
歌姫 #1
あらすじ
SNSから火がついたシンガー『KASIMU』
今や日本中で知らない者がいないほどの人気を博し、頂点へと駆け上がっている。
そんな彼女、大原璃子は大学生活との二重生活を送っていた。
普段の彼女は地味で、誰もその正体に気が付くことはない。
そんな璃子にはあまり大きな声では言えない秘密があった。
少女の姿が見える。
大原璃子にしか見えない少女。
少女は何をするでもなく、ただ璃子のことを見ている。
近づくこともできない、話すことなどできようはずもない存在にどこか安らぎを感じている自分がいる。
幽霊か、幻覚か、その正体が一体何なのか分からない。
夢の大舞台で歌うその時、
璃子の心にあるのは、怒り、悲しみ、安らぎ、喜び。
少女は何故、そこにいるのか。
細かな空気の揺らぎが幾重にも重なりあって圧力となり、まるでひりひりと肌を焼いているようだ。
焼かれているはずの肌には鳥肌が立っている。
寒いわけじゃない。
温度で言えばむしろ生温いくらいの空気が流れていて、それは人間の生み出す熱によるものに他ならない。
小さな細胞一つ一つが生命を形作るように、まさに今、一個の生命体のように人々がこの場に集まっているのだ。
その生命体は私を求めている。必要としている。
私は餌。彼らは私の生み出すものを取り込んで力にする為にここにいる。
私は供物。彼らは偶像を求めている。
私は目を閉じて、人いきれを吸い込んだ。
この瞬間はいつも同じ。大きく息を吐く。
緊張?
そんなものはない。
高揚?
そんなものもない。
私にあるのは、
ただ、ひとつだけ。
照明が落ちた。
刹那の動揺と騒めき、興奮と期待。
空気が更に震えだす。
あたりは真っ暗。
だけど確かに命がそこにあって、ひしめき合っている。
暗闇の中で獲物を狙うように意識が打ち出される。もしそれを目にすることが出来るなら、それらはまるで光線のように空間を奔り、やがて重なり束となり、強い輝きを放つことだろう。
これから私はその真っただ中に立つ。
光線の束を一身に受け、そこに生み出される熱を取り込んで輝く。
一歩、また一歩と階段を上がる。足元の金属音がリズムを刻んで響く。
まるで儀式のような静謐さと空気を切り裂くように。
スタッフが小さなライトを回して誘導する。
私は所定の位置に立って、大きく深呼吸をした。
直後、音が流れ出した。
歓声が上がり、空気が震える。
足元の床がゆっくりとせり上がり始めると、徐々に歓声が近づいてくる。
頭上では色のついた光がオーロラのように重なり揺れている。
私は大きく息を吸い込んで、音に合わせて声を吐き出した。
さざ波のような小さな光のうねりが、一気に激しく津波のように動き出す。
床のせり上がりが止まると、一歩、足を踏み出した。
たくさんの人が周囲にひしめき合い、私を見ている。
憧憬、羨望、陶酔、慕情、あちこちから様々な感情が生み出され、音と共に空間を奔る。
最前列の人々の壁、熱狂する壁、今にも岩礁を越えんとする波の様な熱。
命の蠢きが私の周囲を取り囲んで揺れている。
その手前に誰かがぽつんと立っている。
一人の少女。
何をするでもなく、彼女は私の方をじっと見て、ただ立っている。
私は少女の目を見つめ、小さく
微笑った。