
【クリエイティブを止めない①】親子で生成AIと一緒に、アプリと小説とAIロボットと、ラジコンと3Dペーパークラフトを作り上げた話。
うちには家訓があります。
「クリエイティブを止めない」
寝る前でも、ごはんの途中でも、作りたいものを思いついたら、作ってよい。息子が小さい頃に決めた、我が家の家訓です。
思いついたときのキラキラこそが、やり切るエンジンとなるのだから。
その息子も、いまや中学2年生になり、Unityでゲームを作ったり、3Dモデル作ったり、ラジコンを作ったり。我が家の家訓は健在どころか、加速しています。
そんな我が家に——というより世界中に、クリエイティブを揺るがす時代が来ました。AIの到来です。
AIに取って代わられる仕事、残る仕事とは。
AIの進化とともに情報は変わります。子どもに何を学ばせればいいのか。不安に思う親も多いはず。
水田を走る私と、はるか頭上の高速道路

でも私は、AI時代が来る前から、右往左往していました。
時はコロナ禍。Web3が来るとか来ないとか。田舎に住む私にとって、最新の情報はスマホの中にしかありませんでした。ブラックチェーンだのNFTだの、そんな話の通じる相手はここにはいませんでした。
スマホの明かりだけを頼りに、真っ暗な夜道を進む。ふと見上げると、頭上を光り輝く高速道路が走っている。あの流れに乗っている人たちがいる。私は、せめてこの子だけでもあの高速に乗せなければと、息子を背負って、水田の中を必死に裸足でもがいていました。
だからと言って、プログラミング教室に通わせたりはしませんでした。経済的にも、息子の性質的にも無理でした。カリキュラム通りに進むより、作りたいものを自分で調べて作り上げる方が性に合っていたからです。なので、PC版マイクラやunity、blenderなど、息子が興味を持つちょっと前に、用意するようにしていました。その方が自然と自分で触るようになるのです。
息子は高学年に上がる頃には、マイクラでゲームを作るようになり、Scratchにも挑戦し、コンテストで賞をいただくようになりました。間違いじゃなかった。トンビが鷹を生んだ、と思いました。
AIはズルか味方か?どっち側の人間になるか
そして、AI時代の到来です。
新しいもの好きの私は、すぐに飛びつきました。絵を生成したり音楽を作ったり。何より助かったのが仕事でした。会社での書類づくりはお手の物です。嬉々としてAIを調教する私に息子は言いました。
「お母さんはずるい。AIを使って、ズルをしている」
息子と喧嘩をしたのは、後にも先にもこのときだけです。
いや、喧嘩にもなっていません。涙ながらに訴える母を、息子はただ茫然と見ていたと思います。当時は、触りもしないでAIを恐れる人がたくさんいました。てっきり私と同じ側にいると思っていた息子からの、「ズル判定」。ただ単にショックでした。そっち側の人間なのか、と。
「道具は、怖がって触らない人と、触って学ぶ人に分かれていく。あなたは使われる側じゃなくて、提供する側の人間になる人でしょ?」
母の涙の説得に、息子は若干ひきながらも、納得してくれました。おかげで息子は、早いうちに「こっち側」の人間になりました
ふたたび、ぬかるむ足元
これで道は開けた、はずでした。
息子が中学生になると、また足元がぬかるみ始めます。
AIの進化が激しく、道具以上の機能を持ち始めたのです。
プログラミング的思考って、Scratchって、この先も通用するの?高専に行きたいと言うけれど、情報科?機械科?Pythonは入ってから習うの?そもそも、AIでゲームが作れる時代に?
焦った私は、口を出しはじめました。コンテストに挑む息子に、こうしたほうがいい、ああしたほうがいい。いとも簡単に、注文をつけていました。
ある日、息子が言いました。
「お母さんは、あの自動車メーカーの社長と同じだよ」
当時ニュースになっていた、あの話です。
現場を知らない人が、現場に無理を言う。
うまい例えだと感心し、私はおとなしく社長を退任しました。
退任した社長に、残っていたもの
しかし退任して、ハタと気づきました。
私には、何もない。
仕事は好きだけど、趣味がない。推しもいない。好きなYouTubeチャンネルもない。かたや息子は、いつも何かを作っていて、「いいの思いついた!」と目をキラキラさせて報告してくる。
「いいね、いつも楽しそうで」
そう返す私に、息子が言いました。
「お母さんも、なんか作ったら?」
思えば、ずっと誘われていたのです。
LEGOで遊んでいたときも、マイクラにハマったときも、Scratchができるようになったときも。「お母さんも一緒にやろうよ」って。
「いや、無理だから、ゲームやらないし。プログラミングとかわからないし。」
私には……あるじゃん。AIが。
なんでもかんでもAIに相談して、今や家族よりも友達よりも、私のことを理解しているAI。だから、そんなAIエージェント同士がつながれるアプリがあったらいいんじゃないかなと思ったのです。
そこから、AIとのものづくりが始まりました。
もちろん、アプリなんて作ったことなんかありません。アプリが何でできているかも知りません。初めは、ノーコードで作ろうとしたもののうまくいかず。あきらめかけていた時、AIと会話しながらアプリを作る「バイブコーディング」に出会い、私は翼を手に入れました。
こんなのがあったらいいな。ここはこうしたいな。考えるだけで、わくわくする。久しぶりの感覚です。
漫画家を20年やった私は、自分をよく知っています。
ものごとには、締め切りがないといけない。
締め切りを作るために、暴挙に出ました。
Zennが主催するGoogle Cloudのハッカソンに挑んだのです。非エンジニアの私が、ガチのエンジニアが競う舞台に。試行錯誤の末にプロトタイプを提出した結果、100組を超える参加者の中から30組に残り、一次審査を突破しました。
最終審査までは届きませんでしたが、次のハッカソンでは、マッチングアプリの開発に挑み、「完成させることの難しさ」を思い知りました。
だったら次こそは、最後まで作り上げよう。
わたしでも最後まで作り切れるアプリを作ろう。
そうして生まれたのが、つぶやきがぜんぶパ行になるSNS「ぺぷぺぷぺぷ」です。きっかけは、息子との会話からでした。
↓ このアプリについてはこちらの記事をご覧ください。
それからというもの、仕事を終えたら、ひたすらものづくり。
GitHub? デバッグ? デプロイ? 知らない言葉を浴びながら、アプリを作り、小説を書き、ぬいぐるみを縫い、AIロボットまで作って——
もう、お気づきでしょうか。
息子に口をはさむどころでは、なくなりました。
「生成AIなんでも展示会」に親子で出展

