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Photo bymr_stagram_

【世界から綺麗に消える方法、あります】 #4 「漆黒のカウンターロジック」 創作小説

    1. 牙を剥くデータベース

    ​
    ユキちゃんを夜の街の檻から救い出してから、数日。

    アジトの空気は、これまでになく張り詰めていた。原因は、壁一面のモニターに映し出された、あの【新人警察官の不審死】に関するデータだ。

    ​「……やっぱりね。この『遺書』、お上の都合に合わせたお片付けだよ」

    ​クロノがキャラメルポップコーンを口に放り込みながら、冷酷に呟く。

    モニターの前で高速でキーボードを叩いていたリツが、眼鏡の位置を直しながら、画面を指し示した。

    ​「クロノさんの見立て通りです。警察のデータベースから彼が残したとされる遺書の筆跡データ、それからスマホの通信履歴をサルベージして解析しましたが……素人目には分からないレベルで、極めて精緻に『改ざんのノイズ』が仕込まれています。自殺に見せかけるための、プロの偽装(デザイン)です」

    ​リツの顔から、いつもの不気味な笑みが消えていた。

    法をゲームのルールと言い切るこの天才高校生をして、「胸糞悪い」と言わしめるほどの歪んだ手際。警察の内部に、クロノと同じように「死」をデザインして不都合な人間を消している怪物がいる。その事実が、静かに私たちの足元へ忍び寄っていた。

    ​「ま、向こうの出方を探るのが先だ。ミハル、リツくん。ちょっと頭を冷やしがてら、外の空気でも吸ってきなさい」

    ​クロノに促され、私とリツはアジトを出て、夜の街へと歩き出した。

    冷たい夜風に吹かれながらも、頭の芯はあの改ざんデータのことで熱を持ったままだ。だけど、世界がどれだけ濁っていようと、私たちの日常は止まってくれない。

    ​そしてその帰り道、私たちは駅のホームで、もう一つの「壊れかけた人生」に遭遇することになる。

    ​2. 線路際の羽交い締め

    ​
    中央線、下りホーム。

    平日の深夜、家路を急ぐサラリーマンたちで混雑するホームの端に、その男は立っていた。

    ​よれよれのスーツに、泥のついた革靴。片手に握られたビジネスバッグはちぎれそうに重そうだ。何より異様だったのは、その目だった。完全に光を失い、焦点がどこにも合っていない。

    ​ゴオオオオ……
    と遠くから電車の接近メロディが響き、ヘッドライトの眩しい光がトンネルの奥から覗いた。

    ​男が、ふらりと、吸い込まれるように白線の外側へ足を踏み出す。

    ​(──あ。ダメだ)

    ​脳が思考するより先に、私の身体が動いていた。

    「危ない……!」とか、そんな綺麗な声は出ない。私は全速力でホームのアスファルトを蹴り、男の背後へと飛び込んだ。

    ​「動くなぁっ!!」

    ​男のよれよれのスーツを後ろからガシッと掴み、私の全体重をかけて後ろの床へと引きずり戻す。

    ドンッ! と激しい音を立てて、私と男の身体がホームに転がった。その目の前を、凄まじい風圧と金属音を響かせながら、電車が滑り込んでいく。あと一秒遅ければ、確実に肉片になっていた。

    ​「な、何をするんだ! 離してくれ、僕は死ななきゃいけないんだ……!」

    ​床に組み伏せられた男──鈴木が、狂ったように暴れ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。

    ​「僕が死ねば、生命保険で会社への賠償金が払えるんだ! 家族に迷惑をかけずに済むんだよ! 頼むから死なせてくれ……!」

    ​鈴木は過酷な労働の果てに、ブラック企業から組織的な大失敗の責任を全て押し付けられ、巨額の損害賠償を請求されていたのだ。自分が死んで保険金を入れなければ、家族が路頭に迷う。真面目で正直な父親は、その狂ったロジックに洗脳され、命を投げ出そうとしていた。

    ​「バカなことを言うな!」

    私が鈴木を押さえつけていると、後ろから追いついたリツが、息を荒らしながら鈴木の目の前にしゃがみ込んだ。その目は、激しい怒りと、それを上回る冷徹な計算でギラギラと輝いている。

    ​「あなた、本当に脳の融通が止まってますね! 飛び降り自殺なんてコスパ最悪の極みですよ! 鉄道会社から遺族に数千万の振替輸送費や損害賠償が請求されて、生命保険どころか残された奥さんとお子さんが完全に詰みます!!」

    ​「え……?」

    リツのエグすぎる現実的な脅しに、鈴木の動きがピタリと止まった。

    ​「家族を救いたいんでしょ? だったら、あなたのその命、僕たちのゲームに賭けなさい」

    ​私とリツは、ガタガタと震える鈴木の両脇を抱え、半ば力技で駅のホームから連れ去った。

    ​3. 悪魔のリーガル・デザイン


    ​「──なるほどね。家族がいるから、ただ失踪するだけじゃ会社からの追及が遺族に向かう、か」

    ​アジトのソファに鈴木を座らせ、温かい茶を握らせた後、クロノは楽しそうにポップコーンを噛み砕いた。

    鈴木は「鈴木健一」という自分の名前すら重荷であるかのように、肩を窄めて俯いている。

    ​「普通の『神隠し』は使えませんね」

    リツがノートパソコンを開き、鈴木の勤めるブラック企業のデータを恐ろしい速度でハッキングしながら言った。画面には、その企業が裏で行っていた「違法な裏金作り」や「組織的な労働基準法違反」の真っ黒な証拠が次々とリストアップされていく。

