
【世界から綺麗に消える方法、あります】 #5 「もう1人のデザイナー 」 創作小説
1. 神の領域のクラッキング
「な、何だこれ……!? 警察のデータベースから弾かれた……いや、違う、逆探知(ハック)されてる……!?」
アジトに、リツの悲鳴に近い驚愕の声が響いた。
ノートパソコンの画面が禍々しい赤色に染まり、【WARNING】のエラーメッセージが激しく点滅している。リツの細い指が、狂ったようにキーボードの上を泳いだけれど、画面の制御は完全に奪われていた。
私とリツが息を呑んで固まるなか、真っ赤な画面の背後で、一つのテキストファイルが勝手に生成され、開いていく。
『──よく馴染むデザインだ。だが、私の邪魔をするなら、次は君たちの死をデザインしよう』
ゾッとするような冷徹なメッセージ。
警察内部の闇──不審死を量産するもう一人のデザイナーからの、明確な宣戦布告だった。
「クロノさん、アジトのIPが割れました! 遮断が間に合わない、今すぐここを捨てて逃げ──」
「ククク……あははは! 素晴らしい! ついに挨拶に来てくれたか!」
リツが青ざめて立ち上がろうとしたその瞬間、背後から爆笑が響いた。
クロノだ。彼はマッサージチェアに深く腰掛けたまま、キャラメルポップコーンを口に放り込んで、子供のように目を輝かせてニヤニヤと笑っている。ミハルやリツが冷や汗を流している横で、この男だけは、極上のゲームが始まったことに完全に歓喜していた。
「リツ、そこをどきなさい。時間の神様(クロノス)の領域に、一瞬の好機(カイロス)を狙う泥棒猫が迷い込んできたわけだ。おもしろい、どっちの『デザイン』が上か、白黒つけようじゃないか」
クロノは立ち上がると、リツのパソコンを奪い取り、恐ろしい速度でカウンターのプログラムを走らせた。
彼の指がキーを叩くたび、アジトの偽装IPが世界中に分散され、敵の追跡ルートが煙のように巻かれていく。画面の赤がじわじわと消え、元のシステムが書き戻されていった。
「……ふん。メッセージの裏に仕込まれた暗号コードのクセ。この雑で独善的な組み方……間違いないね。奴の名は『カイ』 。かつて私がお上の『お片付け』を手伝わされていた頃、警察の裏組織で幅を利かせていた、ただの傲慢な暗殺者(デザイナー)さ」
クロノの口から語られる、彼の過去の片鱗。
いつもはふざけているこの男の目が、一瞬だけ、本物の「死体のプロ」としての冷酷な光を帯びた。
「カイ……」
私はその名前を口の中で繰り返した。生かすために死を偽装するクロノと、消すために死を偽装するカイ。対になる二人のデザイナーの戦いが、ついに始まったのだ。
2. なりすましの罠
「クロノさん、カイのバックドアから逆ルートを検出! 奴の現在地、ここから数キロ圏内の雑居ビルです!」
リツが画面を睨みつけながら叫んだ。クロノのカウンターハックによって、逆に敵の尻尾を掴んだのだ。
「いいね。挨拶をされたら、お返しをするのが礼儀だ。ミハル、リツ。ちょっとその『カイ』とやらの顔を拝みに行ってきなさい。僕はポップコーンの新しい味を仕込むからね」
「……了解。リツ、行くよ」
「ハッ、コスパの悪い実地調査ですが、ボコボコにしてゲームオーバーにしてやりますよ」
私とリツはアジトを飛び出し、リツのナビを頼りに夜の街を疾走した。
指定された雑居ビルの一室。ドアの隙間から漏れるわずかな光。私はリツと目配せをし、意を決してドアを激しく蹴り開けた。
「そこまでよ、カイ……!」
しかし、部屋の中にいたのは、冷徹な天才デザイナーなどではなかった。
ただのノートパソコンの前に座らされ、怯えてガタガタと震えている、冴えない表情の若い男。
「ひっ、違うんです! 僕はただ、裏掲示板で『この指示通りにハッキングの信号を流せば大金を振り込む』って言われて、リモートで操られていただけなんです……!」
「──チッ、なりすましの身代わり(デコイ)か!」
リツが忌々しそうに吐き捨てた。
本物のカイは、最初から自分に追跡が及ぶことなど織り込み済みで、ネットの浮浪者を「なりすまし」として仕立て上げ、私たちを嘲笑うためだけにこの場所へ誘導したのだ。
その時、私のスマホが震えた。アジトにいるクロノからだった。
『やあミハル。そっちは空振りかい? ──いや、責めているわけじゃないよ。今、アジトのメインサーバーにね、面白くて、そしてひどく哀しい『果たし状』が届いていてね』
クロノの声は、相変わらず楽しそうに弾んでいたけれど、その奥にプロとしての冷徹な響きが混ざっていた。
『カイが送ってきたんじゃない。……今回のターゲット自身が、僕たち二人を見つけ出して、同時にメッセージを送ってきたのさ』
「え……? ターゲット自身が?」
私が耳を疑うなか、クロノは届いた音声ファイルを再生し、インカム越しに私たちに聴かせた。
ノイズ混じりのスピーカーから流れてきたのは、誰もがテレビで一度は耳にしたことがある、今をときめくキラキラの男性アイドル・ハルトの声だった。いつもステージで聴かせる爽やかなハイトーンは影を潜め、今にも消え入りそうなほど震えている。
『…初めまして、クロノさん、カイさん。僕は芸能界の裏の闇を知ってしまい、もう、どこにも逃げ場がありません。僕はもう、この世から消えたいです』
ハルトは、薬の副作用か、浅い呼吸を繰り返しながら言葉を紡いでいく。
『でも……ただ自殺するだけじゃ、色んな人に迷惑をおかけすると思うんです。関係者の人たち、そして、何より僕を純粋に応援してくれたファンの人たち……。その人たちの記憶を汚さないことだけが、僕にとって唯一の希望でした』
ゴクリ、と私の喉が鳴る。
『だから、専門職であるお二人のどちらかに、僕の最後をプロデュースして欲しいんです。どうか、僕の命を使って、最高の“死”をデザインしてください。……待っています』
プツン、と不気味な通信エラーの音がして、音声は途切れた。
「……ハッ、狂ってますね」
リツが眼鏡をクイと上げ、戦慄を隠せない顔で呟く。
「自分自身の命を景品にして、二人の死のデザイナーにコンペを申し込むなんて」
「最高じゃないか」
インカムの向こうで、クロノがポップコーンを噛み砕く、サクッという軽い音が響いた。
「ただ消すために本物の死を与えるカイか、生かすために偽りの死を与えるクロノス。少年はどちらの『デザイン』を選ぶか……。ミハル、リツ。アイドルの最期をプロデュースしに行くよ。僕たちの、最高にコスパの悪い芸術(チェックメイト)を見せてあげようじゃないか」
(続く)
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