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第49話 「午後の散歩」

    ここはミュンヘンオリンピック公園。日曜日の午後の散歩にはもってこいである。1972年9月5日の午前5時、アラブのテロリスト5人がフェンスを乗り越え、イスラエル選手団を襲撃した。PLOである。襲撃犯は即日逮捕されたが、10月29日にはルフトハンザ航空機がハイジャックされ、襲撃犯を解放する要求がなされた。そんな事件を振り返り、平和への想いを噛み締めるも良し。プールやレストランもあるし、BMWの博物館も近くだし、本さえ持って出れば一応暇は潰せる。て、それじゃあ意味ないじゃん。

    公園の中には展望台もある。展望台にはちょっと上がってみたい気もするが、私は高所恐怖症なので遠慮しておこう。ん、誰だ。袖を引っ張るのは。何だ、子供か。「いいから先へ行きなさい」と言ってみるが、未だ引っ張るのを止めぬ様子である。私は上らないんだってば。しつこいなあ。え。何々。芝生の中に入るなっだって。あ、どうもすみません。

    どうも上にはレストランがあるらしい。何だか高そうである。上るのにも金が要るんだよなあ。高くて高いレストランかあ。うーん高くて安いレストランなら良いのになあ。でも高くて低いレストランは平地の高級食堂なので注意せねばならないな。いやいや高いけど腰の低いレストランなのかも知れないし、ならば低くて低いレストランは平地の腰の低い食堂だったりする訳で、そういう事を言うんなら低くて高飛車なレストランも有りな訳で、じゃあ高くて高いには高いんだけど高飛車で高所恐怖症のウェイターだったら「あのう。スープ冷めちゃってるんですけど」
    「なにぃ、内の料理に吝をつける気か。お代はいらねえ。とっとと帰ってくれ」
    「いや、だって先刻から料理が出て来ないじゃないですか。ほら、あのウェイター、料理を持ったまま腰抜かしてますよ」
    なんて事も無きにしも非ずって、何考えてんだか。

    そんな事よりも、果して本当に高いのであろうか。いや値段が。命題を立てて証明してみる。命題「高いレストランは高い」を立て、その対偶をとる。待遇。それは世間平均を大幅に下回る薄給で馬車馬の樣に働かされる、否、働かざるを得ない事、いや滅相もないです喜んで働かせて戴きます。じゃなくて対偶。それは至極難解な問題であろうとそれを使えば立所に解決出来てしまうという超魔術。でもないか。で、対偶はっと、「安いレストランは安い」証明終り。んんん、これって当たり前すぎるではないか。何か変だぞ。えーっと、今の関心事はあの塔上のレストランが高いかどうかである。安直に「高い食堂は高い」と宣言したのがまずかった。

    命題「高所のレストランは値段が高い」

    では実際に上に行く事なく、命題を証明する。対偶「安いものは平地のレストラン」んん、この靴は安かったけど、レストランではない。何かまだ変だ。

    対偶「値段が高くない物は、高所のレストランではない」

    おお。これだ。この安い靴は確かに高所の食堂ではない。このベルサーチの服もロレックスのズボンもアルマーニの時計もカルチエの眼鏡もフクスケの足袋も皆な皆な高くなかったけど、高所の食堂ではな…え、嘘を吐くなだって?何で分るんだろう。うーん不思議だ。まあ良い。兎に角、証明は済んだ。

    ところで喉が喝いた。ここはその昔「ミュンヘン・ミルウォキー・サッポロ」と宣伝された土地である。この地に及んでビールの本場とあっては一服するより他あるまい。仕方がないので注文する。「ビアビッテ。あ、そっちのじゃなくて其の黒い奴。ドゥンケルス」と、指を差す。売人のお姉ちゃんは怪訝な顔をしつつ、鋭い眼付きで何やら喚いている。「黄色い人種だからって、何も其んなに恐い顔しなくたっていいじゃないか」と、心で文句を言うが兎に角ビールが差出され金を払う。よしよし。ごくり。ん?な、何だこれは。コーラじゃないか。そ、そういう事だったのか。

    ところで小腹が空いてきた。ここは「シャウエッセン」とか「バイエルン」とか宣伝で謳われている樣にサウセイヂの国である。本場とあっては一つ試してみるより他あるまい。仕方がないので注文する。「ヴァイスブルスト・アインマル・ビッテ」「ナイン・ニヒトベライツゥエセン」「ゑ、何言ってんの親爺ぃ。ナインって、そこに白いのあるじゃない」「フランクフーター・オーダー・チューリンガー」え、チューインガムをオーダーしろだって?ガムじゃなくて其処の白ソーセージが欲しいんだけどなあ。仕方ないや。「OK.ゲーベン・ズィーミア・アイネ・フランクフータ・ビッテ」所望の品ではなかったが、まあ良い。帰りに彼処に見えるレストランでヴィーナーシュニッツァルを食べて、黒ビールも飲んで、優雅な気分を味わってやるのだ。ふぁははは。どうだ。参ったか。ざまをみろ。て、一体誰に言ってるのだ。

    そろそろ陽も傾いて来たのでレストランに行き、腰を下してメニューカルテを見る。所望の品、40DM也。た、高い。というか所持金が少な過ぎる。くうっ。ここで金を使い切っては明日出勤できない。仕方がないので、シュバイツァーサラダ20DMとミネラルヴァサーを頼む。ミネラルヴァサーとは水である。有料である。とほほ。だが、未だ負けた訳ではない。何といってもシュバイツァー。頼もしい名前である。この一点に逆転の望を託そうではないか。屹度、豪勢なサラダに違いない。譬えるなら色鮮やかにレタスや人参や胡瓜やらが添えられた「森の蕈(きのこ)サラダ」みたいな奴に違いないのである。もう决めた。人間思い込みが激しいと反動が恐いものであるが、そんなこたあどうでもいい。千葉すずじゃあないが食事は楽しまねばならないのだ。「森の蕈グラタン」と何度も囁けば、ほうら、食欲も湧いてくるというものである。グラタンじゃないのだが。

    満を持してウェヰタアが登場すると、もう心の中では花火が舞い、黄色いヘルメットを冠った黒い海パンの男が、両手に旗を持って口に薔薇を銜えてクルクル回るのである。だが、供された品は、オニオンスライスにチーズが添えられただけのサラダであった。がっくし。海パンの男が梵鐘を打つ。ばひゅーん。

    私は海パンの男を銃殺に処した後、夕焼けの中を走り乍ら心の中で「ううっ。明日こそは仔鹿のチェリーソース附き森の蕈スペシャルローリングサンダーを食べてやるぅ」と、拳を固くして誓うのであった。

    そんなメニュー無いってば。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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