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第24話 「ソフトボール」

    大学四年ともなると猫も杓子も卒業旅行を目論むものだが、我が物理学科ソフトボール同好会は、そんな軟派な記念よりも悲願の優勝を勝ちとるべく日夜練習に励んでいた。悲願の理由は、体育会、学園祭、生協杯と学内三大大会に挑むも、いつも二三回戦で僅差の惜敗を喫して歯痒い思いをしてきたことにある。自分達が素人である事を棚に上げ「素人ばかりの大会だ。優勝できぬ筈はない」、そう頑なに信じ乍らも試合の一週間前からバッチング練習だけに勤しむ軽薄な態度は刷新され、学生生活最後の機会となる体育会主催秋季ソフトボール大会の舞台へ向けて部隊は整えられた。今回はその三回戦の模様を、当時の体育会新聞「今月の名勝負」から再現してみたい。

    「本日第一戦『野球部』対『物理学科チーム』です。解説は野球部OBの郡司さんです。宜しくお願いします」
    「宜しく」
    「物理学科チーム、参加登録ではズバリ『優勝します』と宣言してますが、対する相手は現役バリバリの野球部です。物理チームも一応、苦しいですが野球関係者でメンバーを揃えてきました。手元のメンバー表から紹介致しましょう。
    一番ライト、緑皮。中学時代は一学期だけ野球部。高校時代は部員一人の自称、男子ソフトボール部。

    二番センター、廣澤。現在、町内草野球部に所属。小柄ですが、機敏な動きで運動神経抜群。

    三番キャッチャー、決田。広島商業珠算部出身。甲子園経験者です。応援だけど。何故か経済学部です。

    四番ショート、囃子。高校時代は軟式野球全国大会で優勝経験あり。

    五番セカンド、三好鋭二。高校時代は硬式野球部主将。

    六番サード、村公。高校時代は野球部補欠。公家でもないのに敬称です。

    七番ファースト、最中。甲子園には全く縁がありませんが、広辞苑なら持っています。序でに下宿の隣りが幼稚園です。

    八番レフト、象亀。象のような巨体から溢れるパワーは尋常ではありません。顔が四角いです。もはやキューブです。段々苦しくなってきました。

    九番ピッチャー、未。友人が三菱重工ソフトボール部です。野球拳なら任せて下さい。

    主将は象亀翼。名前が翼という事だけで無理槍キャプテンにされております。さあて、解説の郡司さん、物理チーム、メンバーは丁度九人ですが、何と控え投手が、緑皮、廣澤、象亀、と三人もいます。流石、層が厚いですね」
    「いや、そうとも言えないですね。真面なのは、四番の囃子と、五番で何故かフルネームの三好鋭二くらいじゃないですか。珠算部だとか、駄洒落だったりとか、碌なのがいないですね。而もまだ全員集合してないじゃん」

    「おおっと、そうです。投手の未がいまだに来ていません。物理チームは一人たりとも遅刻は許されません。試合開始時刻になっても五分以内にメンバーが揃わなければ、即刻負けという厳しいルールがあります。ここは遅刻負けを喫する事だけは避けたい物理チーム。既に試合開始時刻を過ぎて四分が経過しております。残り一分。さあ大変です。物理チームの面々さぞ心中穏やかでないと察しますが、なんと通行人に声を懸けております。こんな時にナンパ…いやいや、そうではない模様です。どうやら助っ人を要請しているようです。然し、あと20秒しかありません、郡司さん」

    「どうやら野球部の勝ちですな」

    「ああっと。公園の隅から自転車の男が猛然と突込んできます。どうやら未の様です。さあ、未、自転車から飛び降りたー。自転車は勢い余って茂みに突っ込んだー。吃驚した鳩が羽根を散らして飛んで行くっ。間に合ったあー。未、間に合ました」

