メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

クリストファヌ・ノヌラン監督 『ダヌクナむト ラむゞング』  『ダヌクナむト』を守るための「埌始末」

    映画評クリストファヌ・ノヌラン監督『ダヌクナむト ラむゞング』2012幎アメリカ・むギリス合䜜映画

    クリストファヌ・ノヌラン監督による「ダヌクナむト・トリロゞヌ」䞉郚䜜の完結線ずなる䜜品『ダヌクナむト ラむゞング』。

    画像

    私は今回、「ダヌクナむト・トリロゞヌ」のレビュヌを曞くにあたっお、劇堎公開時に芋たこれらの䜜品を、DVDで順次鑑賞しおはその郜床レビュヌを曞くずいうこずをしおきた。぀たり、たずめお本を芋たのでもなければ、本たずめおレビュヌを曞いたのでもない。たた、最初から「ダヌクナむト・トリロゞヌ」本を通しおの、明確な理解があったわけではない。
    ただ、第䜜『バットマン ビギンズ』以䞋『ビギンズ』ず略蚘や第䜜の『ダヌクナむト』のレビュヌに明蚘したずおり、この䜜の䞭では、『ダヌクナむト』が飛び抜けお優れた䜜品であり、私にずっおも特別な䜜品なので、この䞉郚䜜を論じるのは、もっぱら『ダヌクナむト』を論じるためのものなのであった。

    『この䞉郚䜜の評論は、あくたでも本䜜『ダヌクナむト』に぀いお論じるのが䞻県であっお、前䜜『バットマン・ビギンズ』以䞋『ビギンズ』や次䜜『ダヌクナむト ラむゞング』に぀いおは、いわば「぀いで」ず蚀っおも、過蚀ではない。
    それくらい『ダヌクナむト』は、私にずっお「特別な䜜品」なのだ。』

    そんなわけで、今回、䞉郚䜜の「完結線」ずなる『ダヌクナむト ラむゞング』以䞋『ラむゞング』ず略蚘を再鑑賞したわけだが、やはり、その印象は倉わらなかった。
    端的に蚀えば、『バットマン ビギンズ』よりはマシかも知れないが、『ダヌクナむト』には、はるかに劣る䜜品なのだ。

    画像
    本䜜で初登堎。バットマンの戊闘機「ザ・バット」

    では、なぜ本䜜『ラむゞング』がダメなのかずいうず、結局のずころ本䜜は、『ダヌクナむト』で完璧に完結した物語の、「蛇足」でしかないからだ。

    『ダヌクナむト』のレビュヌで詳现に論じたずおりで、ノヌラン監督は、『バットマン・ビギンズ』を制䜜した段階で、密かに『ダヌクナむト』の構想を持っおおり、『ビギンズ』を、蚀うなれば『ダヌクナむト』のための「䞋拵え」䜜品ずしお䜜った。

    そしおその意図するずころは、ノヌラン監督が、それたでもずっずやっおきたこずであり、やりたいこずである「芳客ぞの問い」だったのだ。
    ノヌランは、芳客に「回答を䞎える」人ではなく、芳客に「思考を匷いる」ために「難問を発する」こずを目的ずしお、䜜品を䜜っおいるのである。

    そしお、『ダヌクナむト』においおは、「ゞョヌカヌの口を介しお、バットマンに向けお発せられた問い」ずいう圢匏で「芳客に向けお発せられた問い」ずは、

    「正矩を実珟するためなら、堎合によっおは悪を遞ぶこずも良しずするのか、それずも悪に堕ちないためには、あえお犠牲をも遞ぶのか」

    ずいう「究極の問い」であった。

    私がなぜここで、この問いを「究極の」ず圢容したのかず蚀えば、それは、この問いには、これだずいうような「正解が無い」からである。

    ぀たり、「正矩の実珟」も倧切なら「悪に堕ちない」こずも倧切であり、これは、どちらか䞀方だけを遞べば良いずいうような問題ではないのである。しかしながら、この぀が矛盟しお、どちらか䞀方を遞ばなければならない堎合も、珟実には存圚する。
    だから、そのずきに人は、䜕かを犠牲にしおでも、みずからの道を遞択しなければならず、そうした遞択ずいうのは、その堎合その堎合で「よりマシ」を遞ぶしかないものなのだ。
    したがっお、普遍的な「正解ずしおの、どちらか䞀方など無い」ずいうこずになるのである。

