
『Misfit Buddy Noir - 壁の内外と、その先(ビヨンド)』第9話
第9話 泥の誇り・狂った部品
サムの誘導に従い、半日だけ野盗から奪取し拠点とした「巨大自律戦車の残骸」がかすかに見えてきた。遮蔽に入れば射撃される方向が限られる。一直線に突っ走って準備をしなくてはな、早く立てこもれば準備も覚悟もできる。リーダーはハンドルを握りながらそんな想像をしていた。
その時、後部荷台から異音が聞こえてきた。多分、サムの射撃チャージ音。しかも隠密する気のない豪快な音……。意外なノイズに驚き、思わず後ろのサムを見た瞬間、サムが『バリスティック・バリスタ』の射撃を行うのが見えた。 その瞬間、とんでもない加速の衝撃と反動がバギーと運転しているリーダーを襲う。リーダーは慌ててハンドル操作でバギーの進行方向を修正した。
「サム! あぶねえだろうが! 待ち伏せすんじゃねえのか?」
サムは予想を裏切るものだが、今回も不意打ちの行動だった。不愉快な奴だが、結局はこいつの選択は間違ってない。そう、俺はまだ生きている。
不愉快であることと、結果が良好であることは一致する必要もない。なおさら、過程などどうでもよいのだ。俺はまだ生きている。
数秒後、バギーのフレームに、背後からの閃光が反射した。リーダー自身は戦車跡に向かって必死に加速を続けていた……それが現在の自身の役割なのだ。
その更に数秒後に、爆発音がヘルメット越しにかすかに聞こえてきた。
「おまえ様、ドローン3機のうち2機撃墜。車両の揺れのせいで命中せず、指揮官機だけが追跡続行しています。こちらに向かって高速接近を開始。私の指示に従って運転を」 「最大速度を維持。次の指示あるまで指定ポイントに最速移動で」
「おい! 自分で位置バレさせといてこれかよ、逃げ切れんのか? どっか物陰に隠れようぜ?」 バックミラー越し、空中に黒い点が見えた。ドローンが追い付いてきやがった! その瞬間だった。
「全力制動! フルブレーキ! ためらうな!」
珍しいサムの強烈な口調もあり、憎まれ口も叩く余裕なく、リーダーはブレーキを全力で踏み込んだ。
オフロードでは真っすぐ停止などしてくれない。バギーは高速でスピンを始めながら慣性を抑えきれずに横滑りしていく。 そして黒い点だったドローンが急速に姿を見せてくる様が、回転しながら、肉眼でも時々見えていた。
「うわぁ……!」 リーダーはただ、目前に迫ったドローンに撃たれるのだと覚悟しかけた。
その時、スピンする荷台の上で、サムの左腕がドローンに向いているのを認識した。 「なに悪あがきしてんだポンコツが……」 レールボウの射出音が聞こえた。
急減速による相対速度の増加、その想定外の急接近というアクシデントの中で放たれた質量弾の一撃は、都市の最新鋭センサーでさえ捕捉できなかった。弾丸は指揮官機に直撃する。 まず閃光、続いて爆音とともに、敵指揮官機が木っ端微塵となっているのが、コマ送り映像のようにリーダーの視界に入った。
……サムが、あの高速スピンするバギーの荷台に両足で立ったまま、あのカッとんでくるドローンを撃ち落としたって? ジャンクパーツで……? たった一発で……?
