【雲間月怪異譚】 第16話
【雲間月怪異譚】第16話 迷い家①
※注意※
本作『雲間月怪異譚』には、
怪異・都市伝説・因習・和風ホラー表現が含まれます。
薄暗い話や、
“じわりと嫌な感じ”のする話が苦手な方は、
どうか無理をなさらず回れ右でお願いします。
それでも覗いてくださる方は――
どうぞ、雲間の怪異譚へ。
=====================
怪談話が好きだと話をしていると
知り合いからよく誘われるのが
心霊スポット巡りだったりする。
知名度が上がる立場になってくれば、
番組企画やはたまたヤラセとか💦
ヤラセって言葉は、悪く取られがちだが、
実際は、お化け屋敷みたいなものって
思ってもらえればいいかな。
ゲストに怪我や心意的瑕疵なんて困るしね。
「……で、本当に出るんですか?」
そう聞き返すたびに、相手の顔が少しだけ引きつるのを、私は何度も見てきた。
出るか出ないかで言えば――それは、正直わからない。
ただ一つだけ確かなのは、「出ると思っている場所には、人は勝手に“それらしい何か”を見つけてしまう」ということだ。
それが山奥の廃屋であれ、封鎖されたトンネルであれ、あるいは地図から消えた集落跡であれ。
今回もそうだった。
「迷い家があるんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。
迷い家。
入った者は必ず道を見失い、気づけば同じ場所に戻ってくる――そんな類の昔話だ。
けれど、昔話というのは、たいてい“誰かが一度は真顔で語った現実”の残骸でもある。
「本当に行くんですか?」
私はもう一度だけ確認した。
すると、同行者のひとりが笑った。
「だって、迷い家って“入れる”んですよね?」
その瞬間、背中の奥が、ほんの少しだけ冷えた気がした。
⸻
今回、三日月保は、他YouTuberからもたらされた企画だった。
他にもゲストを呼び、依頼してきた企業が用意した
探索イベント。
(しかし、迷い家とはね)
祖父が民俗学をライフワークにしていた関係で
東北方面の階段話はよく聞いていた。
その中でも迷い家は、外国にも似た話がある怪異だ。
――旅人が迷って、とある民家に立ち寄る。
玄関から声をかけても返事がない。
空いている玄関を訝しんでも、
夜に野宿はごめんだと中に入ってしまう。
掃除の行き届いた家の中
食卓には、今まで人がいたように
湯気の上がる食事があった。
家人はどこに行ったのか?
といった話だった。諸設定は異なる。
家じゃなく船舶だった事もある話だから。
怖いか?って聞かれれば微妙かな。
でも、考えれば考えるほどにゾワっとする話だよね。
その“微妙さ”が、一番タチが悪い。
はっきりした怪異なら、まだ構えようがある。
でも迷い家みたいな話は、どこまでいっても「あり得そう」で終わってしまう。
だからこそ、余計に人の想像が勝手に膨らむ。
「――で、現地はもう押さえてあります」
企画担当らしき男が、タブレットを見ながら淡々と言った。
画面には、山間部の衛星写真。
ぽつんと不自然に空白になっている一角があった。
「ここが、通称“迷い家ポイント”です」
「……通称って、誰がつけたの?」
思わず口を挟むと、男は少しだけ目を逸らした。
「地元の人、ですね」
これって企業が用意したヤラセ企画だよね?
その“地元の人”という言葉ほど、曖昧で信用ならないものもない。
言い伝えなのか、噂なのか、それとも誰か一人の錯覚なのか。
全部が混ざったまま、都合よく“それっぽい場所”が作られていく。
「まぁ、やることはシンプルです」
男は続けた。
「入って、一定時間探索して、合図で戻る。それだけです」
「戻れなかった場合は?」
冗談半分で聞いたつもりだった。
けれど、その場にいた誰も笑わなかった。
一拍遅れて、男が言う。
「そのためのスタッフもいますので」
――いるはず、という言い方ではなかった。
“いる”と断言しているのに、なぜか安心感が薄い。
むしろ、その一言で現実味が一段落ちた気がした。
(迷い家、ね)
私は心の中で繰り返す。
祖父が話していたものは、もっと曖昧で、もっと人間臭かった。
迷った旅人が、都合よく“助かった気になる家”。
あるいは、疲れ切った脳が作り出す一時の避難所。
……そのどちらでもいい。
問題はひとつだけだ。
「それが“戻ってこられる場所”かどうか、だよね」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かなかった。
ただ、山の写真の空白だけが、妙にこちらを見返している気がした。
←前の話
→次の話
→【雲間月怪異譚】まとめページ