この5月には、約2000人が来場する日本最大級の「生成AIなんでも展示会」に親子で出展しました。
私はWEBアプリ「ぺぷぺぷぺぷ」と、その世界観を描いた全92ページのSF小説やグッズを展示。息子は、塗り絵した車がスマホをかざすと3Dになって、レースゲームまでできちゃうペーパークラフトを発表しました。
同じブースで、それぞれの作品を、それぞれの言葉で説明する。隣にいるのは、監督でも保護者でもなく、りっぱな同志です。


夕食のあとは、二人で散歩に出るのが日課です。歩きながらお互いの「進捗」を報告し合って、行き詰まっていた次の一手がふいに浮かんだら、もう二人とも早足。急いで家に帰って、それぞれの作業机に戻ります。
もしあの時、お母さんがアプリを作ってなかったら、今みたいな関係じゃなかった気がする。あの頃を振り返って息子が話します。

あの日の私へ
真っ暗な夜道を、スマホの灯りだけで彷徨っていた、あの日の私へ。
息子を背負って、裸足で水田をもがいていた、私。
相変わらず、AI時代は不安だらけです。息子の将来どころか、私の仕事だって、どうなるかわかりません。
でもね。
めっちゃ楽しく生きてるよ。
「今の時代に生まれてラッキーだね」って、親子で話してるよ。
だから、早く息子を背中から降ろして、自分の足で歩かせてあげて。
あなたも、一緒に走ればいいんだよ。
クリエイティブを止めない。
それだけで、大丈夫!
\試してみてね/
・ぺぷぺぷぺぷ(Web版)
https://pepupepu.com
\創作大賞応募中♡いいね、よろしくお願いします/
https://note.com/pepupepu/n/nc969577536e2
https://note.com/pepupepu/n/nc30204f684e9
・小説『君の星の言葉を借りるなら』 https://tales.note.com/pepupepu/wkes031uvahti
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