
メイドの飛脚⑩
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メイドの飛脚⑩
私はメイドさんが去ったあと、次のような文章をしたためた。
題 : メイドの飛脚
若いメイドは、「メイドの飛脚」になった頃のことを思い出していた。
ご主人様は、私がきっかけになって、ご自身との心の対話の末に、おじいさんのメッセージにたどり着くことができた。
私は、黒子となって、ご主人様の思いを形にする役割を担えたかな?、と僭越にもそう思えた。まさにメイドの飛脚冥利だ。
そうだ!これが私のやりたかったことだ。私はご主人様の物語の最後を見届けたあと、新たな手紙を届けに、ご主人様の家を出た。
ご主人様は、今、きっと私の物語を紡いでくれている。ご主人様は私の由来にたどり着けるかどうか?
メイドの飛脚には、守秘義務があるから、あからさまに自分の過去を顧客には語ってはならない。できるのはただ、ご主人様の能動的な気持ちを支えることだけだ。ある意味では、メイドの飛脚の仕事は、ソクラテスの産婆術に似ているかもしれない。
私は便箋にペンを走らせながら、微笑んだ。この物語は、メイドさんの過去を想像した、私の空想だ。彼女が「メイドの飛脚」になった理由を、霧の町の少女の物語のように、心を込めて紡いでみる。彼女の言葉が、頭から離れない。
「昔、私も、届けたかった手紙があったのかもしれません」
その一言が、私の想像をかき立てる。彼女の物語は、どんなものだったのだろう? 彼女が図書館で未投函の手紙を見つけるようになったのは、どんな想いがきっかけだったのか?
私の物語は、こんな風に続いた。海辺の小さな町に住む若いメイドは、毎朝、港に立つ。彼女の手には、封のされていない手紙。宛名は書かれていないが、彼女はそれを誰かに届けたいと願っている。ある日、彼女は古い図書館で、埃をかぶった手紙を見つける。その手紙には、こう書かれていた。
「君が走り続けるなら、想いは必ず届く」
メイドは、その言葉に背中を押され、手紙を胸に、町を走り始めた。彼女は「メイドの飛脚」となり、誰かの笑顔を取り戻すために、走り続けることを誓った…。
書きながら、私は思った。このメイドは、まるでメイドさんだ。彼女が飛脚になった理由は、きっと、届かなかった手紙への想いにある。誰かに伝えられなかった言葉、時を超えて届けたかった心。私の空想が、彼女の真実にどこまで近づけるのか、わからない。でも、彼女の笑顔や「守秘義務」の裏に、こんな物語があるかもしれない。
夕暮れのチャイムが鳴り、私はペンを置いた。メイドさんが戻ってきたのだ。
「ご主人様、ただいま参りました!」
彼女はいつもの笑顔で、軽く息を切らしながら立っていた。メイド服の裾には、町の埃と、どこか懐かしい風の香りが漂っていた。
「おかえり、メイドさん」
私は便箋の束を手に、微笑んだ。
「ちょうど、君の物語を書き始めたところだよ。海辺の町のメイドが、手紙を届けるために走り出す話。…どうかな、君の過去に近いかな?」
メイドさんは目を丸くし、くすっと笑った。
「まあ、ご主人様! なかなか素敵な物語でございますね。海辺の町だなんて、なんだかロマンチックです!」
彼女は軽く首をかしげ、いたずらっぽく続けた。
「でも、飛脚の守秘義務がございますから、近いかどうかは、肯定も否定いたしませんよ」
「ふふ、相変わらず君らしいお返事だね」
私は笑い、便箋を彼女に見せた。
「でもさ、君が言ってた『届けたかった手紙』って、どんなものだったんだろう? もう少しヒントをくれると、物語がもっと面白くなるんだけどな」
メイドさんは一瞬、遠くを見るような目をした。まるで、昔の記憶をそっと撫でるような、柔らかな表情だった。
「そうですね…ご主人様。ヒントを一つだけ」
彼女は声を低くし、そっと言った。
「私が走り始めたのは、誰かの笑顔を取り戻したかったから。手紙は、そのための魔法だったんです」
「誰かの笑顔…?」
私はその言葉を反芻し、胸が熱くなるのを感じた。メイドさんの言葉は、まるで私の物語のメイドと重なる。彼女が飛脚になったのは、ただ手紙を届けるためじゃない。誰かの心を、笑顔を、取り戻すためだったのだ。
「ありがとう、メイドさん。このヒント、物語に活かすよ」
私は便箋を手に、決意を込めて言った。
「君の物語、ちゃんと書いてみる。霧の町の少女みたいに、君の想いも、誰かに届く物語にしたいんだ」
「ふふ、ご主人様。楽しみでございます!ご主人様の物語が、どんな魔法を紡ぐのか、飛脚として、心から楽しみにお待ちしていますね!」
彼女が夕暮れの町へと走り出すのを見送りながら、私は再びペンを握った。メイドさんの物語は、私の空想の中にある。でも、彼女のヒントが、私の物語を少しずつ彼女の真実に近づけてくれる。海辺の町のメイドは、手紙を胸に、夜の海を背に走り出す。彼女が届けたい笑顔は、誰のものなのか。私の物語が、彼女の心にたどり着けるかどうか。新しいページをめくりながら、私は書き続けた。
…つづく
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