「戦車に最速移動してください、休憩時間ではありません」 いつものクッソつまらないサムの声だ。しかし、これほど頼もしい激励もないものだ。何だか知らねえが、俺はまだ生きている。
戦車跡までもうすぐだ。
探索ドローンを失い、敵の特化型アンドロイド部隊は完全に指揮系統を失っていた。見えない死神の狙撃に怯えるように荒野へ散開していく。二人は無事、戦車跡のハッチに到着することができた。
リーダーすら想定していないサムの奇襲攻撃で有利を取った次は、籠城戦の開始だった。 「おまえ様、敵の戦車をバリスタで超長距離狙撃します。バリスタの下部をしっかりホールドしてください。今度は外せません。スポッターとしての任務です。目視まで30秒と思われます、前方12時」
サムが立射姿勢で戦車跡の砲台の上に立ち、バリスティック・バリスタを構えた。あわててリーダーはサムの足元に移動し、姿勢を片膝座りにする。 バリスティック・バリスタ下部を力強くホールドしつつ、右手で双眼鏡をかまえて前方を見据えた。サムの弓弦を引き絞る甲高い音が聞こえてくる。バギー上での射撃時は聞こえていなかった音だ。髪も黒く染まっているのを見るに、出力をあげているのだろう。
「距離1600、風速変化なし。お前さんの計算通り、真っすぐ突っ込んできやがる」 リーダーの網膜にオーバーレイ表示されるデータを読み上げると、サムは極限のチャージ音を響かせ、弦を弾いた。ソニックブームが荒野を切り裂き、先ほどのドローンのように、戦車が紙屑のように粉砕される。
「目標の完全沈黙を確認。次弾、装填を」 戦車の巨大な砲台の上で、サムが淡々と告げる。リーダーは義手となった無骨な重機腕のクローで次のジャンク弾を掴み、自身の腕の装甲を土台にして『バリスティック・バリスタ』のフレームを下からガッチリとロックした。
「戦車はあれだけか、後はどのくらいだ?」 「おそらく特化アンドロイド3機。戦車内の輸送アンドロイドはバリスタ射撃で車両内部で破壊できています。しかし、向こうは光線兵器を携行しています。指示と共にハッチ内に移動し、防衛陣地で応戦します」
「了解、文句は終わってからさんざん言ってやるから覚悟しとけよ」
「おまえ様、観測に集中。そして、私は文句を言われる要素はありません。終了したら、改善点を伝達します」
クソッ、図太さが成長してやがるなこのポンコツめと呟きつつ、やるべきことに意識を切り替えた。 「距離1600、風速変化なし。右のガレキに展開しようとしてる奴だ!」 リーダーの網膜にオーバーレイ表示されるデータを読み上げると、サムは再びチャージ音を響かせ、弦を弾いた。
残りの2機を殲滅する過程は、完全な蹂躙劇だった。最強のスポッターと、都市規格外の超長距離狙撃兵器の連携。もはやただの一部隊が太刀打ちできる次元ではない。 だが、リーダーの心に勝利の高揚感はなかった。あるのは、足元から這い上がってくるような冷え切った吐き気だけだった。
彼は今まで、肥料生産組合の「マイスター」として、流れてくる死体を極上の肥料素材へと完璧に加工することに誇りを持っていた。いずれ自分も処理される運命だと怯えながらも、「分解されないために今日も分解をする」という生への執着と、このクリーンなシステムを底辺で支えているという自負があったのだ。
これは何だ。生き延びたいだけなのに、次々と生かしておかないシステムが俺たちを締め付けてきやがる。
「なんなんだっていうんだよ、クソッタレ!」 悪態をつきながら、リーダーは足元のガレキを強く蹴り飛ばした。自分の人生そのものが、冷徹な数式に弄ばれているという絶望が、強靭な肉体を内側から蝕んでいく。
物心ついたときから、肥料生産組合という名の車の部品に組み込まれていた。自ら選んだのではない。はじめからそうなるように振り分けられていた。
親は子を選べず、子は親を選べず、運命もまた全てから選べるのではない。配られるカードは無作為という無機質な善意の中で、確率という不揃いな結果に集約される。
リーダーのようにイカレた手札をくばられ、地下で生き残らねばならないものもいる。よいカードを選べる上級市民もいる。
全体に公平でも、個で公平とは限らないのだ。
「おまえ様、心拍数の異常な上昇と、発汗を検知。機能の低下を懸念します」 サムの瞳が青く点滅する。
「うるせえポンコツ! お前のせいじゃないけどムカついてるんだ、しばらくほっとけ!」 怒りと自己否定に任せ叫び、サムはそれに完璧に応える。
数式と合理性だけで人間をすり潰す都市のシステムを、都市自身の規格外(ミスフィット)の廃棄品である二人が、圧倒的な暴力で生き延びたいがため、というエゴをもって粉砕していく。
眼下の荒野で動くものは何一つなくなった。 都市の追撃部隊は完全に沈黙した。