    ​「家族がいる正直者を救うには、ただ消すだけじゃダメだ。……ねえ、リツ。あんたのその無駄に回る法律脳で、何かいいルール(ロジック)を組めない?」

    ​私が尋ねると、リツは眼鏡のブリッジをクイと上げ、不敵な、今日一番のリーガルサイコな笑顔を浮かべた。

    ​「ええ、もちろん。追う側の『欲望』と『恐怖』のバランスをバグらせる、最高のデザインを思いつきました。鈴木さんには、ただの自殺ではなく、『会社の不正データを告発しようとして、口封じのために海外の危険な地域へ不当に左遷され、そこで現地のギャングの抗争に巻き込まれて死亡した“悲劇の被害者”』になってもらいます」

    ​リツが提示したモニターの図式を見て、クロノの目がニヤリと細まる。

    ​「鈴木さんの死亡報告書が現地警察(もちろん僕たちの偽造です)から会社に届いた瞬間、僕が用意したダミーの弁護士から、会社の上層部へ一枚の通知書を送ります。

    ──『鈴木氏は生前、会社のすべての不正証拠を弁護士と遺族に託していた。もし遺族に対して1円でも賠償金を請求したり、少しでも追い詰めるような真似をすれば、この全データを検察とマスコミに一斉にばら撒く。逆に、遺族に巨額の“口止め料(死亡退職金)”を支払って静かに暮らさせるなら、この秘密は墓場まで持っていってやる』……とね」

    ​リツはキーボードを叩く手を止め、うっとりとした表情で呟いた。

    ​「会社側は、鈴木さんの家族を追うどころか、自分たちの破滅を防ぐために、自ら進んで家族に大金を支払い、鈴木さんの存在を必死に歴史から抹消しようとするでしょう。鈴木さんの家族は一生安泰な資金を手に入れ、鈴木さん自身は新しい戸籍を手に入れて、遠くから家族の幸せを見守りながら新しい人生をスタートできる。……追う側にとって、その家族を刺激することが最大の破滅に繋がるようにルールを書き換える。これぞ完璧な『リーガル・デザイン』です」

    ​鈴木はお茶のカップを握ったまま、信じられないものを見る目でリツとクロノを見つめていた。

    ​「さあ、作戦開始だ」

    クロノが立ち上がり、私とリツを見据える。


    「警察の裏にいる『もう一人のデザイナー』の尻尾も掴みつつ、この哀れなサラリーマンに、最高のチェックメイトをプレゼントしてあげようじゃないか」

    ​
    駅のホームから鈴木さんを「力技」で連れ去った翌日から、アジトの空気は完全に作戦モードへと切り替わっていた。

    ​
    「よし、鈴木さん。あなたの“死”の舞台を整えましたよ」

    ​リツがノートパソコンの画面を叩きながら、満足そうに微笑む。

    クロノが裏ルートで手配したパスポートと、リツがハッキングで航空会社のデータベースに直接書き込んだ「鈴木健一」の搭乗記録。それによれば、鈴木さんは会社から不当に左遷を命じられ、数日前の深夜便で東南アジアの治安が極めて不安定な地域へと飛び立ったことになっていた。

    ​「現地警察の死亡報告書(システム)の書き換えも完了したよ。現地で発生した大規模なギャングの抗争に、運悪く巻き込まれて命を落とした『哀れな日本人観光客』。……うん、実に見事な幕引きだ」

    ​クロノがマッサージチェアに深く腰掛け、キャラメルポップコーンを咀嚼しながら言った。

    これでシステム上、鈴木健一という男はこの世から完全に消滅した。

    ​残されたのは、日本にいる彼の家族。そして、彼をトカゲの尻尾切りにしようとしたブラック企業だ。

    ​「さあ、ここからが僕のリーガル・デザインの真骨頂です」

    リツの眼鏡の奥の目が、獲物を嵌める瞬間のサイコパスのそれに変わる。

    ​「鈴木さんの死亡報告書が会社に届くタイミングと同時に、僕が用意した架空のダミー弁護士の口座から、会社の役員全員の個人スマホへ『一通の通知』を送信します」

    ​5. チェックメイトの通知


    ​鈴木さんが勤務していたブラック企業の役員室。

    社長をはじめとする幹部たちは、現地から届いた「鈴木健一、海外で死亡」の報せに、不謹慎な安堵の笑みを浮かべていた。

    ​「ハハハ! 最高のタイミングで死んでくれたな!」

    「これで例の巨額の損失、全部あいつの独断ってことで処理して、賠償金はあいつの家族から毟り取れば終わりだ」

    ​彼らにとって、真面目な社員の死など、ただの便利なゴミ箱に過ぎなかった。

    だが、その傲慢な笑顔が凍りつくまでに、一分もかからなかった。

    ​チリン、と役員たちのスマホが同時に、不気味な同期音を立てて震えた。

    画面に表示されたのは、差出人不明のメッセージと、いくつかのファイル。

    ​『鈴木健一氏の遺族の、顧問弁護士です。

    鈴木氏は生前、貴社が組織ぐるみで行っていた「数十億円規模の違法な裏金作り」および「悪質な労働基準法違反」の決定的な内部データを、すべて当職と遺族に託しておりました』

