
歌姫 #2
大原璃子には少女の姿が見えている。
自分にしか見えていない少女。
彼女の服装はデニムのオーバーオールに黄色と白のボーダーの長袖、そして黄色いスニーカー。少し茶色かかった髪を左右で三つ編みにしている。
とてもかわいらしい上品な印象のある少女。
年齢は十歳といったところである。
少女が見えるようになったのは小学生の頃だった。
彼女は何をしてくるでもなく、ただ立って璃子を見ている。
その姿が常に見えているわけではないが、それでもふと気が付くとそこにいる。
授業中、帰り道、部活中、デート、どんな瞬間であっても視界にその姿が映りこんできた。
だけど、近付こうとしてみても、瞬きのほんの一瞬で距離を置いた場所へと移っている。目を離さないようにしていても、ある瞬間にその姿は消えている。人間の知覚は現実とコンマ五秒のタイムラグがあるというが、その一瞬の隙間に移動しているのかも知れない。
璃子はどうやっても少女に近づくことが出来なかった。
少女の存在はあまりにも異質だった。
でも、璃子は少女を毛嫌いすることは無かった。
一般的に考えたなら、その正体が幽霊や物の怪、または幻覚、なんならただの勘違いであったとしても、それを嫌だと感じる者の方が多いだろう。不安に思うだろう。
例えばその姿が愛らしいぬいぐるみのようなものであったとしても、心持ち次第で時に忌まわしく思う瞬間もあるだろう。
しかし、璃子はどんな時でもその少女を邪険にすることは無かった。
特別何か異変が起こるということもない。
ただ見えている。
それだけなら然程の問題ではないんじゃないか。
色々と考えた結果、その結論に至った。
ある時、大学の同級生に少女の話をしまったことがあった。
「何か悪いことの予兆なんじゃないの?」
口元に手を当て、周囲を気にしながら時田香夏子は大きな声にならないよう慎重にしながら、その実、好奇心に火が付いただけの素振りを隠しつつ滲ませつつそう言った。
つい口を滑らせてしまったことを璃子は少し後悔した。
大学のカフェスペースでのことである。
神妙な顔を近づけてきた香夏子は、自分の叔父の話をした。
「前に叔父さんがね、新居のマンションで知らない少年を見かけるようになったんだって。でも近所の子でもないみたいなの。学校に行っているはずの時間とか、夜遅くとか、変な時間に見かけるんだってさ」
それが、と香夏子は少し神妙な顔をする。
「何だか様子もおかしな子で、遊んでるとかの雰囲気でもなくて、ただちょくちょく見かける。だから叔父さんも妙に不安になって実家に戻ったんだって」
「それで?」
その叔父さんはどうしたのだろう。
それは気になった。
「そしたらそのマンションでボヤ騒ぎが起きたの! 幸いケガ人とかは出なかったみたいなんだけど、そのボヤの出た場所。叔父さんの部屋の隣だったんだって」
きっと悪いことを知らせているのよ、と香夏子は言った。
「そう……」
それは単なる偶然じゃないのかと璃子は思った。
同じように少女が見えているという立場上、その叔父が見たという少年のことを否定する気はないのだけれど、それとボヤ騒ぎはあまりにこじつけの感が否めない。
でも、そのことに疑問を呈したとて確証がある訳でもないし、話が無駄に長引きそうなのでやめた。
そもそも、少女の姿が見えるようになってもう十年になる。
何か起こるというならとっくに起きていてもおかしくないだけの時間が過ぎている。その何かが起きるのが未来、つまりこれからだとして、それは一体何年後の話だろう?
そのスパンでお告げだ、宣託だと言われたところで何をどう対処すべきかも分からないし、そうなってしまえば、それは日々繰り返されている日常生活に潜む危険への対処と何の違いがあるのだろうか。
すると、香夏子は流行りの霊媒師の話をし出した。
「最近話題になってる霊媒師知ってる? SNSなんかでも話題の、なんて言ったっけな? アラヤとかアリヤとかとか、そんな名前の人!」
香夏子の話によると、何でも彼女の友人が視てもらったところ、まぁ色々と内容が当たるのだそうだ。
家族構成やら体の悪いところ、最近の恋愛事情まで多岐にわたり、最後には今付き合っている男とは相性が良くないと告げられ、その友人はそれを理由に別れたのだという。
占いが理由というより元々不満が募っていただけではないだろうか、何かに背中を押してもらいたい瞬間というのはあるのだろう。それをしたのが、たまたまその霊媒師だったというだけのことのような気がする。
正直なんでもいいのだけれど、せめて除霊なのか占いなのかはっきりして欲しいものだ、と呆れたところに三人の女子生徒が近づいてきた。
ミスキャンパスの呼び声も高い高瀬早知、彼女を筆頭に取り巻きの森下、そして河野だった。