
歌姫 #3
高瀬早知。
璃子はこの同級生が得意ではなかった。
彼女の人当たりは悪くない、むしろ良い方だろうと思う。
逆に言えば誰にでもいい顔をしている。
綺麗ごとや正論を振りかざし、自分は正しいという自信に満ちている。
だからこそ、高瀬は己の意見を曲げることがない。
他者に寄り添うことがないように見える。
人には誰しも得手不得手がある。
それは本人もしくは親しいものにしか解り得ない要素だ。
人生はそれぞれ違い、当然過ごしてきた時間や内容が異なる。
だから誰にだって違いがあって当然だ。
自分にできることが誰かにはできなくて、誰かのできることが自分にはできない。
大なり小なりそういうものはいくらでもある。
だからこそ、自分のできないことのできる他者、つまり己以外の全ての人には必ずその可能性があり得る。
それ故に他者には常に敬意を払うべきだと璃子は考えている。
だが、高瀬の考え方はそうではないのだろう。
物事を自分の価値観を尺度にしてものを言う。
器用なのだろう。様々な技術や知識もあるのだろう。それだけならば素晴らしいことだ。
しかし、それを尺度にし、できない者を努力不足、実力不足と断じる。
そして他者を見下し己のプライドを保つ。
こんなことも知らないのね?
そんなことも出来ないのね?
私は努力してきたのだから、あなた達もやればいいだけのことでしょう?
そうやって悦に入る。
その態度が一律誰にでもというのであればまだいい。一貫性がある。
でも彼女は人を選ぶ。格上だと判断すれば媚びる。
その様はあまりに露骨で、気づいていない者はいないのではないだろうか。
たまに誰かを褒めた時でさえ、褒めている自分は素晴らしいでしょうとでも言わんばかりだ。
それを口にするのが褒めている当人の前では無いことがそれを証明している。
褒めるならばその本人を褒めればいい。
何もほかの誰かに言う必要もない。
当人にそのまま伝えてやればさぞ喜ぶことだろう。
でもそれはしない。
つまりそれは第三者に対する自己アピールに過ぎないのだ。
高瀬早知のそういうところが璃子は苦手だった。
その時も腰巾着の森下と河野を連れていた。
森下が耳ざとく香夏子の言葉に反応する。
「あ、それ知ってる、この霊能者でしょう。西國阿璃椰」
彼女はSNSの画面を向けてきた。スマホの画面には霊媒師というにはやや地味な女性の姿があった。
どうやら霊媒師は西國阿璃椰というらしい。
正直もっと豪奢な巫女姿のようなものとか、修験者のようなものを想像していたが、水晶か何かのアクセサリーを付けているものの案外とさっぱりしたベージュのスーツ姿の女性だった。
年齢もそれほど上のようには見えない。
「私も知ってる、話題だよね」
河野も同調すると、満を持して高瀬早知の出番である。
「おやめなさいよ、占いなどバーナム効果によるものよ。だから、そんなの当てにしちゃだめ」
「バーナム効果?」
「あら、知らないの? バーナム効果というのはね――」
バーナム効果とは、誰にでも当てはまる曖昧かつ一般的な内容を自分のことだと感じてしまう心理作用のことで、占いの文面を見れば大抵のものはそういう風にできている。
あなたには短所があるがそれを克服しようとしている、とか、
あなたは規律正しく自制的だが時々不安になったり心配したりすることがある、などだ。
誰にでも思い当たるようなものだけど、そこに自分のことだと感じさせる要素が加わると人は当たったと錯覚しやすくなる。
例えばそれは血液型であったり、誕生星座のようなものだ。
そして少しでも当たっていると感じた時、そこに確証バイアスが生まれる。
確証バイアスとは、自分に都合の良い情報だけを取り入れる偏った見方のことを言う。
つまりは決めつけ。
そうなってしまうと、この占いは当たると信じ込んでしまう。
「誰にでも当てはまる内容を、まるで対象にのみ向けたもののように錯覚させて、当たったのだと信じ込ませる。それが占いというものの仕組みよ。それでも救われる人もいるのだから構わないけれどね」
そう高瀬は結んだ。
多少でも心理学をかじれば知れる内容を、延々語られ腕時計を見た。
確証バイアスまで語るのであれば、もっと自分自身を分析すべきじゃないだろうかと璃子は思った。
「そうなんだ、すごーい」
香夏子はそんな風に感心していた。それが本心かどうか別にして璃子などより社交性は余程高い。
そもそも璃子はコミュ障なのである。他者との関わり合いなど\億劫《おっくう》で避けているのだから。
「大塚さんは大人しいから、そういうのは気を付けないといつか騙されるわよ」
高瀬がそう言って哂った。
「えぇ……」
ただ一言だけ答えた璃子は、高瀬の後方に立つ少女の姿しか見ていなかった。
璃子は普段、地味な服装を選びがちだった。
元々裕福な家の生まれでもないから、自分の服は誰かのお下がりや貰い物が多い。
璃子自身もデザインなどより機能性を重視するところがあったから、バイトなどである程度自由にできるお金があったとしても、そういうものには手を出さず、本当に欲しいものだけ手に入れるところがあった。
この時も黒縁の眼鏡で無彩色のトレーナーとジーンズ。
飾りっ気もなく、男受けもしない。
存在感が薄いと言われるタイプの人種であることを璃子自身も自覚している。でも、それは自分がそうしたいからしているのであって出来ないというのとは違う。
「世間では自分の意見を言わないことが慎ましやかだとか、日本人らしい空気を大切にする心だとか、まるで美徳のように言われるけど、自分の意見を言わないでいると流されるまま間違いが真実になってしまうわ。もっと自分を出していくべきよ。大塚さんもお化粧とかオシャレしたらきっと可愛いよ。私がメイク教えましょうか。お肌も綺麗なんだしもったいないわ」
高瀬がぐっと顔を近づける。
「私の服あげようか、着ないのも沢山あるから。要らないっていうのにパパとか知り合いがくれるの、捨てるのももったいないし、きっと大塚さんに似合うわよ」
嬉々として高瀬はそう言ったが、言葉通りでないことくらい誰にだってわかる。
すると、後ろから高瀬を呼ぶ男子学生の声がした。
高瀬はその声の方に手を挙げると、それじゃあまたと取り巻きを連れて立ち去った。
璃子は小さく溜息をついた。
高瀬の後方に立っていた少女はそのままの姿で璃子を見ている。
その姿を見て口元だけ小さく微笑む。
もし高瀬にも少女の姿が見えていたなら、彼女は一体どう説明するのか見ものだと思った。
少女は大抵の場合、璃子が苦しい時、辛い時、悩んでいる時、気分が落ち込んだ時などに現れる。
その姿を見ることで気分が和らいだ。
どんな嫌な気分になっても少女のお陰で立ち直ることが出来た。
だから、香夏子の言うように除霊などする気は微塵もない。
高瀬のつまらない言葉で濁りかけた気持ちが少しだけ和らいだ。
今の璃子にとって少女の存在は癒しであり、無くてはならないものになっていた。