望的で、譬えるならオリンピック選手を相手に、自分だけ5m後方から100m走に挑むようなものである。「おいおい、前方にしてくれよ」と言いたいところだが、悲しいかな現実はそう甘くはない。せめて国体選手にしてくれよ。
だから県大会を目指して厳しい練習に耐えるなんてのは、ちょっとした外圧で崩れることになるが、それに打ち克った者は栄冠を手に入れることになる。私は野球好きなので部活に野球を選んだが、厳しい環境に馴染むことができなかった挫折組である。中学時代は、体格の良い怖そうな同級生に脅されてニ学期早々に退部し、陸上部に籍を置くものの一度も顔を出さない幽霊部員に転身。角刈りの恐そうな先輩部員と廊下で目が合うたびに「出てこいや」と凄まれるので、姿を見かけるや否やスタコラサッサと逃げ出す始末。危険を察知し、瞬時に行動に移す能力に磨きがかかった。
それにしても強制加入の年金じゃあるまいし、なんで部活なんぞせにゃならんのか。オリンピックを目指すわけでもない。だが戦後の占領政策で国家高揚の名のもとにスポーツ振興が叫ばれ、その影響を色濃く受けた時代。戦前生まれの親父からは「中学生は丸刈り坊主頭だ」と有無を言わさずバリカンで頭を刈られ、三年間の丸刈り生活。三角頭の絶壁が露呈して恰好悪いったらありゃしない。お陰で存在感を消す能力に磨きがかかった。
高校時代は怖そうな先輩に目をつけられないよう美術部を選び、しっかり幽霊部員になった。その代わりに自称・男子ソフトボール部を名乗って、家の近所の壁めがけて投球練習に勤しむ日々を過ごした。帰宅して活動するので名実ともに帰宅部である。自分独りの活動であるから、メンバーも監督もコーチも怖いお兄さんも存在せず、活動費もゼロ。対戦相手は壁のみで、不敗神話の虚しい更新が続いた。
ちなみに体育の授業でソフトボールの時と、年に1回の校内ソフトボール大会が数少ない見せ場であり活動目標であった。右目の視力が極端に弱いため、最後の大会では、楽勝でアウトにできた三塁線の飛球をキャッチし損ない敗因を作ってしまったのが未だに悔やまれる。エラーや空振りの原因が大きな視力差だと知るのは後年になってからである。反射神経と関係ないじゃないか。
体育の成績が自己認識と合致しなかったもの頷ける。
身体能力より身体測定で成績が決まっていたようなものである。
少年時代に球をよく見ろと言われたものだが、そうじゃない。
見てはいけなかったのだ。心眼で捉える訓練をすべきだったのだ。ううむ。それはそれで厳しい壁である。
そもそも、自ら進む道の途中にある関門なれば、心眼トレーニングでも頑張るだろう。然しオリンピックに出たくもないのに、なぜ我慢して練習しなければならぬのか。同じ理屈で「なぜ勉強しなければならないのか」という者もいるが、目標に向かって努力することと、忍耐力をつけると称して目標でもないことを我慢してやることは、まったく別物である。前者は獲得に向かう積極的な我慢であり、後者は他人による強制獲得なので身につく能力が不本意なものになってしまうという違いがある。目標達成のために知識をつけ、計画し、頑張る。そのプロセスこそが勉強であり、指導者がいれば習得も速くなる。ありがたい話だ。
そこで、こういう部活はどうだろうか。どれも他人から強迫されることなく素晴らしい体験が得られること請け合いである。オーソドックスにいけば、帰宅部、二部、夜間部あたりだろうが、組織系なら、本部、支部、総務部、幹部、中枢部、首脳部。出世を目指すならお勧めだ。同じ組織系でも、おいちょか部はやめた方がいい。
癒し系なら、デジャブ、ランデブー、愛撫、初心、デブ。
料理研究なら、とろろ昆布、酢昆布、シシカバブ、ハーブ。
活動系なら、ドライブ、アドリブ、剣舞、乱舞、おんぶ。
情報系なら、アーカイブ、World Wide ウェ部、YouTu部。
音楽系なら、ライブ、チューブ、ジョージ・マイケルのファーストラブ。
マライア・キャリーとルーサー・ヴァンドロスのエンドレスラブもいい。
生物系なら、頭部、胸部、腹部、臀部。人体はどこも部活だ。
地理系なら、東部、西部、南部、北部、中部。列島まるごと入部できる。
物理系なら、ドアノブ、電気ストーブ、カーブ、バイブ、KeV、MeV、GeV、TeV。TeVの先はPeV、EeVと続くが、それは宇宙領域なので、フォーゼの仮面ライダー部にお任せしよう。
あんまりふざけてばかりもいられない。もう少し真面目にいけば、日本の歴史をまな部、国際情勢をまな部、先端技術をまな部、経済をまな部。
「まな部」は漢字で書けば「学部」である。つまり、学校の部活が大学の「学部」に格上げされれば受験戦争もなくなり、自発的に取り組むから優秀な人材が育ち、これからの日本が頼もしく思えてくる。この際序でに、人口減少で供給過剰になった大学は整理してしまおう。お金目当てに無駄に増設された大学は全部廃止し、補助金等の予算をそっちに回せば一石四鳥のナイス・アイデアである。
でも、入部試験が導入されたりして。