第13話 「塵紙交換」
ええー、毎度お馴染、塵紙交換でございます。拡声器から流れるあの声は懐しい。最早殆んど耳にする機会は無くなってしまったが、昔は漫才のネタにも能く登場したものである。私にとって塵紙交換といえば、ライダーカードのトラウマが真っ先に浮んで来るのだが、塵紙交換で遊んだ思ひ出もまた棄て難い。では、塵紙交換で遊ぶとは、一体どういう事なのか。
「お、其の塵紙、格好いいなあ。その絵柄が実に良い」
「なにを言うか。お主こそ、その清廉なる色柄、只者ではないぞ」
「じゃあ交換しないか」
「いいや駄目だ」
「じゃあ、このお菓子もあげる」
「おお」
「はい、挙げた」
などとお菓子を握った手を挙げながら、塵紙を交換して遊ぶのではない。でもそんな詐欺擬いの物々交換は結構やった。勿論、騙される方である。
此処で、塵紙交換ごっこの説明に於て欠く事の出来ない人物に登場して頂こう。学業の方面はさっぱりなのに、冒頭文の様なお決まりの文句には滅法強い奴である。その名も書記長仁志君。弱冠十四歳にして子供会会長を務める私の右腕であった。って、我が故郷では十四歳で会長に就任する掟があったのだが、他に誰も会長に相応しい人物がいなかったので、変り者の私が仕方無しに諸手を挙げて引き受ける事にしたのである。一体どっちだ。しかし、会長とは名ばかりの傀儡政権であり、勝手な謀議や会費の使い込みは許されず、会議には当番制で選出された親御達が、御意見番と称して監視の任にあたっていたのである。確か、子供会幹事とか子供会世話役とかいう肩書だったと記憶している。会長より幹事の方が偉いのはちょっとどうかと思うが仕方がない。
当時は新興住宅地だった為、空地が其処ら中にあって、野球、六無視、ドッヂボール等の球技に興じたり、めんこ、釘殺陣、ビー玉に興じたりする子供で溢れんばかりの賑であった。現在では、完全に住宅で埋まっており、当時の餓鬼共は成長して里を離れて暮す者も少くなく、老人ばかりで往年の面影もない。そんな訳で、今は子供会自体が消滅しているのかも知れない。
さて、その住宅地第三区子供会の運営資金は、所謂自治会費とは別であり、十四歳以下の子供がいる世帯だけが上納する決りとなっていた。その為、全世帯が収める自治会とはその資金力に於て大きな差があり、資金不足は恒常的な問題であった。我が第三区子供会は、子供会三大行事即ち、盆踊りプラス肝試し大会、ソフトボール大会、遠足を、毎年夏休み期間中に開催する。三大行事といってもそれ以外の行事は全く存在せず、行事の企画、演出の殆どは御意見番であらせられる親御達が実行する。全く以ての傀儡である。しかも毎年同じ行事なのでマニュアル化しており、気楽なものである。
だがしかし、私が会長に就任した年度から事態は急変する。運転資金に火が点きそうで、このまま問題を放置しておくと遠足は中止せざるを得ない、との情報が子供会諜報部より入った。仁志君は諜報部書記長である。子供会最上級生の我々としては、受験戦争への徒らな阿諛追従の如きか、最早行事の行く末には感心など毛頭無く、書記長の「無くなってもええんじゃないか」という素晴しい進言もあって安易な気持で構えていたのだが、子供会御意見番から待ったの声が掛かった。盆踊りも中止するかも知れないと脅すのである。子供会会長直属組織である夜の奇行戦士肝試し機甲団としては、盆踊りはどうでも良いが肝試しが中止とあっては一大事である。閑散とした闇の中を女子と一緒に濶歩する楽しみを奪われてはいけない。我らの自由を守るのだ。
そこで我々は、あくまでも表向きは第三区子供会役員として、潤沢でない資金を何とかする為に、御意見番列席の下に作戦会議を召集するに至った。しかし傀儡である我々には、名案など浮ぼう筈もなく会議は岩礁に乗り上げる。役員皆で皿洗いをするとか、魚屋で働くとか、修行に出るとか、実現性に乏しい受け狙いの発言しか出て来ない。我々の無能ぶりを露呈する沈黙が程なく続いた後、業を煮やした御意見番が頃合を見計らった様に、廃品回収をやってはどうかと発言する。おお。最初にそう言ってくれ。早速、決議がなされ、明朝、このガリ版広告を各家庭へ配ろうと言うのである。やけに段取りが良い。まあ良い。所詮、傀儡である。
さて二週間後、満を持しての実行日である。我々第三区子供会役員は御意見番の乗用車数台に分乗し、子供会備品の拡声器を介して廃品回収のアナウンスを行う。肝試し機甲団、否、子供会役員の面々はこの日の為に、よりインパクトのあるアナウンスの仕方について特訓を重ねてきたのである。恐しい。まずは会長から。
「こちらは第三区子供会会長、緑皮でございます。皆様、休日のところ、大変お騒がせ申しております。本日は真に良いお天気となりまして、絶好の廃品回収日和となっております。何卒ご協力の程、お願い申し上げます。え〜、昨今の子供会予算もかなり逼迫しておりまして、皆様のご理解を賜りたいと思う次第でございまして…」
本人としては中中の出来であると思うが、如何せん、演説に酔っている。良いアナウンスは、文章の出来ではなく、廃品回収という重要な言葉を如何に沢山発言し、家庭の皆さんの注目を集めるかである。選挙演説だと思って聞き流されてしまっては何にもならない。横槍が入る。
「そんなんじゃ駄目だ。俺に遣せ」
件の仁志君である。やっと登場である。お待たせした。
「えー、毎度お馴染、塵紙交換でございま〜す。古新聞、古雑誌、古本、…」
なかなかのものであるが、塵紙交換じゃないだろ。おいおい。
「… 古着、古い傘、古い冷蔵庫に、古い自転車、古いバイク、等ございましたら、何卒玄関先まで…」
成る程、要領を得ている。廃品になりそうな物を連呼して注意を惹いている。
「その他にも、古いテレビ、古いラジオ、古い傘、古い車、ヱロ本、古女房、等ございましたら遠慮無く御申し出ください」
こらこら、傘は先刻、言っただろ。それに、ヱロ本、古女房は余計だろ。ん、ヱロ本はいいのか。こういうふざけた事には遺憾無くその才能を発揮する書記長であった。
最早、お判りであろう。魚屋で働くとか修行に出るとかふざけた発言の主は仁志君である。
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