第47話 「欠陥の楼閣」
John Cleese 主演の30分コメディー Faulty Towers(フォーティー・タワーズ)という番組がある。BBC が1975-1979 年頃に放映していたそうで、私はデンマーク在住時に観ていたのだが兎に角面白い。ジョン・クリース扮するホテルの支配人 Basil と、小間遣いなのか料理人なのかは忘れたのだが未だ英語の理解に難がある葡萄牙人 Manuel のコンビが実にいい。バズルは規則に固執し全てを把握し制禦したいタイプで、頑固で柔軟性に欠け御世辞を一切言わない性癖である。そのくせ何時も苛々楚楚くさとしていて落着かず、些細なミスを頻繁に犯し、対人交渉術に欠陥があるけれど本人は全く気付いていない為、妻の Sybil や客を怒らせて口論になる事も屡ゝである。
一方、マヌエルはというと、何でも従順に言う事を聞く便利屋で、間抜けな自虐キャラであり、純真無垢で他人を疑う事を知らない性格である。我慢強く、穏やかであるのは良いが、仕事が遅く、大きなミスを何時も犯すので、何時もバズルを苛立たせる。メイドの Polly はマヌエルを庇う役柄であり、時にはバズルのミスをお膳立てして視聴者を喜ばせてくれる。あと、痴呆のちょっと入った老人で皆から Major と呼ばれる退役軍人もちょい役で登場し、シビルやポゥリーと共に脇を固める大事な存在である。
ここ迄の記述でバズルは陰険な男だと解釈することも可能だが、皮肉や黒い冗句を効かせる英国冗句の特質を考慮すれば、バズルのキャラクターは非常に滑稽なものである事が理解出来る。
登場人物は大体そんな感じであるが、困ったことに肝腎のエピソウドが思い出せない。電網検索してもスクリプトやプロットは見当たらないし、名言集といわれる頁を見ても文字だけで一連の映像の中で捉えないと何が可笑しいのかさっぱり解らない。あと、英文は唯でさえ字が小さいのに、それに輪を掛けて小っちゃく潰れていたので読む気がしなかったのもかなり影響した。
そこでと言っては何だが、雰囲気を再現する為に貴方にジョン・クリースになってもらう。というパターンは今回は採らない事にして、曖昧な記憶をもとにそれらしく再現してみたい。場面は午後のひとときである。
「いいかマヌエル。今日は大事な日だ。ホテルインスペクターが三時に来る。星三つにしてもらう為に、三時まで客を帰さない樣に。それから御前はいつも余計な事を喋って事態を壊すから、査察人が来たら一切口をきくな。英語が話せない事にしておく。Silence is golden だ」
「おおお。SCILENCE IS GGOLDEN. I AM RICH. 黙っていれば金持ちだぁ〜」
そこへポゥリーが通りかかる。マヌエルが「ああ、ポゥリー。私、今日から金持ちね」と話し掛けると、「あら、また旦那樣に変な事を吹き込まれたのね。かわいそうに」と、憐れむ様に言う。
そこへ少佐がやって来る。
「ああ少佐。これはこれは、御機嫌麗しゅう御座居ます」
「ほほう。フォーティー君。御機嫌よう」
「今日は何を御召しになりますか。少佐」
「ハンバーグ定食にしてくれ給え。ところで、家内から相談を受けて悩んでおるんじゃが、隣家の息子の友人が重婚をしおってな。何か適当な戒め事はないじゃろうか」
「その必要はありますまい。姑を二人持つ事はかなり重い罰ですから」
「成る程。それは良い考えだ。早速家内に教えてやろう。じゃ、また」
「ああ少佐。未だお食事が」
「おお、そうじゃった。ふぉほっほ」
そこへ三階の部屋から泊まり客が一人、昼食をしに降りて来る。シビルが言う。
「マヌエル。お客樣を5番テーブルへ案内して」
「はい。奥様。……。ええと。はて。ミスター・フォーティー。5番は何処ですか」
「ん。5号室は二階へ上って左の三番目だ」
