第77話 「ピンズラー英語」
英語学習の広告検証をしてみたい。大抵の通信講座は短時間の習得及び上達を謳っている。確かに、入門には何か契機が必要であるからそういった物が手頃なのかも知れない。然し、殆んどの物は重要な点を無視した詐欺擬な物であり、中上級を目指さんとする者にとっては全く役に立たない代物であって、通販の罠であって、中国科学アカデミーの許可を得てヒマラヤ奥地の絶壁で驚異の神秘石を命がけで採取する社員達の現場写真であって、あの人気女優ステファニーも絶賛って誰だよそれなのであって、写真の人は実は時代劇で斬られたり通行人だったりするといった厳しい現実がある。日本語と英語では脳の働く部分が違うので、当たり前だが全く使用していない英語脳を開拓する必要がある。音声周波数の制馭云々もあるが、リピーティングをしながらヒアリング時間を兎に角、多くとることが肝腎である。
手元には、新聞の全面広告と、デモテープ入りの直截郵便がある。その名はピンズラーアメリカ英語。先ず、名前がいけない。こんな名前で果たして売れるのであろうか。ピン面である。ピン撥ねずら、素っぴんずら、ぴんぴんずら、鬘が取れて禿ずら、おまけに阿呆ずらー。全くポール・ピムズラー博士には悪いが、馬鹿そうなイメージしか涌いて来ないのがどうにもいけないし、ばった物やら擬物やらを適当に加工して高値で売り捌く通販の常套手段が、広告の随所に見て取れるのも戴けない。「今まで話せなかったのは、学習方法が間違っていたからです」と、従来品を貶めて「『ピンズラーアメリカ英語』は違います」と来る辺りが如何にもなのであるが、あんたのも間違ってるよ、と私は思うのである。
日本新登場
一日30分だけ、トータル30課のレッスン!
会話のドッジボールを繰り返すうちに、意識をしなくても英語が口をついて出てくる!
正しい英会話を効率的に学習することができると、多くのアメリカ移住者が一番に推薦する「ピンズラーアメリカ英語」プログラムを日本国内でもご紹介することになりました。
一見尤もらしいが、色々矛盾があるので一つずつ検証する。先ず、日本新登場。確かに新登場かも知れないが、博士が30年も前に開発した手法(ピンズラー・メソッドらしい)を以ってして「最新の研究結果に基いて記憶のプロセスを科学的に分析して考案された」とする素晴しいアナクロ思考。これで新登場とは心許ない。よせばいいのに受験勉強では当たり前の手法を持ち出して、態態「ピンズラー・メソッド」などと御利益のありそうな大袈裟な名前を掲げ、10分くらいで適当に描いたグラフで科学的印象を植え付けつつ、四つの方法を展開してくる辺り、手練である。新聞広告の解説では、
ピンズラー・メソッド1「記憶の呼び起こし」
ピンズラー・メソッド2「予測の法則」
ピンズラー・メソッド3「有機的学習法」
ピンズラー・メソッド4「よく使う語句だけの効率学習」
と、銘打って来るのであるが、30分掛け30課という量の少なさを考えれば、そんな大袈裟を言わなくとも誰でも記憶できるのである。而も、教本も無く只管テープを聴いて応えるだけの学習法に到っては、一体何処が有機的なのかさっぱり解らないのである。更に直截郵便では、今度はメソッド1から4まで順に「予測の法則」「段階的な記憶の呼び起こし」「核となる語いの厳選」「有機的学習法」となっていて新聞広告と違っている。要するにどうでもいいらしい。
お次は、一日30分だけ云々である。こういうふざけた謳い文句には必ず「集中力が持続するのは30分だから一日30分以上の学習は無駄である」の様な脳書きが垂れ下っているが、これは教材の分量を減らして製作コストを減らす為の巧弁でしかなく、はっきり言って、集中力がなくっても英語で考えられる域にならないと駄目なのである。これでは仕事も30分以上は出来ないし、映画を観るどころか、テレビも30分以上は見る事ができないし、恋人とも30分以上は一緒にいられない。ううむ。どうしたらいいのだ。
