
自己紹介① | 30代で休職。バリキャリを手放した外資系ゆるキャリOLとは
はじめまして、ご覧いただきありがとうございます。
noteを始めるにあたって、簡単に自己紹介をさせてください。長くなりそうなので、まずは私のキャリアの話から。
▼キャリア以外の自己紹介はこちら。
海外でのキャリアを目指す
物心ついた時から海外に憧れがあり、「将来は英語を駆使して、海外を飛び回りながらバリバリ働きたい!」と夢を抱いていました。
でも、帰国子女でも留学経験があるわけでもない私は、よくいる日本の大学生がよくやるような就活を終え、ひとまず某金融機関に総合職として就職。プロファイとかかっこい〜くらいにしか考えていませんでした。
転機が来たのは、友人を訪ねて初めてシンガポールを訪れた時。マーライオンの背後に堂々と鎮座する金融街を見て「これだ!」と思い、その場で現地の転職サイトに登録。
その直後コロナによる強烈なロックダウンのため、現地の就職は一旦諦めたものの、シンガポールにもオフィスのある外資系企業に転職しました。
そして猛威を奮ったウイルスも落ち着きを取り戻した頃、ついに憧れのシンガポールオフィス勤務が実現しました。そこからはアジアの金融セクターを中心に様々な案件を担当し、言葉の壁や文化の違いに翻弄されながらも、必死に食らいついていく毎日でした。
港区を生活拠点にする女
東京では、利便性重視で港区のオフィス街に居を構え、「港区女子」ならぬ「港区在住女子」としてキラキラライフ(仮)を送っていました。
美容や健康管理に惜しみなく投資し、資産になると思えばブランドバッグやジュエリーも購入しました。週末は気の合う仲間と、将来についてああでもないこうでもないと語り、もっと高みを目指せるとワクワクしていました。
仕事でも頻繁に海外出張があり、出張と休暇をくっつけて海外旅行を楽しんだり、数週間の休みを取って遠い異国を周遊したり、ラグジュアリーなホテルに泊まったり。
周りの友人が結婚し出産し、次々とライフステージが変化していく中で、私はいつまでも独身生活を謳歌していました。
ところが、ちょうど私にも結婚がチラつき始めた頃から、どうも調子が悪い日が続くように。
今まで輝いて見えたものに全く心惹かれない。成長して上を目指す気力が湧かない。物欲も無い。美容もめっきり興味が無くなった。仕事で成果が上がらない。いつも何かに追われて捌ききれない。
何のために働くんだっけ?とキャリアの目標さえ見失ってしまいました。
人生暗転?絶望の淵で考えたこと
そして、ある朝突然、ベッドから起き上がれなくなりました。
会社に行こうとしても泣けてくる。ご飯が食べられない。簡単な家事も手に付かない。頭の中で色々な考えがぐるぐるして、気づくと1日が終わっている。
慌てて心療内科に駆け込み、速攻で診断書が出され、そこから約半年間休職しました。
最初は、同棲してる彼との生活のせい!?と思ってお別れも考えましたが、そんな単純な話ではなかったみたい。
とういのも、これまで絶対に叶えたいと思っていた個人の夢が、数年の紆余曲折を経て次々と実現した今、体の力がふっと抜けた。そして人生のパートナーを得て、次に目指す世界が変わった感覚がありました。
努力を極めて勝負に勝つことを原動力にしていた私が、「燃え尽き症候群」を経て「価値観の変容」を迎えたために、それまで通りの生活が体に合わなくなったのです。
「次に進む時だよ」と自分自身に言われているような気がして、少し寂しいけれど素直に受け止めることにしました。
キャリアの大変革。ご自愛ライフへ
そこからは、キャリアに対する考え方を180度改めました。
会社員として得られる恩恵はありがたく頂戴できる範囲で、必要以上に「がんばらない」。
今は会社と相談し業務量を調整してもらいながら、就業時間を短くして働いています。出張に行くこともほとんどなくなりましたが、オンラインで海外ともコミュニケーションが取れるので、問題なく仕事ができています。
「心がすり減るほど働いて、一体会社は私に何をしてくれるのか。」「私1人が休職したところで、会社は問題なく回っていたではないか。」と開き直ることにしました。
もちろん、半年ブランクのある私を再び暖かく柔軟に迎え入れてくれた職場には、本当に恵まれていて感謝しています。
でも休職中に、仕事との適切な距離感についても考えさせられました。今は、自分の心身の健康が何よりも大切と感じています。
奇しくも、日本初の女性総理大臣が誕生し、「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて参ります。」と宣言した頃のお話です。
ワークライフバランスの変化
労働時間が短くなったことで、給料はその分減りましたが、1日の中で自由に使える時間がたくさん増えました。
私にとってはこの効果が想像以上に大きく、今はお金よりも時間が何よりも必要だと実感しています。
混雑時間を避けて出勤できること、仕事前に大好きな読書や運動で心の平穏を保てること、終業後に趣味を全力で楽しめること。明らかにQOLが爆上がりしました。
移動の利便性を気にする必要がないので、騒がしいオフィス街から落ち着いた住宅街へ引っ越しました。今では公園で遊ぶ近所の子供たちを眺めながら、近い将来家族を持つことについて考えています。数年前の私には考えも及ばなかったことなので、まさに時間的余裕は心の余裕を生みました。
これから
20代の頃の私にとって、良い人生とは「自己研鑽して高みを目指す」先にあるものでした。
しかし30代を迎えた今は、「家族やパートナーと一緒に日常にある穏やかな幸せを味わって生きていきたい」と願っています。
ウェルビーイングを追求するため、昨年には北欧を巡りました。そこでの経験も、私の理想の人生を形成する大きなきっかけのひとつです。
かつて夢中で追い求めたものが、今はそんなに大事だと思わなくなることは、誰しも起こり得ることだと思います。
そんな時、がっかりするだけではなく新しい変化を直視することが、何よりも自分の糧になると私は学びました。
もちろん、今でもたまに「キラキラ生活いいな」と思うこともあります。でもそれは大抵、SNSの情報に踊らされているだけで、価値観の根本は揺るがないでしょう。今の自分が何を大事にしたいかを、しっかり言語化して心に留めておくのは重要ですね。
みなさんはどうでしょうか?自分の人生を覆す価値観の変化を経験したことがあれば、ぜひ体験談を聞かせてください!
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