メインコンテンツへスキップ

第145話 「ブラッシュアップ三択1」

    真っ白な空間だった。
    病院の待合室っぽいが、区役所のロビーにも似ている。
    目を覚ましたとき、男は自分が死んでいることを理解した。
    部屋には窓がなく、壁の色がすべて均一で、時計が正確に二時十五分を指したまま動いていなかったからだ。

    正面の椅子に、一人の女が座っていた。長い黒髪。無表情。
    背筋は異様なほどまっすぐで、感情という概念を衣服として着ていない印象を受ける。或いは、感情をアプリごとアンインストールしたみたいな雰囲気というのだろうか。
    「遠藤麻巳。あなたは亡くなりました」

    声は平坦で、説明動画のナレーションより感情がない。
    「なお、あなたには三つの選択肢があります」
    男は頷いた。名前の名乗りも、社交辞令も、慰めの言葉も一切なく、そのすべてが型通りの事務処理であると理解できたからだ。

    「第一の選択肢。同じ人生を同じ時代でやり直す。但し記憶は保持しない」
    「第二の選択肢。使いきれないほどの大金持ち。但し、あなたのやりたいことは全部却下される」
    「第三の選択肢――」
    その瞬間、部屋の横のドアが勢いよく開いた。
    「やっほー! 案内役補助のどらエムんでーす!」

    子供の頃から見慣れた青くて寸胴の三頭身。しかしどう見ても顔は狸。
    声も微妙な違和感があり、知ってるキャラの偽物感が満載。
    これも異世界のなせる技なのか。女は一切こちらを見ない。

    「第三の選択肢は、こちらになりまーす」
    どらエムんがホワイトボードを持ち出し、ペンで殴るように書く。
    【第三の選択肢:記憶を保持して、更に才能爆上がりで転生!】
    男は思わず口を開いた。
    「…え?」

    女は首を傾けたが、角度は三度以内に収まっていた。
    「それでは確認します。第一はやり直し。第二は大富豪。第三は大転生。どれを選択しますか? なお――」
    「第三にします!」
    「だよねー。最近めちゃ人気なんだよ。毎日豪華な食事つきだし。お兄さん、センスあるね」
    どらエムんが即レスした。そして続ける。
    「でも、ひとつ制約条件があるんだよね」
    「え?」
    「なんにもない無人島で暮らすんだけど」
    「先に言えよ!」
    「じゃあ二番、いや、一番。まてまて、うーん」
    「一回決めたからもう変更できないよ」
    「そんな。嵌めてんじゃねーぞ。コラ!土左衛門」
    「酷いなあ。土左衛門じゃないよ。どらエムんだってば。それにお姉さんの説明まだ終わってないってば」

    女が淡々と補足する。
    「なお、第三の選択肢を選んだ場合、
    ・無人島から脱出できるチャンスはない。近海は獰猛な鮫の生息域
    ・釣竿100本、シュノーケル、麻の紐500メートル分が与えられる
    ・才能は何の才能かは未定で、神のみぞ知る
    となります」
    「待ってください。豪華食事つきは?」
    「そんなものはありません。どらエムん、嘘を言ってはいけません」
    「嘘じゃないよ。だって魚介獲り放題でしょ。海鮮フェスだよ。ぼくなんか毎日鯛焼きだよ」
    「知りません、そんなこと。あんた部外者でしょ。勝手に割り込まないでね。これで説明は終わりです。では選択してください」
    女の声に、どらエムんが割り込む。
    「でもね、才能って運命を裏切れるんだよ? 筋力かも、知力かも、もしかしたら――」
    「未定です」 女が遮る。「期待値は提示できません」

    「あのう。WIFIは繋がるんですか?」
    「はい、繋がりますが…」
    「助かった! AIスマホさえあればなんとかなるじゃないか。あはは」
    「だけど何にもない島なので、充電できませんよ」
    「詰んだ…」

    「あ、それだったらソーラー式あるけど持ってく?」
    「助かった! ありがとう、どらエムん!」
    「ただし、バッテリーが機能するのはソーラン節を謡ってる間だけだよ」
    「何だよそれ」
    「だってソーラン式だから」
    「終わった…」
    「ちょっと待って。いいアプリがあるんだ。来世丸見えTV。これを使えば選択後の世界をチラ見できるよ。ほら、第三の選択肢…」

    そこに映っていたのは、大アリクイの映像だ。
    沈黙。
    男は悟った。やり直しは同じ失敗を繰り返すだけ。
    大金持ちは檻の中。脱出不能の無人島。
    「……第一で」
    女は即座に頷いた。
    「では、お行きなさい」
    男は安寧の笑みを浮かべて静かに第一の世界へと消えていった。

    女が来世丸見えTVに視線を向けると、映像がズームアップされ、
    ビデオ撮影している彼の姿が映し出された。
    「あんた一体誰よ」
    どらエムんは覆面を外して言った。
    「最黒服三でございます。いえいえお代は結構でございますですよ。
    それではご機嫌よう。ひょーっ、ひょーっ、ひょ。」
    (完)

       【前を読む】    【目次へ戻る】    【次を読む】

     
     
    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

    あなたへのおすすめ