バリスタを折り畳み、リーダーの背負った巨大な運搬ケースに収納しながら、サムが静かに問いかけてきた。 「追撃の脅威は排除されました。……おまえ様、次に私たちはどうするべきですか?」
リーダーは吠えはしないものの、まだ内心の沸き上がる怒りを制御しきれていなかった。少しでもいいから一人で自分と向き合う時間が欲しかった。
「とりあえずお前は戦車の上で日向ぼっこして、充電しといてくれ。俺は、拾える範囲の倒した連中のジャンクを回収してくる」
「了解しました、おまえ様」いうとともに跳躍し、砲台の上に静止た後に、髪を黒くして荒涼とした空気の中に遊ぶままにして、充電を開始したようだ。リーダーもまた、宣言通りにジャンク回収に向かうため、サムの撃破したアンドロイドの回収に向かった。
新型アンドロイドのパーツ、今はバラバラのジャンクでしかないーーそれらは本来であれば自分に利益をもたらす宝物だったはずなのに、集めようとする気力がまるで湧いてこない。拾う気も出ないまま、路傍の小石を蹴って遊ぶように転がすだけだった。
その行為は、都市の役割としては「それぞれの献身こそが、全員の繁栄」という市民としての理念に背く、冒涜的行為そのものであった。コアのJITの計算によりすべてを効率よく、無駄なく使い切り、次のライフサイクルを回転させるプログラム規定を停滞させる行為は禁忌であった。
「……クソ、俺はなんで死にたくないんだ、いや、生き延びたいんだ」
都市の仕組みから排除され、ビヨンドの肥料となる計算結果を与えられたのに、役割を失ったのに、まだ何かできると思っているのか。
何者かになろうとして、何物にもなれぬ者がほとんどである。
リーダー自身もまた、その考えにおいて絶望するのではなく、考えたことすらなかった。
ただコアの統計より算出された「肥料生産計画」の算出結果を盲目的に絶対正義だと思い込み、地上の市民に敬遠される役割であっても、ひたすらに演じてきた。
それが正しいか正しくないか、ではない。都市の役割配置に即した全体の生命活動を維持することが、自分の役割であると何一つ疑うことはなかったのだ。
時折地上の市民に生まれることができれば、と想像することはあった。そうして、自分の代わりに配属される運命となった肥料生産組合員を見下して、罵りながら酒場の2階で上等な酒を、グラスで味わうのだ。
そんな願望を、酒場の入り口を通り過ぎながら、自らの防護服を死神のごとく避けて歩く地上の市民たちの人の流れ、酒場の2階からを浴びせられる上級市民たちの罵声を目の当たりにし、耳にしながら。
しかし、それに反発することは、都市のシステムにおいて統制を乱す不適切な思想、行為として処罰の対象となる。
それ故に「自己総括の機会を与える」という名の下に、「モダン・コロッセオ」に強制参加させられてしまったのだ。
敗者となり、「原料」とされるために。コアの算定結果という絶対的規律の名の下に。
しかし、それすらJITの計算結果を裏切ってしまった。
力尽きるまでコロッセオに参加すれば、それまで上級市民の待遇を与えるという条件すら拒絶してしまった。その頃から、俺は都市の部品として「ミスフィット」な存在となってしまっていたのかもしれないな、学ぶ機会すら与えられず、気が付けば壁外へ廃棄されてしまっていた。
「車の部品になっちまったら、逃れられねえのかな……俺が俺として生きていくには何すればよくて、何になればいいってんだクソッタレ!」
誰に聞かれるでもなく、呟いた。それから思い出したように、そこら中に蹴り飛ばしてしまったジャンク品の品定めと回収を再開した。
思いついた瞬間に何者かに変われるわけではない。
そもそも何者になったかを、誰が決めるのか、何をもって変わったと決まるのか。
そして、今はその時ではないことだけは分かっていた。サムの使えるものを選別し、回収するだけだ。そして、無駄なく使えるように計算し、供給し、また回収する。
俺はずっとこんな感じなのかもしれないな、今は。でも、俺が選べることで、サムという存在の力をより発揮することができているのも確かで、このまま生き続けることができれば、ビヨンド域での生き方を構築できる数少ない人間の一人になれるのかもしれない。
そんな分かったような、分からないような、中途半端とは言いつつも腑に落ちた結論を得て、サムの矢玉にできるものと、ネズミに売れるものがないかの品定めをしながら、周辺を探索し始めた。
#創作大賞2026 #エンタメ原作部門
※ここで創作大賞の規程5万字に到達したので、応募対象はここまでです。キリが良くなるまで続行します。(続きは私が描きたい分の物語です)
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