第144話 「スター戦略論2」
次の講演は『スター企業はどう生まれるのか:リチャード・コッチのスター戦略論(後編)』です。それでは、よろしくお願いします。
——ありがとうございます。
昨日は、ビジネスがいかにして“スター”になるか。
その概論をお話しましたが、今日のテーマは単純化です。
BCGマトリクスの要素は、スター、金のなる木、問題児、そして負け犬。
スターは素晴らしい、と書いてある。昨日も指摘しました。
だがどうやってスターになるかは、どこにも書いていない。
スター事業には、出発点があります。それは「単純化」です。
複雑なものは、伸びません。
市場も、商品も、ビジネスモデルも、削ぎ落とさなければならない。
私の結論は明確です。スターへの道は二つしかない。
一つは、「価格の単純化」。
もう一つは——まあ、これは後で話します。
価格を下げるのではありません。コストを下げるのです。
半分です。最低でも。
10ドルなら5ドル。
1000ドルなら499ドル。
だがその程度では、人は驚かない。
経済学には、需要の価格弾力性という言葉があります。
難しそうですが、要するにこうです。
安くすれば、爆発的に売れる。
これは私が言っているのではありません。
リチャード・コッチも、同じことを言っています。
基礎ができていない者に、スターはありません。
「価格の単純化」が成功した代表例として、IKEAがあります。
皆さん、ご存じですね。青と黄色の、あの店です。
「またIKEAかよ」まあ、そう言わないでください。
こっちにも都合があるんですから。
IKEAの革新は、家具を平らにしたことではありません。脚を外した?
違う。本質は、人間を動かしたことです。
まず、運ばせる。次に、組み立てさせる。
最後に、文句を言わせない。
家具というのは、本来、完成品である必要はありません。
完成させるのは、あなたです。人はなぜ、自分で組み立てるのか。
安いからです。そして、誇らしいからです。自分でやった、という感覚。
これが重要です。
IKEAは店を巨大化しました。
倉庫のような店です。いや、倉庫が店なのです。
選択肢は多いようで、実は少ない。
ベッドは三種類。色は白か、もう一つ。迷わせない。考えさせない。
あっちこっちと歩かせる。
この「歩かせる」というのが、極めて重要です。
人は長く歩けば、「あ、こっちもいいな」と余計なものを買います。
これは心理学ではありません。習性です。
子どもは預けられる。ミートボールは安い。休日は、なぜか楽しい。
つまり、IKEAは家具を売っていません。
時間と体験を売っている。
ここまで聞いて、こう思った人がいるでしょう。
「顧客に仕事をさせているじゃないか」
その通りです。
だが、顧客は喜んでやっている。
なぜなら、安いからです。
そして、——自分でやったと思えるからです。
ビジネスとは、筋肉です。
使わなければ、衰える。基礎がなければ、技は生きない。
私は若い頃、師匠からこう教わりました。
「基本を疎かにする者は、必ず倒れる」
マーケティングも同じです。
派手な技より、地味な反復。奇策より、基本。
スター企業は、偶然では生まれません。
単純化し、鍛え、耐え抜いた者だけが、最後に立つ。
次に、もう一つの道。「構造の単純化」について話します。
価格を下げるのが難しい場合、人はよくこう言います。
「うちは高付加価値だから」
この言葉を聞いたら、要注意です。
高付加価値というのは、だいたい説明が長い。
説明が長いものは、弱い。
では、どうするか。ルールを減らす。
ビジネスは、ルールで決まります。技ではない。
強い組織は、決まりが少ない。しかし、厳しい。
やっていいことが少ない代わりに、やるべきことが明確です。
私は現役時代、「これはやっていいですか?」と聞く人間が嫌いでした。
聞く前に、基礎をやれ。企業でも同じです。
承認フローが多い。会議が多い。資料が多い。
これは、動けない組織です。
スター企業は、判断が早い。理由は簡単です。
考えることが少ない。
考えなくていいように、あらかじめ決めている。
構造の単純化とは、人を縛ることではありません。
迷わせないことです。
自由とは、何でもやっていいことではない。
やることが決まっている状態です。
あっちもこっちも手を出してはいけない。
こっちをやるんです。
強い選手は、試合中に技を選びません。体が勝手に動く。
スター企業も同じです。現場が勝手に動く。
それは、現場が優秀だからではありません。
構造が単純だからです。私はよく言いました。
「頭を使うな。体で覚えろ」
マーケティングも同じです。
キャンペーンを考える前に、動線を固定しろ。
コピーを考える前に、売り方を決めろ。
戦略とは、後から考えるものではありません。最初に縛るものです。
縛れない組織は、伸びません。
スター企業は、自由そうに見えて、実は一番不自由です。
あっちの世界は楽しそうだが、こっちは苦しい。
しかし、その不自由に耐えられる者だけが、最後まで残るのです。
以上が、もう一つの道、「構造の単純化」です。
これで、私の話を終わります。
ありがとうございました。
(拍手)
司会「以上、カール・ゴッチさんの講演でした」
カール・ゴッチ
1916年生まれ。プロレス界に「ストロングスタイル」を持ち込み、
技よりも基礎、派手さよりも反復を重んじた伝説的指導者。
合理主義でも戦略家でもないが、
「余計なことをやるな」という一点においては誰よりも明確だった人物。
なぜか経営論に転用すると、やたら説得力が出てしまう。