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第138話 「スカイプな夜」

    私にとってクリスマスのイメージといえば、樅の木の生い茂る黒い森に積った白い雪。そして白とくればバイエルンの白ビール。その名物たる白ビールを手に酒友芹沢がスカイプで飲もうとくれば、無碍に却下は野暮というものである。久し振りに誘いに乗ることにした。短期とはいえ久々の海外赴任がよほど嬉しかったと見えてかなり饒舌である。

    芹沢「いやあ。流石にビールの本場とあって、レーベンブロイのヴァイスとか山積みで出てくるわけ。普通オレンジ色の缶なんだけど、その隣に色の違うのがあってさ。おおクリスマス仕様じゃんみたいな感じでどーんとな。ロゴもあるしどうやら偽物でもないらしく。流石クリスマスの本場。やることが憎いと思うわけ。もうクリスマス休暇に入ったらカウチで思いっきり飲んでやろうと、喜び勇んで連日大量に買い溜めしてさ。ああ沢山買ったともよ。何しろオレンジ色のヴァイスより安いんだから。クリスマスセールだし。クリスマス仕様のレーベンブロイなんて一年でそう何度も手に入るもんじゃないしな」

    緑皮「それは豪勢だな。さぞや満足いったろう。」

    芹沢「それがだ。待ちに待ったクリスマス前夜。TVの映画チャンネルをセットし、目の前によく冷やした缶とつまみを並べてカウチ態勢は整った。いざプシューと威勢のいい音をたて、吹き出す飛沫もなんのそのと口に運べば、苦味がある割にはちょっぴり物足りなさを感じる訳だ。真冬のビールの味とはこんなものか。それとも独り者の侘しさか。体調の所為かも知れず、最初の一口だけで断定するのもレーベンブロイに失礼だしで暫く飲み進めてみたんだが、これがいくら飲んでも上機嫌にならない。気の所為にするのも流石に限度があるんで、ラベルをよく見てみると何と吃驚することにアルコールフライとある。ビール味の水ではないか。呑めば呑むほど苦い水であることを只管に実感するだけで、もう拷問という他ない訳だ。わかったかおい」

    緑皮「わかったかおい。と言われてもなあ。て、お前。今飲んどるのは正にそのアルコールフライじゃないか。おいおい。え、余ったので土産に持って来てやっただと。全く調子のいい奴だ。」

    芹沢「それで、缶ビールと言えばだ。20年も前の話なんだけど、高速道路の休憩所でさ、缶ジュースぽいものが落ちてたわけ。足で小突いて見たら未開栓だったので、ラッキーと思って拾ってみるとどうやら輸入物で、ジントニックぽい絵柄な訳だ。まだ英語もよくわからなかった頃だったけど、缶チューハイが流行った時期で今ほど飲料の種類もなく、不味い飲み物と言えば当時は青汁か缶茶くらいのもんで、そら無条件反射で旨そうに見えるわな。家に帰って冷蔵庫でよく冷やして、風呂上りにごきゅんごきゅんとがぶ呑みしたら、なんだか喉に刺さるようなそれでいて微かにレモン味があるような無いような奇妙な味がする。ラベルをよく見てみると何と吃驚することに水100%とある。俗にいう炭酸水ではあーりませんか。ああ不味かったともよ。二度と呑まんと思ったよ。でも水といえば炭酸入りが普通な西欧生活のお陰で、今じゃガス抜きは美味しくない。病み付きになっちゃった。どうだこら」

    ああそうですか。炭酸水からテーマが変わってないんだけどな。全く似たような失敗を繰り返す奴だ。え、貴様も何か話せだと。はいはい。それでは。

    緑皮「病み付きと言えば。さすが酪農の国デンマークとあってチーズが美味いのだ。特にトッピング用削りチーズ。料理の仕上げに袋の中から指で摘まんでパラパラと振りかけ、余熱でとろけた頃合いに頂くとこれが実に旨い。さり気無くほろ苦くてしつこくない。ちょっと臭いのは本場の証。日が経つにつれ熟成されて苦味と香味が濃くなってくるのだが、これが絶妙のハーモニーで余りに美味いので、これぞ本場の味よと全く感服仕り候な訳だ。それにしても最近微かに腹痛気味なのは気の所為か。まさかチーズで腹痛はあり得んよなと。で、次第に量も減ってきて或る日袋の中身を見渡せば、何と吃驚することに白く濁ったチーズ液が袋の底に溜まっているではないか。臭いの元はこれだったか。そして腹痛の原因もこいつかと。液体チーズには愕然としたね」

    「それは酷いですね。僕もデンマークでやりましたよ。」
    そこへ割って入ったのは芹沢の後輩である。私を今の仕事に誘い入れた人間でもある。

    後輩「チーズと言えば。本当に酷い目に遭いました。直方体の一口サイズの奴があるじゃないですか。ほら、芹沢さんが今食ってるやつ。立方体のものを見つけて買ってきて食べたんですよ。口に入れた途端に、しわーと来て。なんじゃこりゃみたいな。世のなか青黴のチーズもあるくらいだし、変わったチーズもあるもんだと思って、お前の国では炭酸味のチーズを作っているのかとホストのデンマーク人に聞いたら、曰くイースト菌だと。本当に仰天しました。10個くらい纏めて買ってたの全部捨てました」

    芹沢「炭酸味のチーズって。その発想も仰天ものだ」
    緑皮「いやいやほんと」
    芹沢「それで病み付きになったとか」
    後輩「いやいや…。あ、それ…」
    緑皮「え、何だって。聞こえん」
    芹沢「障碍か」
    緑皮「お前らほんとに炭酸コンビだな」
    芹沢「面目ない」
    緑皮「そうか。クリスマスだけにタンサたん」
    芹沢「…」
    スカイプの夜は続く。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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