    ​役員の一人が、添付されたファイルを開いた瞬間、顔面が紙のように白くなった。そこにあったのは、外部に漏れたら一発で会社が上場廃止、幹部全員が実刑になるレベルの「本物の裏帳簿」だった。

    ​メッセージは、冷酷に続く。

    ​『鈴木氏の遺体は海外にあり、死人に口はありません。ですが、遺族には言葉があります。

    もし、貴社が鈴木氏の遺族に対して1円でも賠償金を請求したり、少しでも追い詰めるような真似をすれば、この全データを検察、労働基準監督署、そしてマスコミへ一斉に自動送信(ブラックアウト)します。

    ……逆に、遺族に対して「多額の死亡退職金(口止め料)」を支払い、今すぐ鈴木氏のすべての在籍データを歴史から消去して静かに暮らさせるなら、この秘密は永久に墓場まで持っていってあげましょう。

    どちらがコスパが良いか、賢明な皆様なら分かりますね?』

    ​役員室は、水を打ったように静まり返った。

    鈴木さんの家族を叩き潰そうとしていた捕食者たちは、今や自分たちの首にかけられた爆弾の紐を、その家族に握られていることに気づいたのだ。

    ​「鈴木の、家族を……絶対に刺激するな……!」

    社長がガタガタと震える声で叫んだ。

    「あいつのデータは全部破棄しろ! 今すぐ口座に退職金名目で億単位の金を振り込め! 頼むから、静かに消えてくれ……!!」

    ​6. 新しい息を吸う場所


    ​「……本当に、信じられない。あの会社が、僕の家族にお金を払って、僕のことを必死に隠そうとしてるなんて」

    ​アジトのモニターで、会社のサーバーから自分の名前や社員データが綺麗さっぱり消去(ブラックアウト)されていく様子を見て、鈴木さんは涙を流した。

    ​「これであなたの奥さんとお子さんは、一生かかっても使い切れない盾(資金)を手に入れました。会社は二度と彼らに近づけません」

    リツが眼鏡をクイと上げ、フンと鼻を鳴らす。

    「追う側にとって、その存在を刺激することが最大の破滅に繋がるようにルールを書き換える。僕の頭脳にかかれば、ブラック企業のロジックなんて赤子の手をひねるより簡単です」

    ​「リツ、ドヤ顔がウザい。……でも、今回は大合格点ね」

    私が冷たく言うと、リツは「ドヤ顔じゃありません、事実を述べたまでです」と少し顔を赤くしてそっぽを向いた。

    ​「ありがとう……本当に、ありがとうございました……!」

    鈴木さんは何度も床に頭を擦り付けた。

    ​「頭を上げなよ、鈴木さん」

    クロノが新しい戸籍の入ったICカードをデスクに放り出す。

    「今日から君は、鈴木健一じゃない。どこへ行って、どんな名前で生きても自由だ。……ようこそ、こっち側の世界へ」

    ​鈴木さんが新しい人生を胸に、アジトを旅立っていく。

    真面目な正直者がバグを突いて救われた。その達成感に浸る間もなく、リツのノートパソコンの画面が、突然真っ赤に染まった。

    ​【WARNING:不法なデータアクセスを検知しました】

    ​「な、何だこれ……!? 警察のデータベースから弾かれた……いや、違う、逆探知(ハッキング)されてる……!?」

    ​リツが驚愕の声を上げ、キーボードを叩く指が激しく泳ぐ。

    画面の奥、真っ赤なエラーメッセージの背後で、一つのテキストファイルが勝手に生成され、開いた。

    ​『──よく馴染むデザインだ。だが、私の邪魔をするなら、次は君たちの死をデザインしよう』

    ​その文字を見た瞬間、クロノがポップコーンを食べる手を、今日一番の冷たさでピタリと止めた。

    ​「……なるほど。あっちの『デザイナー』、どうやら私たちの居場所に気づいちゃったみたいだね」

    ​警察内部の深い闇。雑で悪趣味な死を量産する、もう一人のデザイナー。

    彼らの牙が、ついにミハルたちの喉元へと届こうとしていた──。

    ​(続く) 



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    こんにちは「鯖寿司食べたいね」と申します。 趣味で書いてる創作短編小説や体験したこと、自分の考え、見た作品などの感想を書いてます。 まだまだ勉強中で拙い文章ですがよろしくお願いします🙂‍↕️

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