「あー。昨日の客と同じ処ね。二階ね。四番目ね。OK.こちらへどうぞ」 と、自信満々にマヌエルは手招きする。客は笑顔で追いてゆく。
擦れ違いに階段から、厳めしい顔つきの客が降りてきて物々しくバズルに言う。
「明日の往復切符を予約して欲しいんだが」
「畏まりました。で、何処迄で御座居ましょうか」
「ああ?何を言っとるのかね」
「ですからどちら迄で御座居ましょう」
「この町までに決っとるではないか」
「あ、いや。その。この町というのは如何なものでしょう」
「あー、何だ。あんた、私の行く先に吝(けち)をつける気かね」
「いえいえいえ。滅相もございません。あ、ポーリー。丁度良い処にきてくれた。こちらのお客樣の切符を手配してくれ」
「はい。ミスター・フォーティー」
場面は隣室の食堂へと移る。シビルが客のテーブルで応じている処だ。
「何だ。このサラダは。レーズンが二粒しか入ってないじゃないか。それにフレンチソースがないじゃないか」
「すみません。新鮮なのとお取り換え致します。お詫びにこちらのワインをサービス致します。バズル、此方樣にサラダを御出しして」
「おやおや、昨晩は当ホテルのフレンチソースは不味いと御不満を垂れておりましたが。如何なされましたかな」
「ああそうだが、塩もビネガーもペッパーも空っぽじゃないか」
「醤油がございますよ」
「レーズンサラダに醤油を掛けろと言いたいのかね。君は」
「本日のサラダは和風でして、海苔と山葵と貝割大根のコンビネーションをお楽しみ頂ければと」
「だったらローストビーフの一切れでも附けておき給え」
「いちいち五月蝿い客だなあ。あ、いえ。こっちの話です。ローストビーフですね。はい。マヌエール!」
バズルはマヌエルを喚び出し、ひそひそ声で指示を出す。
「いいか。マヌエル。この味覚異常者のワインには昨夜の残りにアップルジュースを混ぜて出しておけ。どうせ判りっこない」
「昨夜の残りにアップルジュースOKね」
「あ、馬鹿。態々でかい声で繰り返すんじゃない」
そろそろホテルインスペクターが来る時間である。また不満を洩らされては困るので、この五月蝿い客には部屋に引き取ってもらおうとバズルは声を掛ける。
「そろそろ奥樣が会いたがっておられるのではありませんかな?」
「おお、そうだ。有り難う。案外と気が効くじゃないか。早速呼んでくれ給え」
「くうー。ぐにゅぐにゅ」
と、言いながら、バズルは背後から拳骨を下すポーズを二、三度見せる。
そして隣の間では、先刻の往復切符の客が「この切符の予約券は一人分じゃないか」と、ポゥリーに文句をつけている。「ええ。お客樣は二人分とは申しませんでしたので」「困るなあ。私には連れがいるんだ。しっかりしてくれ」「申し訳ありません」
そこへ丁度、デーブスペクター、否、インスペクターがやって来て、二階の五号室に案内されてしまっていつ迄経っても食事が出て来ず痺れを切らした客とマヌエルと鉢合わせになる。査察人は拳骨を下すバズルを指差して「あれは何だね」と、マヌエルに尋ねるが、マヌエルは目を丸くして口を閉じたまま首を激しく横に振る。客逹の非難の声はバズルに集中し、バズルはパニック状態に陥ってしまっている。査察人は未だ食事中の少佐のテーブルの前に立ち、「此処はいつもこんな風に騒がしいのですか」と訊くと、
「ああそのとおり。愉快な処じゃ。ふぉほほほ」
と、フォローになっていない返事を返す。
仕上げは堪忍袋の緒が切れたバズルが、客に向って「皆出ていけ。こんな処はうんざりだ。出て行かないんだったら私が出ていく」と絶叫し、発狂したが如く道路に飛び出して行って車に轢かれて番組は閉幕する。
ジョン・クリースの演技は絶品である。
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