第四章 勘当
実家に戻った〝その人〟が住むことになったのは、祖父母の家だった。自動車教習所と、働けそうなバイト先が多い地域だったからだ。
バイト先は、夕方五時から朝五時まで営業している大手チェーンの居酒屋だった。土日祝は特に客が多く、厨房は戦場のようになった。
一緒に厨房を回すのは、大学生か、〝その人〟と同い年か少し年上の七人ほど。みんな仲が良かった。
三ヶ月ほど経った頃には、高校時代の同級生だった大輔を誘い、一緒に働くようになった。
調理の経験があったことから、入って一ヶ月半ほどで、〝その人〟は厨房の主軸を任されるようになった。
だが、出勤はいつもぎりぎりだった。
仕込みが終わらないまま営業が始まり、案の定、途中から回らなくなった。
オーダーが立て込むたびに苛立ち、舌打ちが出た。
「チッ」
誰かがミスをするたびに、誰かが手間取るたびに、そんな音を立てていた。
料理人というより、ただ苛立ちをまき散らしているだけの人間だった。
ある日、先輩の田口さんに呼ばれた。
「お前さ、仕込みが甘いから、営業中にテンパるんだよ。仕込みさえちゃんとやっとけば、営業なんてリズムだから」
言われてみれば、その通りだった。
それからは、開店前の仕込みに手を抜かなくなった。
すべての下準備を整えてから営業に臨むと、忙しさの質そのものが変わった。
オーダーが立て込んでも、みんなで声を掛け合いながら、テンポよく手を動かせるようになった。
「はい、オーダー入りました!」
「了解!いきます!」
厨房に飛び交う声が、苛立ちではなく、リズムになった。
営業が終わったあと、みんなで賄いを食べながら笑い合う時間が、いつの間にか楽しみになっていた。
仕事終わりに、みんなでよく飲みに行った。
給料日の後や、パチスロで勝った日は、決まって〝その人〟が奢った。
「そんなに使っていいのか?」
大輔が心配そうに聞いてくることもあった。
「いいのいいの!!また勝てばいいんだから!」
〝その人〟は笑って答え、次の一杯を頼んだ。
財布の中身がどれだけ残っているか、考えたことはなかった。
みんなで飲みに行く流れで、生まれて初めてキャバクラという店に足を踏み入れたのも、この頃だった。
たまたま席についたのが、クミという女性だった。
指名をしたことは一度もなかったが、店に行くたびに、なぜかクミが席に着いてくれた。
何回目かの時、まだガラケーの時代、なんとなくメールアドレスを交換した。
それから、思い出したように、たまに短いやり取りをするだけの関係が続いた。
車の免許と、中型バイクの免許は、教習所に通い始めて四ヶ月ほどで、どちらも一発で取得した。
免許を取ってすぐ、両親は車とバイクを買い与えてくれた。
仕事終わりに、その車でみんなを乗せて夜のドライブに出かけることもあった。窓を開けて、誰かが適当に選んだ音楽をかけながら、当てもなく走る。
あの数ヶ月は、純粋に楽しかった。
教習所のない日、〝その人〟はバイトが終わる朝五時、そのままパチスロ店に向かうようになっていた。
実家に戻って二ヶ月ほど経ち、親とのほとぼりが冷めた頃だった。
祖父母の家に居候していたため生活費はほとんどかからず、長時間のバイト代がそのまま手元に残った。その余裕のある金が、そのままパチスロに吸い込まれていった。
バイト代だけでは足りなくなった。
消費者金融は、十九歳の〝その人〟にはすでに借入限度額いっぱいで、それ以上は貸してもらえなかった。
雑誌の隅に、聞いたこともない金融業者の広告があった。
〝その人〟は、寝転がったまま気軽に電話をかけた。
「あ、もしもし。お金借りたいんですけど、いくらくらいいけますか」
半年前、初めて自動契約機の前に立った時のような緊張は、もうどこにもなかった。むしろ、いくら借りられるかを値踏みするような、飄々とした口調だった。
個人情報を伝えると、電話の向こうの相手は淡々と言った。
「申し訳ございませんが、お貸しできません」
「あ、わかりました。はいはい、どうも」
断られたことに、大した感情は湧かなかった。また今度どこかで借りればいい。そう思いながら電話を切った。
朝までバイトをして、そのままパチスロに向かう。その生活は、次第に歯止めが利かなくなっていった。