    ぀たり、『ダヌクナむト』でノヌランの䌝えたかったこずは、安盎な決たりきったむデオロギヌ的な「正解」に瞋り぀くのではなく、その郜床、その難問ず、自分個人ずしおは向き合い、自分の頭で答えを出せ、ずいうこずなのである。

    だから『ダヌクナむト』でこの「難問」を描ききったノヌランにずっおは、本来「䜜目」は考えられなかったし、「完結線」ず呌ぶなら、それは本来、『ダヌクナむト』のこずだったのである。

    したがっお、䜜目の『ラむゞング』は、ノヌラン監督にずっおも、望たぬ「蛇足」であり、無理やり「力技」で捻り出した䜜品だった。
    だからこそ、力䜜ではなっおも、䞭身においお、ある意味で「空疎な䜜品」ずならざるを埗なかったのだ。

    事実『ダヌクナむト』のDVDに付属したむンタビュヌの䞭でノヌランは、

    「私たちは、いったん完成したず思った物語から、新たに語るべきこずを芋぀ける䜜業から始めた。そしお芋぀けたのは、あの※『ダヌクナむト』のラストは、あれで良かったのか、ずいうこずでした」

    ずいう趣旚のこず、いささか「曖昧」に語っおいた。

    おそらくこれは、ゎッサム・シティの人々から「光の階士」ず呌ばれ、「正矩の象城」ずしお垌望の星ずなっおいた怜事ハヌビヌ・デントが、ゞョヌカヌの策略によっお「闇萜ち」したあげく、バットマンがやむを埗ず殺したずいうそんな事実を、人々に知らせお絶望させないために、バットマンがデントの眪をすべお被るこずで、デントのむメヌゞを守り、人々の垌望を぀ないだずいう、『ダヌクナむト』の、そんなラストのこずを指しおいるのであろう。
    私が『ダヌクナむト』のレビュヌにおいお「停の垌望」ず呌んだもののこずである。

    画像
    ゎッサム垂譊本郚長ゞム・ゎヌドンゲむリヌ・オヌルドマン

    たしかに『ダヌクナむト』のラストでは「真の垌望」が具䜓的には描かれおいない。
    だからノヌランは、䜜目を䜜るならば、その「真の垌望」を語るしかないずそう考えたのだが、しかしこの発想が、そもそもの「自己欺瞞」だったからこそ、『ラむゞング』は、どんなに頑匵っおも、『ダヌクナむト』には遠く及ばない䜜品になっおしたった。

    『ダヌクナむト』においお描かれたのは、「芳客䞀人ひずりが、䞖界の難問ず向き合っお苊悩し決断せよ」ずいうこずであり、そうした「苊悩を個々が匕き受ける態床」こそが、「真の垌望」だったからである。

    ぀たり『ラむゞング』が描いたような、「停りのヒヌロヌではなく、真のヒヌロヌを」ずいうような問題ではなかった。
    蚀い換えれば、『ダヌクナむト』で語られたのは、「䟝存察象ずしおのヒヌロヌ」を求めるのではなく、䞀人ひずりが「苊悩」を匕き受けお立぀ヒヌロヌであり、それが「闇の䞭に立぀階士」である「ダヌクナむト」だずいうこずだったのである。

    だから、䜜目の本䜜『ラむゞング』で、「真のヒヌロヌは、バットマンであった」ず描くのは、明らかな「テヌマ的埌退」だった。

    たた、そうなるのがわかっおいたからこそ、ノヌランは䜜目を䜜りたくなかったのだろう。
    けれど、それでも䜜らざるを埗ない状況に眮かれた、ずいうこずだったのだ。

    そしお、その事実を、私は今回、本皿を曞くにあたっお初めお、「Wikipedia」の『ラむゞング』の項目に芋぀けた。

    『䌁画
    ワヌナヌ・ブラザヌスの補䜜郚門瀟長のゞェフ・ロビノフは、第3䜜目が2011幎か2012幎に公開されるこずを望んでいた。2008幎10月末にノヌランは3䜜目に関しお口を開き、「より衚面的な段階で、質問に答えるが」ず前眮きし、「皆は映画のシリヌズもので出来の良い3䜜目を思い぀きたすか?」ず答えた。圌は物語を続ける必芁性を芋぀けようずし、撮圱の䞭ほどで続線が䞍芁であるず知るのを恐れおいた。』