    「全く危険な行為ですね。真面目にやって欲しい。野球を嘗めてますな」
    「いや、郡司さん。野球じゃなくてソフトボールなんですが」
    「どっちだっていいじゃない」
    「そ、そうですか。さて、先攻は物理チームに決定。未選手は未だ息を切らしていますが、攻撃の間に投球練習もできるので良かったですね。郡司さん」
    「でも野球部が相手だから、すぐチェンジじゃないの」
    「さて戦闘打者の緑皮、左打席に立ちます。左打者という事で野球部守備陣は右へシフト。さあ、ピッチャー投げた。ストライク。続いて二球目、インコースだ。打った。打球は誰もいないレフト方向へ転がってゆきます。素晴しい判断でしたね。郡司さん」
    「ひ、卑怯ですね。インコースなら堂々と右方向へ打ってもらいたい」
    「続いて二番廣澤。この人は緑皮以上に姑息です。何をして来るか分りません。さあ第一球。見送ってボール。第二球も、ボール。ボールです。第三球は、またまたボール。ピッチャー制球に苦しんでいます。廣澤、チャンスです。さあ第四球投げた。振った。空振りいぃ。思い切ったスイングでしたが、今のは明白なボール球でした。どういう事でしょうか、郡司さん」
    「時間稼ぎでしょう。真面目にやってもらいたいですね」
    「なーる程ぉ。道理で五球目も豪快な空振です。さて、ファウルで粘って現在八球目。九球目を見逃してっ、ボール。漸く出塁です。続いて三番決田が打席に立ちます。現在無死一二塁。ここは名前どうり決めて欲しい、期待を裏切りたくないところ。が、何とまた見送って来ます。ノースリーから態とらしい空振で、カウントはワンスリー。恐らく次も空振で来るでしょう。守備陣は深めだ。さあ、ピッチャー投げた。ああっ、決田バントしたあ。決田、バントを決めたぁ。無死満塁です。いやあ、驚きました。郡司さん」

    「先刻から、姑息な手ばかりで腹が立ちますな」
    「さあ四番囃子。ここは流石に打って来るでしょう。初球打ったあ。これは大きい。レフトへの大飛球。三塁走者タッチアップから今生還。一点先取。一死一二塁です。打順は五番、三好鋭二に回って来ました。小さい振幅で鋭く振り抜きセンター前ヒット。名前の通り鋭い当りで二点目を追加。一二塁ぃ。凄いぞ物理チイム」
    「ま、まぐれですな」
    「六番村公。反撥係数を計算した見事なバントです。伊達に補欠じゃなかったあ。二死二三塁」
    「打てないからバントしたんだろ。もうツーアウトじゃないか」
    「七番最中。ここは象亀へ繋げたい。未の投球練習で慌ただしい最中でありますが、冷静に選んで二死満塁」
    「それみろ。打てないんじゃ…」
    「五月蝿い。黙って。いよいよ八番キャプテン象亀の登場です。四番囃子よりもパワーがあります。図った様に打順が巡って来ました。ここは期待したいところ。打ったあ。猛烈なラインドライブの打球は、ショートライナーァ。惜しーい。攻撃終了」
    「ほうら二点止りだ。大した事ないね」
    「然し郡司さん、見て下さい。未は風車投げで結構速い。コントロールも冴えてます。女投げのノーコン野球部と、風車投げの物理チームとでは既に勝負は歴然です」
    「まだまだ。勝負はこれからです。こっちは毎日140キロの球を打ってるんだ」
    「何言ってるんすか。バイト数の都合でもう最終回、七回裏二死走者無し。カウントはツーナッシングです」
    「ゑゑっ。そんな」
    「さあ、最終打者になるか中谷。中谷打ったあ。右中間だあ。中谷二塁を蹴って三塁へ。際疾いタイミングで返球が今、三塁手村公へ帰ってきた。交錯プレーだ。砂塵が舞う。判定は。ボールを落としたか、いや落としてない。落ちてなーい。アウトだ。試合終了。ゲームセットォ。落ちてないけど、終了だあぁ」

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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