抑抑、ヒアリング時間を計算するとたったの15時間しかない。而も「進行役は慣れるまで日本語が中心」と云うから、実質半分くらい、精精8時間、否否可哀想だからもう少し多めの10時間という事にしてみる。10時間って、高々一日の有意な活動時間である。たった一日の分量の語彙で言語を習得できれば嗚呼神様どんなに素晴しいことか。本当にたったのそれだけで「まるで英語が聴き取れない!」状態から、「洋画も字幕を読まないで楽しめる」とか「外資系企業でも自信をもって働ける」とかいうレベルに達するものなのか。甚だ疑問である。「英語って、こんなにカンタンだったかな?」って、そりゃ簡単な内容しかやんないからでしょ。日本通信教育連盟。というか広告作成業者。
三番目へ行く。会話のドッジボール云々である。どうやら次の事が言いたいらしい。
「自ら答えを予測して能動的に回答するQ&A方式。質問が次々に投げかけられるため、いちいち日本語に訳して考えるのではなく、そのまま英語で理解して答えを投げ返すことになります。中略。意識しなくてもとっさに英語で受け答えられるようになります。これこそ『ネイティブ思考回路』です」
そうは言っても、慣れる迄は日本語の質問に対して「反射的に」応じる作業だし、訓練以外の複雑な応用の効いた質問には答えられないという深刻な問題がある。例えば、ボブが興奮してあなたに話しかけたとする。
「あなたは昨夜、私は丁度カツ丼を食べているところでしたが、大統領が首相と電話で話してたのを見てどう思いますか?ところで妻はカツ丼が嫌いなんです。それで喧嘩になっちゃって」
え、昨夜どう思ったって? 電話をかけてカツ丼だって。… 電話。カツ丼とくれば反射的について出る答は、
「出前を取ったと思う」
或は、こうかも知れない。昨夜どう思ったって? 首相と電話で話して喧嘩? うーん、
「日米安保反対」
かなり不安である。実戦では色々な時制とか疑問形とか態とか仮定や条件とか各種訛とかの変化球もあるので、寧ろ意識して言葉を発するべきであるし、意識の積み重ねが瞬間的な判断を生むのである。話す機会がなければ頭の中で独り言英作文の努力をすればよいし、声に出すともっとよい。
だけど最大の問題は「会話のドッジボール」である。ドッヂボールのドッヂとは、球を「躱す」という意味であって「交わす」という意味ではない。どうやらキャッチボールと勘違いしているらしい。お互いに皮肉やら黒い冗句やらを応酬して友好を確かめ合う西欧流ならドッヂボールでいいかも知れないが。
多くのアメリカ移住者が一番に推薦する云々も問題である。これも広告ライターが作成したと思しき日本通信教育連盟生涯学習局からの手紙によると、「生きた英語を身につける理想的な教材として大きな注目を浴び爆発的な反響を呼んでいる」らしいのだが、それって嘘っしょ。米国在住なら一日中が英語漬けの筈だし、実はテレビと映画を観ているだけでもかなり語学力は向上する。教材なんぞは鼻糞程度の役目しか果たしていない訳で、絶賛するのもちょっとどうかと思うのである。一日中が日本語漬けの日本の学習者に当て嵌めても焼け石に水である。
最後に、申込者には今回だけの特典として、「レッスン中に指先でコロコロと弄べば心身ともにリラックス。指先から脳へと刺激が伝わり頭も冴えてきます」だの「古来から伝わるクルミパワーを現代に活かしたすぐれものグッズ」だのという能く解らない球状の物体、つまり安価に仕入れて適当に加工装飾したガラクタをプレゼントしてくれるらしい。「科学的に分析して考案された」教材にしては、「クルミパワー」などと非科学的な事を言うあたり、原資を回収する事しか考えてないのが見え見えである。
全く馬鹿も休み休み言って貰いたいものだが、他にも掘れば色々と、んん、申込葉書の部分が無くなって…。あれれ。申し込んじゃったの。おふくろ。
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