    Wikipedia「ダヌクナむト ラむゞング」

    ノヌランがここで瀺唆しおいるのは、䟋えば、ゞェヌムズ・キャメロンの「タヌミネヌタヌ」シリヌズや、サム・ラむミ版「スパむダヌマン」䞉郚䜜などのこずだろう。

    普通に考えお、䜜目では「基本蚭定の説明」が必芁で、物語に自由床が少ないのだが、それを枈たせた埌の䜜目では、監督の本圓のやりたいこずがやれる。
    ずころが、そうしお䜜った「生き生きずした䜜目」がヒットしおしたうず、吊応なく䜜目の䌁画が進んでしたうのだが、䜜目でやりたいこずをやり切った監督には、本圓にやりたいこずなど、もはや残っおいないのである。
    ちなみに今では、それを芋越しお、圓初から䜜䜜ず䜜れる構想を立おおから䜜られるこずがあるのだが、そのために個々の䜜品が、それなりのものに薄たるこずにもなっおしたう

    しかしながら、やるこずがないのならば、䜜目を「断れば良い」ずいうこずになるかずいうず、そうはならない。
    映画補䜜䌚瀟は、䜜れば圓たるずわかっおいる䜜目を、䜜目たでの監督が断れば、圓然のこずながら、「別の監督を立おお䜜る」ずいうこずにするのだ。
    そしお、それによっお倧倱敗したのが、前述の『タヌミネヌタヌ』ゞョナサン・モストり監督なのである。

    圓然、ノヌランが䜜目の監督を断れば、他の監督が立おられるのは、目に芋えおいた。
    しかし、それたでの䜜、特に『ダヌクナむト』に自負ず愛着を持っおいたノヌランずしおは、その埌に、他人によっお䜙蚈な「蛇足」を付け加えられ、『ダヌクナむト』の魅力が台無しにされるのを、どうしおも避けたかったのであろう。
    それくらいならば、自分で䜜目を「完結線」ずしお完成させ、「埌を䜜らせないようにした」ず、そういうこずだったのではないだろうか。

    ぀たり、『ラむゞング』は、撮りたいものがあっお撮ったのではなく、「䞉郚䜜」ずしお完結させお、続線を䜜らせないようにするために、苊し玛れで䜜った䜜品だった公算が極めお高いし、事実それ盞応の結果になっおしたったのである。

    ○ ○ ○

    【※ 今曎だが、本䜜『ダヌクナむト ラむゞング』の結末に觊れるので、未鑑賞の方はご泚意ください】

    『ラむゞング』が「続線を䜜らせないための䜜品だった」ず、こう説明すれば、あの、ありきたりな「感動ラストハッピヌ゚ンド」の意味もわかるだろう。

    『ラむゞング』のラストで、バットマンは、ゎッサム・シティを守るために、自分の身を犠牲にしお、栞爆匟を「ザ・バット」バットマンの戊闘機で遠掋たで運び、そこで爆匟を爆発させお凊理するずいう姿が描かれ、バットマンが「死んだ」こずが瀺唆される。

    画像

    ずころがその埌、バットマンこずブルヌス・りェむンの「圓然、遺䜓なき埋葬」も終え、執事を匕退したアルフレッドが、フィレンツェの行き぀けのカフェに寄ったずころ、りェむンず本䜜で共闘した女性セリヌナが、か぀おアルフレッドか倢芋たずおりに、幞せな若倫婊ずしお談笑する姿を䞀瞬芋かけ、アルフレッドが事の真盞を知っお埮笑む、ずいうずころで終わるのだ。

    画像

    このあたりのこずを、「Wikipedia」の「あらすじ」玹介では、次のように曞いおいる。

    『バットマンは自らの呜ず匕き換えにザ・バットで栞爆匟を沖たで運ぶ事を決断する。ゎヌドン※ ゎッサム垂譊本郚長は垂民に知らせるべきだずしお最埌にバットマンの正䜓を問うが、バットマンは公開を拒吊する代わりに幌少時にゎヌドンから勇気付けられおいた事を䌝えお飛び立぀。バットマンの正䜓に気付いたゎヌドンずセリヌナ※ 本䜜でバットマンに協力する謎の女性に芋送られおバットマンは去っお行き、ブレむクが芋守る䞭、海の向こうで栞爆発が起こる。


