第31話 「文字画像」
ところで、コピペですら上手く実行する事の能わぬ環境で、如何に日本語のHTML文書を作成するか。本国住人ならばこういう問題はないのだろうが、在外邦人の中にはそういう可哀想な問題を抱える人も現実に存在する。実際、私も英語で書こうか間抜けな羅馬字にしようかと悩んだ時期があり、まあそうするのも一興だがところがどっこいしょ、もっと面白い方法が存在する。それは文字画像。なんと日本語入力を一切必要としない究極の方法であり、正に福音である。嗚呼、神様有難う。そして在外の貴方は誓う。これから訪れる多難を乗り越え、あらん限りの力を注いでペエジを作成せんと。
神に誓った貴方のすべき最初の作業は原文を紙に書くことである。これは重要だ。ワープロで気軽に文字を入力削除したりするのとは訳が違うのだ。どの文字画像が文書の何行目に配置されるのかを迅速且つ的確に把握するのに必要な謂わば見取り図である。まあ、原文作成はこれからやって来る多難に比べて割と簡単な作業なのでここは大きく構えたい。四百字詰め原稿用紙に五六枚も書けば十分である。なあに、高校時代の宿題の読書感想文十枚に比べれば容易いこと。好きな駄洒落なり、屁理屈なり、蘊蓄なり、エピソードなり、細君の戯言なり、地元の伝承なり、嘘や虚構なり、テレビで見た事なり、あ、これは同じか等を書けば良い。
次にしなければならない事は画像の蒐集である。出来上がった原稿の文字数を数えてみれば大体、漢字の占有率は五割前後になっている筈だ。仮に原稿の文字数を二千字程度としてみると概算で漢字と仮名がそれぞれ千文字という勘定になる。二千画像というと大変である。一日一個ずつ蒐集しても六箇年計画になって仕舞ってこれでは収拾がつかない。だが安心して欲しい。当然ながら仮名については精精、百種類の画像があればいいし、漢字も実際には再出するものが結構あるから、「コピペの友」の頻出常用漢字の500種類もあれば粗用は足りると思われる。500種類全部使用すると結構広範な内容がカバーできるが、実際にはテーマを絞って文章を書くのでもっと少ない種類で済む筈である。コピペの友では不肖ながら二種類の粗筋に沿って漢字が配列されており、大抵の文章はどっちかの範疇の漢字で足りる筈だから、単純に半分の250種程度でカバー出来ると推測される。そして再使用率が問題なのだが判らないので適当に三割と仮定すれば、使用される漢字の種類は 250×0.7=175 という計算になる。これで必要な画像数は仮名と併せて、100+175=275 という事になる。大分、数が減った。
それにしても、二百数十もの文字画像を集めねばならぬのだから大変な事に変りはない。いつまでたっても集らないこと請け合いなので、この際、字体だのサイズだの背景色だのJPEGは嫌いだのと贅沢は言っていられない。雑文を読んだり日記を読んだりエロ画像を観賞したりで何かと忙しい貴方は、一日一画像を目処に電網世界を彷う事になる。土日を除いて一年が260日程度だから丁度良いペースだ。一日のノルマを達成したら残りの時間は編集作業に充てよう。編集作業も大変だ。どうしても見付ける事の出来無い文字がある場合には、文章の変更も迫られる。あんまりエロ画像観賞に時間を割いていると、ファイル編集作業の時間を失ってしまうので程々にしたい。
画像オフの設定で閲覧する人に対する配慮も欠いてはならない。ALT=“ ”の括弧の中に羅馬字を入れておこう。これで画像が読み込まれなくても羅馬字なので何が書いてあるのか一目瞭然である。それに羅馬字なら漢字の苦手な日本通外国人にとっても読みやすい。よしよし。これで潜在的な読者は世界中に拡がり、貴方の夢は膨らむ。
一年の長きを経て漸くファイルが完成した貴方は、渾身の力作が幾人の人から読まれるのかを心配する。アクセス数を考えてみよう。まず問題はファイルの全バイト数だ。画像ファイルのバイト数を一文字当り 110 とし、画像ファイルにリンクを繋ぐコードを相対指定でどうにか 30 バイト程度に抑えたとして、一文字当り合計 140 で、2000 字の文章では 2000×140÷1000=280 キロバイトとなる(注:有効桁数1の計算では1024も1000も同等)。それからALT=“羅馬字”のバイト数を忘れてはならない。仮名一文字は概ね半角英字二文字分と換算して2バイト、漢字一文字は音読み二音節の半角英字四文字分と看倣して4バイトとなる。え、全角にしろだって。貴方もお人が悪い。ALT=“ ”自体は7バイト必要になるので、都合{(7+2)×1000+(7+4)×1000}÷1000=20 キロバイト。これで総計 280+20=300 キロバイトである。
米国某処では8秒以内にロードできなければ、3分の1の読者を失うと謳われている。日本某処では画像は 10 キロバイトまでと声高に叫ばれている。ここら辺の事情が日米のインフラ充実度を物語っている様に思えるがそれはそれで抛っといて、10 キロバイトのローディングタイムを計測してみると3秒。これを8秒相当に換算して 26.7 キロバイトとなる。という事は 300÷26.7×8=90 が貴方のファイルの米国流ローディングタイムである。毎8秒ごとに3分の1の読者を失うイベントを 300÷26.7≒11 回繰り返すのだから、最初にN人のアクセスがあったと仮定して、ファイルが完全にロードされた時に残っている人数は N×(2/3)¹¹ = 0.01×N である。N=千人のアクセスがあっても10人にしか読まれない計算となる。
しかし安心するのは未だ早い。これは米国での話である。日本はインフラ整備が遅れていて電話料金も高いしテレホタイムも皆が集中して回線が重たくなる。日本の3秒は米国の8秒に匹敵すると言っても過言ではない。そこで、26.7 キロバイトを 10 キロバイトに置き換えて同じ計算を繰り返す。3分の1読者損失のイベント回数は 300÷10=30 回となるから、ロード終了時の残存読者数は N × (2/3)³⁰ = 5.2 × 10⁻⁶ × N となる。N=百万人で5人である。
何という事だ。読者数は半減だ。この期に及んでも神は尚も試練を課されるのか。ポセイドン・アドベンチャーに於けるジーン・ハックマン状態になりながら貴方は神に祈りを捧げる。すると「どうせストップボタン押すんだから羅馬字を読むじゃん」と天の声が下り、貴方は安堵する。貴方の努力は報われるのだ。
でも神はひっそり呟く。一回で百万人もアクセスしないって。
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