
駄々をこねながら一汁三菜を作っていた話
「自分の気持ちに正直になりましょう」
「どうやって?」って思いませんか?
私もしばらくの間ピンときてませんでした。
以前「自分の気持ちに正直に」を実践したことで、
考え方が変わってきたというお話をしました。
今回は実際に頭の中ではどういうことが起こっていたのかについて
もう少し詳しく書いていきたいと思います。
例えば、「夕飯作らなきゃ。」って思ったとします。
それまでの私にとって、
・冷蔵庫の中を確認し
・そこにある食材から献立を組み立て
・できるだけ味付けが偏らないように
・できるだけ栄養バランスが整うように
・できるだけ見栄えがよくなるように
・一汁三菜以上の品数を
・夫の帰りに合わせて作る
これが夕飯づくりだったんです。
家事の中で比較的得意なのが料理だったので、
何の疑いもなく、これが妻としてやるべき仕事だと思っていました。
みんなこれくらいやっている。
家庭を支えてくれる夫に私が出来る事といったらこのくらいしかない。
それができない私は妻としてこの家にいていいわけがない。
誰に言われたわけでもないのに、
私はこの高すぎる合格ラインを自分に課していました。
でもたまにやりたくない日ってあるじゃないですか。
その時頭の中でこの合格ラインと本心が大喧嘩するんです。
「作りたくない。面倒くさい。」
「でも疲れて帰ってきた夫にきちんとご飯出すのが妻でしょ。夫がかわいそう。」
この押し問答の末どうなるか、
「感情を爆発させながら嫌々ご飯をつくる私」という
とんでもない化け物が誕生します。
「いやだいやだ!」と駄々をこねながら、
一汁三菜のご飯を食卓に出すのです。
そんな私を見て夫は
「そんな嫌なら作らなくていい!なんで言わないんだ!」
と呆れて言います。
それに私は
「あなたのためにこんなに頑張ってるのに!感謝しろ!」
と逆ギレします。
家族からの指摘や、学校、社会生活で挫折するたび、
「このままじゃダメだ。もっとちゃんとしないと。」と、
自分のキャパを大幅に超えたところに
合格ラインを設定していました。
この高すぎる合格ラインを自分に住まわせ続けると、
本心と反発して常に衝突しあいます。
「自分の気持ちに正直に」を実践するにあたって、
まずは「自分の本心か、自分に課した合格ラインか」を
見極めることからはじめました。
「ご飯を作る気力がある?」
ー「あります。これは本心。」
「一汁三菜つくれる?」
ー「今日は作りたくない。あれ、そういえば一汁三菜のルールって誰が決めた?」
このように、ひとつずつ確認していくと、
別に誰にも頼まれてないのに、
「やらなければならない。」と思い込んでいることが
それはそれは数えきれないほど見つかりました。
そして気づいたのです。
「私は誰のためにこんなに頑張っていたのか?」と。
本当はやりたくないことを、誰かのためと思ってやる。
本当はやりたいことを、誰かの批判を恐れてやらない。
私は常に「誰か」のために戦っていると思っていたのに、
いざ周りを見てみたら、誰もいなかったんです。
そこにいたのは、
「ちゃんとしてない自分」がバレるのを過剰に恐れて、
勝手に怯えて一人で息切れしている私だけでした。
今でも「やらなきゃ!」と、
もちろん誰に言われたわけでもないのに焦りだす瞬間があります。
それに気づいた時は必ず立ち止まり、
「しなきゃ、じゃない。別にやらなくてもいいんだから。やりたいからやるんだよね?」
と必ず自分に話しかけるようにしています。
そうすることで、自分に優しくなれるようになったし、
自分の限界値を正確に測れるようになってきました。
自分に優しくなると、他人にも優しくなれる。
それに気づいてからは、
駄々をこねながら一汁三菜を作ることもなくなりました。
【「自分を大切に」って言われても、どうしたらいいかわからなくないですか?という話です】