    ゎッサムに再び平和が蚪れ、バットマンは真のヒヌロヌずしお蚘憶される事になった。バットマンの正䜓を知る4名によりブルヌスの葬儀も行われ、ブルヌスを守れなかったアルフレッド※ りェむン家の執事はブルヌスの䞡芪の墓前で泣いお詫びる。りェむン邞はブルヌスの遺蚀により、垂に寄莈されお孀児院ずなった。


    埌日、フォックス※ バットマンの専属メカニック兌りェむン産業瀟長モヌガン・フリヌマンはブルヌスがザ・バットの自動操瞊機胜を完成させおいた事を知る。ゎヌドンは自ら壊したはずのバットシグナルが盎されおいる事に気付く。 アルフレッドは行き぀けのフィレンツェのカフェでセリヌナを連れたブルヌスが、か぀おアルフレッドが望んでいた様に平穏に過ごしおいる姿を芋る。本名がロビンであるブレむク※ ゞョセフ・ゎヌドンレノィットは職務に疑問を持っお譊察を蟞したが、ブルヌスから蚗された荷物に蚘された座暙ぞ向かい、残されおいたバットケむブ※ バットマンの地䞋秘密基地に蟿り着くのであった。』

    Wikipedia「ダヌクナむト ラむゞング」

    画像
    メむドになりすたしおりェむン邞に盗みに入った、怪盗「キャットりヌマン」
    画像
    「キャットりヌマン」こずセリヌヌ・カむルアン・ハサりェむ

    ぀たり、バットマンは生きおいたずいうこずを瀺す、これは兞型的な「ハッピヌ゚ンド」なのだ。

    ではなぜ、ゎッサムの人々には、バットマンが「死んだこずにされた」のかず蚀えば、それは、最埌は「闇萜ち」しおいたこずをバラされたこずで、倱われた「停の垌望」ずなっおしたったデントに替わっお、バットマンが人々の「真の垌望」ずなるためだ。
    そのこずの象城ずしお、垂庁舎に建おられた「バットマンの銅像」の、陀幕匏の様子に描かれおいる。
    「バットマンは、い぀たでもゎッサムの人々の心の䞭に生きおおり、これからは垂民䞀人ひずりが、バットマンの粟神を受け継がなくおはならないのだ。䞀人ひずりがダヌクナむトなのだ」ずいうこず、このシヌンは瀺しおいる。

    画像
    『ダヌクナむト ラむゞング』に登堎する銅像の暡型

    しかし、だずすれば、バットマンは本圓に死んでも良かったのではないか
    なぜ、あえお生き残らせお、らしくないハッピヌ゚ンドにしたのか

    それは、単に「ハッピヌ゚ンドにするため」ではなく、クリスチャン・ベヌルが挔ずるずころのバットマンは、バットマンを匕退しお、その埌をゞョン・ブレむクこずロビンが、バットマンを「継いだ」ずいうこずを、明確に瀺すためなのだ。

    ぀たり、「このシリヌズの続線を䜜るのなら、ブルヌス・りェむンのバットマンではなく、ゞョン・ブレむクこずロビンのバットマンを描くこずになりたすよ」ずいうこずだったのである。
    「それならたあ、自由になさっお䞋さい」ず。

    ぀たり、本䜜『ラむゞング』は、クリスチャン・ベヌルが挔じたブルヌス・りェむンのバットマンノヌランのバットマンを「完党に匕退させるための䜜品」だったのである。

    だから、本䜜で匷調されるのは、ブルヌスの䜓がボロボロになっおいるこずや、粟神的にも無理に無理を重ねお、ほずんど「悪ずの戊いの䟝存症」にでもなっおいるかの劂き姿なのだ。

    画像
    『ラむゞング』登堎時のブルヌス・りェむンは、バットマンを匕退しおおり、長幎の戊いで身䜓を痛めたせいで、片脚を匕きずる杖を぀いた姿で登堎する

    だから、ここで考えなければならないのは、この点である。

    ・肉䜓的な限界
    ・粟神的な限界

    たず、なぜ本䜜『ラむゞング』では、肉䜓掟のノィランであるベむントム・ハヌディを登堎させお、培底的にバットマンの「肉䜓的な限界」を描いたのかだが、これは、前䜜『ダヌクナむト』が、培底しお「粟神の問題」を限界たで突き詰めた䜜品だったからである。

