
我が家にいるプロの怠け者に救われてる話
我が家のリビングには、たいてい大型動物が一頭転がっている。
3人掛けのソファーに1人で寝そべり、片手でスマホをスクロールしながら、時折思い出したようにポテトチップスに手を伸ばす男。
一緒に暮らすパートナーだ。
彼は今、一生懸命に時間をドブに捨てている最中。
やるべき家事だって、いくつか後回しにされている。
しかし、彼の横顔に罪悪感の影は1ミリもない。むしろ、「全力でサボっている」という清々しさが漂っている。
私はといえば、その姿をダイニングチェアに背筋を伸ばして座りながら、半分は呆れ、半分は羨望の眼差しで眺めている。
私にとって、ダラダラするという行為は至難の業だからだ。
物心ついた時から私は、母の機嫌といういつ変わるか分からない天気に支配されていた。
母の気に障ると、私はこの世に存在しないかのように扱われる。
心許ない日々の中で、「母の理想の良い子でいる」という生存戦略を、知らず知らずのうちに身に付けたのだ。
そうしないと居場所がなくなるという焦燥感が、私のOSに深く書き込まれてしまった。
その歪んだOSは、大人になってからの恋愛でも、見事なまでにバグを引き起こす。
かつて付き合った人の中には、絵に描いたようなモラハラ気質や、過剰に手がかかる人もいた。
それでも「私が悪いんだ」と自分を責め、気がつけば周囲から孤立してしまっていた。
いつも誰かの感情の先回りをして、道を整え、手を貸してしまう。自分は置いてきぼりだった。
「私は完璧に動き、何か成果を残していないと、存在を許されない」
そう思い込んだまま、仕事でも限界までタスクを抱え込んだ時、ついに心と体が「適応障害」という悲鳴を上げた。
そこで私はようやく立ち止まる。
初めて心療内科のドアを叩き、バリバリ働くキャリアは誰のため?とゆっくり考え直した。
結果、人生のOSを「ご自愛モード」へ書き換えることにしたのだ。
そんな人生の大転換に一役買ったのが、今、ソファで贅沢に時間を無駄にしているこの男である。
付き合い始めの頃、私の歪んだOSは彼に何度もフリーズさせられた。
のんびりしてる風に見えて、私が実家の母の一挙手一投足に翻弄されている姿を見かねた時は、フラットな第三者の目線で私の境界線をカチッと守ってくれるすごい人。
彼と暮らすようになって、私の世界のルールは、面白いほどひっくり返っていった。
私がソワソワと「今日何もやってない!」と焦っているとき、彼は言う。
「まぁまぁ、後でやろうよ〜。それよりこの動画見て!」
私が何をしていても、何もしなくても、彼は全く気にも留めないみたいだ。
私が1日ゴロゴロしていても、ただの1秒も責めない。ただ隣で変わらない温度のまま、私のやり残した家事を粛々と片付けている。
彼が教えてくれたのは、無条件の安心感という、私がずっと焦がれて止まなかったものだった。
何もしなくても、時間を無駄にしても、世界は滅びない。ただ息をしているだけで、ここでは100点満点をもらえるのだ。
温かい、陽だまりのような居場所ができた。
それが本当にありがたい。
30年以上積み上げてきた価値観を、一気に手放すのは簡単ではない。
今も、毎日少しずつ、人や仕事との境界線の引き直しをしている最中だ。
▼休職になってご自愛な人生設計に変更するまでの話
▼何かしなきゃ!という焦りを手放した話
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