
第48話 「皆既日蝕」
1999年8月ある日。独逸在住であった私は幸運にも皆既日蝕を体験する事が出来た。それがどうしたと思われるかも知れないが、兎に角、皆既日蝕は凄い。皆既月蝕とは雲泥の違いがある。日蝕と月蝕の字面からは大した違いは無さそうにみえるが、騙されてはいけない。皆既日蝕は昼なのに一瞬だけ夜になるのだ。当たり前だが皆既月蝕では夜が昼になったりはしないのである。そんなことになったら怪奇である。
皆既日蝕といえば天変地異の代表格であり、よく映画のシーンでは決まって、風が吹いたり、草木がざわめいたり、猫がギャーギャーと喚いたり、犬は頻りに吠えて、烏がカアカア啼いて、鳥がバタバタと舞って、段々と暗くなるに連れて蝙蝠が飛び交って、突然馬が嘶いたり、それに吃驚した山猿が人間に襲いかかったり、慌てて発砲する猟師がいたり、猿から遁れようとして道路に飛び出す幼児がいたり、それを見て慌ててブレーキを掛けた自動車が交叉点で玉突き衝突して、そこへ自転車の男が素頓狂な声を上げながら突っ込んだりと色々な描写がある訳だが、期待に反してそんな事は微塵の欠片も起らずにちょっぴり残念であった。前置きはこれくらいにして天体ショーを振り返ってみたい。
幕開けは正午。遅番の通勤途中である。道行く人達は誰一人として立ち止まって天を仰ぎ見ようとはしない。未だ時間が早いのか。それとも私は騙されているのだろうか。半信半疑で10分許り歩いていると、丁度、自転車の青年が笑顔で天を指差し「ルック」と言って畑に突っ込むことなく無難に疾走して行く。そして天には薄雲に隠れたやけに明るい三日月形がくっきりと見えるではないか。
「何だあ。これが日蝕なのか。まさか月ってこたあないだろうな。うーん。あれだけ欠けてりゃ、もっと暗くてもいいんじゃないの?そうだよ。月だ月。やけに明るいけど、ま、いいか」
私は聊か疑念を抱きつつも妥協した。するなよ。だが或る意味それは間違いではなく、日蝕とは太陽が月に隠れる現象であるから光ってない部分は確かに月なのである。セーフ。一塁塁審が両手を拡げる姿が頭に浮べば完璧である。何度か見上げるうち、軈て三日月形は雲から出て行かんとする。浅はかにも漫然と眺めていると、雲から出る瞬間、何とま、眩しいではないか。「おお、これが日蝕か。でもまさか月では」って、まだ疑うか。
それにしても不覚をとった。サングラスの用意をすっかり忘れていた。いくら欠けた太陽と雖も矢つ張り裸眼では厳しいものがある。夕陽がくっきりと拝める普段の情景からすっかり油断していたではないか。むう。この前、街で配られていた無料の3D眼鏡はてっきり映画の宣伝かと思いきや、この為であったのか。うぬう。こうなったら一刻も早く職場に行き投影式プレゼン用透明シート「トランスペアレンシー」通称「トラペ」に色を塗ってその威力を試すのじゃ。我ながら名案である。
扨、職場に着いたが既に大分暗くなってしまっている。夜八時相等の暗さといった感である。急がねばならない。汗が滴るのも構わずに、早速トラぺを黒ペンで塗り潰して外に出て試してみる…。駄目だ。真っ黒で何も見えない。おかしいな。シートを外して仰ぎ見る。んん? 太陽が無い! 「もう皆既蝕になっちゃったのかなあ。先刻はもうかなり細かったし」と思ったら、樹葉の隙間からひょっこり姿を現わしているではないか。ううむ。全く違う方向を見ていたようである。