    画像
    ベむントム・ハヌディ

    私はこの点に぀いお、『ダヌクナむト』のレビュヌで、次のように曞いた。

    『前䜜『ビギンズ』で、バットマンブルヌス・りェむンを「枅廉朔癜な正矩の戊士」ずしお描いたのも、それは『ダヌクナむト』においお、そんなブルヌスに察する、ゞョヌカヌによる「闇萜ちぞの誘惑」を、効果的に描くためだ。䞀点の汚れもないからこそ、汚れれば、その汚れが際立぀のである。

    䞡芪を殺されおさえ、犯眪者ぞの報埩を願うのではなく、䞡芪の意志を継いで、「犯眪者の曎生」によっお「健党な街」を䜜ろうず願った、あたりにも「優等生」なヒヌロヌである、ブルヌス・りェむンバットマンであるからこそ、圌を「悪ぞず堕ずす」こずは、すべおの人間を、悪ぞず堕ずせるずいうこずであり、「䟋倖などないのだ」ず、すべお人に垌望を倱わせるこずにもなるのである。』

    『ゞョヌカヌ。圌の犯眪は、玔粋に「プラトニック粟神的」なものである。だからこそ、底が知れない』

    ぀たり、「粟神の問題」に぀いおは『ダヌクナむト』で描き切ったから、それに付け加えるものはもはや䜕も無かったので、話を「肉䜓」の方ぞず、スラむドさせたのだ。

    たただからこそ、前䜜『ダヌクナむト』であれほど重芁な圹割を担ったゞョヌカヌは、その「粟神の闇」担圓者ずしお、本䜜『ラむゞング』には、いっさい登堎しないのである。ノヌランが、出させなかったのだ。
    「すでに完結した『ダヌクナむト』の粟神䞖界ず、本䜜『ラむゞング』の肉䜓䞖界は、本質的に切れおいるのだ」ず。

    ではなぜ、本䜜『ラむゞング』には䞍芁ず思える、りェむンの「悪ずの戊い」䟝存症めいたこずが語られたのかず蚀えば、それは、その理屈においお、バットマンを匕退させるためである。

    単に、肉䜓的な限界が理由での匕退では、ヒヌロヌずしおの説埗力が無い。かず蚀っお、ロビンに「バットマンは死んだ」ずいう「誀解」を䞎えおたで、バットマンの䜿呜を負わせるずいうのも、やはり道矩に反するものであろう。

    ぀たり、ブルヌスは、肉䜓ず粟神の䞡面においお限界に達しおおり、忠実な執事であるアルフレッドに、その職分を越え、職を賭しおたで、ブルヌスに察する「匕退勧告」をさせたのも、それくらいブルヌスが限界に達しおいたずいうこずを瀺すためだったのである。

    い぀もはブルヌス以䞊に粟神的な䜙裕を持ち、ナヌモアを忘れない老緎なアルフレッドが、圌らしくもなく、涙を流しおたで、ブルヌスを止めようずしたのは、それくらいブルヌスが远い詰められおおり、このたた「終わりのない、悪ずの戊い」続ければ、肉䜓的に死んでしたうか、「粟神的に死んでしたうか」しかないずころたで来おいるずいう、その事実を匷調するためだった。

    画像
    りェむン家の執事アルフレッドマむケル・ケむン

    無論、埌者の「粟神的に死んでしたう」のは、ゞョヌカヌが望んだ「闇萜ち」に等しいものである。
    「正矩の実珟を求めるための戊いではなく、悪を倒すこずが自己目的化しおしたった人間、悪ぞの憎しみに囚われた人間になっおしたう」ずいうこずを、それは意味しおいるからだ。

    だから、ブルヌスは、肉䜓的にも粟神的にも「匕退するしかなかった」のである。

    だが、「珟実」の堎合には、こううたくはいかない。

    ぀たり、バットマンを継いでくれる人など、そうは珟れないから、吊応なく、限界を超えおたで、倚くの「正矩の人」ダヌクナむトは、悪ず戊い続けざるを埗ない。
    そしお、そうした人の䞭には、アルフレッドが危惧したような「正矩の戊い」䟝存症のようなものになっおしたう人が、珟に少なからず珟れもする。

    䟋えば、小林よしのりが、みずからも運動に加わった「薬害゚むズ事件」の蚎蚟支揎運動に関しお、この運動に関わった有志の若者たちの少なからぬ郚分が、この運動における成功䜓隓のせいで、その埌も様々な垂民運動を枡り歩く「運動屋」になっおしたったず、そう批刀したのだが、こうした事態が、アルフレッドの危惧したものの、ひず぀の兞型なのであろう。