バイトも、大型バイクの教習もサボるようになった。
一緒に働く大輔に金を借りることも増えた。最初のうちは返していたが、そのうち返せなくなり、返済を先延ばしにしているうちに、大輔とは連絡を取らなくなった。
バイトをサボるようになったことに、父が気づき始めていた。
〝その人〟は、父の目を逃れるために友人の家を転々とした。
それでも、父はどこからか居場所を見つけ出した。
ある夜、友人の家に父が現れた。
玄関先で、父はしばらく黙って〝その人〟の顔を見ていた。
「お前、バイト行ってないんだろう」
「……うん」
「金はどうしてる」
〝その人〟は、答えられなかった。
「いい加減にしろ。お前、いくつになったと思ってるんだ。免許取らせて、車もバイクも買ってやって、それでこれか」
父の声は、怒鳴るというより、疲れたような響きを帯びていた。〝その人〟は、頭を下げるしかなかった。
「ごめん……ちゃんとやる」
「本当だな」
「うん、ちゃんとやるから」
その時は、確かにそう思っていた。
父の顔を見ながら、情けなさと申し訳なさで、胸が締めつけられた。
もう迷惑をかけたくない、ちゃんとしよう——そう思う気持ちに、嘘はなかった。
ただ、その決意がどれくらい続いたかは、〝その人〟自身が一番よく知っていた。
バイトは、最終的に嘘をついて辞めた。
「突発性難聴になってしまって、電話ができないんです」
そう店に伝え、以後は連絡もせずに休み続けた。無断欠勤の末、そのまま辞めることになった。
大型バイクの教習も、免許を取らないまま通わなくなった。
バイトを辞めて間もなく、〝その人〟はサキのいる県外へ戻る算段を立てた。
バイクをどうしても持っていきたかった。
誰にも告げずに発つつもりだった。
ふと思い立って、クミさんにだけ短いメールを送った。
『もう県外に行くんで、営業のメールしても来れないからね(笑)』
冗談のつもりだった。すぐに返信が来た。
『えっ、そうなの?いつ発つの?』
軽く聞かれたので、軽く答えた。フェリーの出港日時と乗り場を、そのまま送った。
『そうなんだね。じゃあ見送りに行くね!』
『えっ、いいよ。指名とかもしてないのに、そこまでしなくても』
『行く行く』
そこでやり取りは終わった。
社交辞令だろうと思っていた。
当日になる頃には、そんなメールを送ったこと自体、ほとんど忘れていた。
港に着き、バイクを積み込む手続きをしていると、ガラケーが震えた。
『着いたけど、もう行っちゃったかな?』
思わず辺りを見回した。半信半疑のまま返信を打った。
『まだいるけど……乗り場にいるよ』
程なくして、クミさんが小走りにやって来た。出港まで、もういくらも時間は残っていなかった。
ろくに話す時間もないまま、それでも、〝その人〟は言った。
「来てくれて、ありがとう」
「バイバイ、気をつけてね」
それだけで、クミさんは手を振って帰っていった。
タラップを上がり、デッキに出た。
エンジン音とともに、船がゆっくりと岸を離れていく。
サキのもとに戻れることへの期待で、胸はいっぱいだった。
それは間違いなかった。
ただ、遠ざかっていく港を眺めながら、この九ヶ月の、地元での日々のことも思い出していた。
厨房のみんなと声を掛け合った夜、免許を取ったばかりの車で走った夜道、指名もしていないのに見送りに来てくれた人。手放すには、少し惜しいものだったと、今更ながらに思った。
潮風にあたりながら、〝その人〟はしばらく、デッキの手すりにもたれていた。
そうしてサキのもとへ帰った。
数日後、祖父母の家に〝その人〟がいないことに気づいた父から、電話がかかってきた。
「もうそっちには行かせないと言ったはずだぞ」
怒りを抑えられない声だった。
〝その人〟は、反抗した。何を言ったかは、あまり覚えていない。
ただ、引き下がらなかったことだけは覚えている。
「わかった。もう勘当だ」
それだけ言って、父は電話を切った。
それから数年、〝その人〟と父との間には、何のやり取りもなかった。
連絡を取るのは、いつも母とだけだった。
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