第79話 「握るのだ」
こちらの盆休み(チュソク)は公休の三連休となり、土日と合せて概ね一週間に亘って社会活動が静かになる。大学構内は蛻けの殻であるが、それでも守衛はきっちりいたりする。普段から余り客の入りが芳しくない店や新店などは営業努力として開けているし、一週間丸々閉まっている訳でもない。とはいえ甘くみて食糧の買い置きをしておかないと、ひもじい思いをするのであり、去年は唯一開いている店でキムチチゲだのジェーユッポックンだのと否応なしのキムチ攻撃にあって、弱腸の私はかなり苦しい目に遭った。だが、今年は違う。伝家の放蕩息子も喫驚する殿下の宝刀、セブンイレブンが登場したのである。上司のキム曰く只今韓国ではお握りが絶賛発売中らしく、これなら腹は痛くならないのでほっと一安心である。いやほんと。
韓国全土でそうなのかは知らないし売場面積の余裕にも依存するが、我が街のコンビニでは決まって店内にカウンタアが設置してある。「そんなの当たり前だ、レジにカウンタアが無くてどうする」などと思った貴方は早計である。何故かと言うと、それは客がカップ麺を食べたり酒の肴を摘んだりする為の堤防だからである。否、テイボォである。酷いのになると店内のテイボォで堂々と酒盛りをしているのだからどえらい文化衝撃である。そこは潰れてしまったのだけれど。そんなカウンタアで深夜に独りで壁に面して食事をするのも何だかうらぶれて見えるので、今韓国でナウイお握りを持ち帰りながら「よよよい、よよよい、おにぎり、よいっ」と、背中で語るのが洒落ているというものである。というかオヤジだよ。それ。
所でお握りを韓国語で何と言うのか。何といってもナウイ物であるから新語に違いなく、先ずは動詞から連想するのが正攻法である。「握る」は「チュイダ」とか「チャプタ」とか言うが、鮓や握り飯の場合は「マンドゥルダ」と言う。語尾の「ダ」又は「タ」は日本語の動詞語尾の「る」に当るし、形容動詞に到っては全くそのまんまで「マンジョクダ」と言えば「満足だ」の意味になる。「マンドゥルダ」の派生名詞には「マンドゥ(饅頭)」があって、握りものの「マンドゥ」には所謂饅頭だけではなく餃子の様なものから肉饅の様なものまで色々とある。確かに餃子の襞襞は握った指の痕蹟を連想させる。
辞書を見る限りでは「マンドゥルダ」には「新しく作る」という語感があって、作る、こしらえる、創造する、組織する、制定する、準備する、用意する、などの意味が列挙されている。それなら創作料理と言わんばかりに汁の中に饅頭を入れたらどうだ、と言ったかどうかは知らないが「マンドゥック」という冬場には持ってこいの料理もある。語末の「ック」というのは Kuk とか Guk とか記す「汁」の意味であり、例によって聞こえない子音を括弧で括ろうとすると「(ク)ック」なのか「クッ(ク)」なのか、何気なく聞いただけではどっちなのかよく分からないが兎も角も邦訳の際には、マンドゥ・スープと言うのが上品であって饅頭汁などと言ってはいけないし、間を略すとフライパンで頭を殴られるかも知れないので注意されたい。
余談だがマンドゥックにはどうしても忘れる事の出来ぬ思い出がある。もう母国に帰ってしまったウィッキーさん似で禿で陽気なネパール人のシェンカーである。これが何度教えてやっても「マンドゥルグック」と言う。折角矯正してやっても、五分後にはもう元に戻ってしまう始末である。どうしてなんだ。急度今でも母国で「俺はマンドゥルグックを調理して食べていたんだ。マンドゥルグックの事なら任せてくれ。そうだ今度の日曜にマンドゥルグック・パラテェをしよう」などと快濶にやっているのだと思う。外来語とはかくの如き伝播してゆくのであろうか。嗚呼。
閑話休題。握り飯の話に戻る。コンビニ握りのラベルを読む限りではどうも「チュモッキムパッ」と言うらしく、全然「マンドゥル」と関係がなくて顎然とする。韓国であるから当然キムチ関係の握りが主流派で、キムチ握りを筆頭に、ツナキムチ握り、プルコギキムチ握り、コチ醤なんとか握りなどが棚の殆んどを占拠する。弱腸の私はそれらキムチ科そんなもの握るなよ属を避ける必要があるので、非キムチ科それって御握りですか属の以下5種類に身を委ねることになる。
セウマヨネージュチュモッキムパッ(海老マヨネーゼ)
ヘムマヨネージュチュモッキムパッ(ハムマヨネーゼ)
ベーコンマヨネージュチュモッキムパッ(ベーコンマヨネーゼ)
チャムチマヨネージュチュモッキムパッ(ツナマヨネーゼ)
スップルカルビチュモッキムパッ(牛そぼろ)
何とも全て脂っこいのが不満である。どうして梅干し、昆布、塩鮭のあっさりした日本三大握りがないんだ而もすぐに売り切れるぷんぷんなどという些細で重要な苦患は扠措いて、「チュモッキムパッ」は3語に分解できるのを見逃してはならない。チュモッ(ク) はこぶし、キムは海苔、パッ(プ) は御飯であり、キムパで海苔巻の意味になるから「チュモッキムパッ」で「こぶし海苔巻」である。なんだそのネーミングは。丸で頓智番長が命名したとしか思えない程のインパクトである。面白いのでこちらも負けじと色色なキムパで対抗してみたい。
「インタネ・キムパ」
ネットで注文すると出前が届く。在り来りの発想だが、注文には次の祕密兵器を使う。
「モバイル・キムパ」
海苔巻でできた食用携帯通信機器。注文が済んだら食べてしまえばいい。
「ダウンロード・キムパ」
画像を海苔に印刷して食べるのか、と思ったら下道とかダウン卿とかいう海苔巻屋さんだったりする。
「餅・キムパ」
餅を包んでみた。それって磯部焼きじゃないか。韓国式にコチ醤で頂く。
「竹輪・キムパ」
真中の芯をくりぬいた海苔巻。具が無かったりして。
「ヌード・キムパ」
海苔が巻いてない海苔巻。
「ムキムキムパッ」
海苔を剥いて食べる海苔巻。西川のりおが言ってそうである。
「ジャンプ・キムパ」
ジャンプしながら握る。何だか楽しそうだし莫迦そうでもある。
「パンチ・キムパ」
パンチを繰り出して固める海苔巻。中身が崩れていそうである。
「キック・キムパ」
キックして客に届ける。タイで流行るかも知れない。
「フック・キムパ」
モックンの直拳を躱したフックンがフックの要領で鈎形に握る。難易度が高い。
「横浜・キムパェ」
それはそうと矢鱈と蝿が多いのには辟易する。
「空の玄関・キムポ」
今年から国際空港はインチョンになった。
やっぱり頓智番長には敵わない。
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