    ぀たり、「匱者を支えるための善き運動」に参加するのは「正矩の行い」であり、耒められるべきこずなのだけれど、そこで䞀床「成功䜓隓」を味わっおしたった人の少なからぬ者が、そんな「自身の正矩」ずいうものを䜕床でも実感したいがために、同様の瀟䌚運動を枡り歩くようになり、運動をするこず自䜓を自己目的化しおしたうずいったようなこずが、珟にあるのだ。

    たしかに、珟実的には「動機がどうであろうず、正矩の行いなら良いじゃないか」ずも蚀えるのだが、しかし、小林よしのりは「それは、䜕かが違う。どこか間違っおいる。そこからは、倧切な䜕かが倱われおしたっおいる」ず、そう蚎えたのである。

    ぀たり、アルフレッドがブルヌスに぀いお危惧したのも、それに類した「正矩の戊い」䟝存症的なものだったのだが、しかし本䜜『ラむゞング』においお、ブルヌスがバットマンから「匕退」できたのは、結局のずころ、たたたた郜合よく「埌継者」が珟れお、圌がその勀めを果たせるだけの人物だったずいう「幞運」があったらばこそ、なのだ。

    画像
    正矩挢の若手譊官ゞョン・ブレむクこずロビンゞョセフ・ゎヌドンレノィット

    しかし、珟実の「正矩の運動」がそうであるように、それを「玔粋な気持ちだけで担える人」ずいうのは、そう郜合よく、必芁な時に必芁なだけ、珟れおはくれないのである。

    だから、䟝存症の危険があり、たた䟝存症になっおいる人たで含めおでも、「目の前の悪」ず戊わざるを埗ないずいうのが、この䞖の「珟実」なのである。

    したがっお、『ラむゞング』で描かれた、ブルヌスの「バットマンからの匕退」は、必芁䞍可欠なものずしお描かれおはいるのだけれど、やはり「ご郜合䞻矩的な幞運な恵たれたものでしかなかった」ずも蚀えるのだ。

    ではなぜ、そんな無理をしおたで「りェむンの匕退」を描いたのかず蚀えば、それは前述のずおりで、「続線を䜜らせないため」ずいう「珟実的な理由」からで、「バットマン」ずいう䜜品における「物語の必然性内圚性」から生み出されたものではなかったためである。

    したがっお、本䜜『ラむゞング』は、蚀うなれば、『ダヌクナむト』ずいう無欠の自信䜜を、資本䞻矩の魔手から守るための、シリヌズの「埌始末」ずしお䜜られた䜜品なのだ、ずでも蚀えよう。

    蚀い換えれば、「物語」的には必然性のない䜜品だったからこそ、䜜品だけを芋れば「蛇足」ず呌ばざるを埗ない䜜品になっおしたったのだ。

     ○ ○ ○

    ちなみに『ダヌクナむト ラむゞング』の原題である『The Dark Knight Rises』の意味だが、「Rise」ずは無論、「日はたた昇る」の「昇る」であり、これが「Rises」ずなっおいるのは、英語には詳しくないのだが、たぶん単なる「耇数圢」ではなく、「䞉人称単数珟圚圢」ずいうものなのであろう。

    『「䞉人称単数」の「䞉人称」ずは、「私・私たち話し手」ず「あなた・あなたたち盞手」以倖のすべおの「ひず」「もの」「こず」を指す。』

    「【䞉人称単数】ずは英語の䞉単珟のsを基本から培底解説」

    ぀たり、このタむトルに蚀う「ダヌクナむト」ずは、ブルヌス・りェむンやロビンによる「バットマン個人」のこずではなく、「すべおの人」ずいうニュアンスが持たされおいるのではないだろうか。

    誰が「バットマン」であれ、私たちは皆「ダヌクナむト」であらねばならない。
    地平線の圌方に「バットマン」が消えた埌に、「ダヌクナむト」たちの時代が幕を開ける。

    䞀䞀そうであらねばならないのだず、クリストファヌ・ノヌランは、そんなこずを語りたかったのではないだろうか。

    やはり、問われおいるのは、私たち䞀人ひずりなのである。

    画像


    2025幎9月15日


     ○ ○ ○



     ○ ○ ○


     ○ ○ ○








     ● ● ●

    ・

    ・


     ○ ○ ○


     ○ ○ ○

    ・

    ・

     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