気を取り直して、今一度試してみる…。駄目だ。矢つ張り真っ黒で何も見えない。あれは書いた文字が光を透過させないからスクリーンに字影が投映されるのであって、見えなくて当然である。ううむ。考えるのだ。何か透明なもの… そうだ!書類携帯用のクリアフォルダはどうだ。階段を駆け上がり三階の自室に戻って緑と黄色と無色のシートを携えて外へ出る。階段を昇降する間にもかなりの時間を失っており、急いで無色のにフェルトペンで粗めに塗り潰して試す。駄目だ。て、それは先刻やった事とどれ程違うというのだ。経験から何も学んでいない。では緑のはどうだ。ペンで粗めに塗り潰してみる。んん?色着きなんだから態々塗り潰さなくてもいいんでないのか。そうだよそうだははは。よし。試してみるか…。んーん。いまいち太陽光が強いなあ。じゃ、黄色のはどうだ。ああ、いかん。透明度が低過ぎて何も見えないではないか。何か方法はないのか。くそう。それにしても皆何処へ行ったというのだ。蛻けの空である。ノストラダムスの予言に怖じけづいたんじゃああるまいな。まあ良い。後半戦に備えて対策を練る。
皆既食までの前半戦はどうも見る場所が悪かった様に思う。樹木や建物に視界を遮られるわ、太陽を見失うわ、階段を何度も往復するわで翻弄された。という事で今度は眺望の良い建物南面に出るべく誰もいない部屋に侵入して、オープンテラスに出る。ううむ。こんな隠し部屋があるとは知らなんだ。「お主も中々悪よのう、越後屋。いえいえ、お代官様こそ」と、思わず独り言を洩らしてしまったではないか。最早、皆既蝕は過ぎ去ってしまったが、依然として見事な超極細ウルトラスーパーファインな弓形を見せている。夜九時相等の暗さと推定されるが、それでも直視すると眩しい。むうう。
不図、足元を見やると水面からの鋭光が眼に入る。おお、これだ。水中では光の吸収が起る。そして空気の動きで常に微少振動している水面では光が散乱される。それで眩しさは幾分柔らぐ筈。最も眼に優しい角度は「ええっと透過係数と散乱係数の公式は…おっと、不純物濃度も考慮に入れないといかんな。公式集が確か隣の部屋に…」んん?私は一体何をしているのだ。冷蔵庫の扉なんか開けて。部屋のドアを開けるんじゃなかったのか。ん、いや待てよ。そうだ。牛乳を混ぜてみよう。白濁液なら光が弱まる筈。名案である。「へへへ。牛乳牛乳っ」と、冷蔵庫の中を覗くと何と今日に限って牛乳が無いではないか。がーん。
慌ててテラスに戻ってみると、太陽は薄雲に入っている。今がチャーンス。流石に薄雲に入った時はくっきりとした綺麗な三日月形が堪能出来るなあ。うんうん。だがその時、厚雲が太陽を蔽う。あうっ。雲よ早く去っておくれ。一分経過。二分経過…。よっしゃあ。来た来た薄雲。30秒経過。あうっ。一分経過。二分経過…。よっしゃあ。あうっ。よっしゃああうっ。よっ。あうっ。よっ。ぽつっ。って、何だ、雨滴じゃないか。炎天下では誤魔化し程度の雫が落ちてくる事は珍しくないが、こんな調子では陸に観れたもんじゃない。して、雲が去ってみると既に、三日月形とは言い難く半月いや、半太陽をちょっと過ぎたくらいであろうか、辺りはすっかり昼間の明るさに戻ってしまっている。最早、直視するのは無理である。いや、もともと無理だけど。
私は片膝をつき、がっくりと項垂れた。あの時街頭で素直に手を伸ばさなかった己の愚を咎め立てしても仕方がない。いやあ負けたよ。完敗だ。私は全力を尽した。潔く負けを認め、この機を恵んでくれた神にあらん限りの感謝を捧げようではないか。
斯くして一世一代のショータイムは終焉の幕を閉じるのであった。
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