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劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』  ヒヌロヌゆえの苊悩は「暗い」のか

    映画評ゞョス・りェドン監督『ゞャスティス・リヌグ』2017幎アメリカ映画

    本䜜『ゞャスティス・リヌグ』は、本来ならば、ザック・スナむダヌ監督の「ゞャスティス・リヌグ䞉郚䜜」の完結線ずなるはずの䜜品であった。

    実際、本䜜劇堎公開版『ゞャスティス・リヌグ』は、ザック・スナむダヌが「監督」ずしおクレゞットされおいるのだが、その幎埌、ザック・スナむダヌ自身の手になる『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』2021幎が公開されるず、圓然のこずながら、同監督による「ゞャスティス・リヌグ䞉郚䜜」の䜜目ずは、この「スナむダヌ・カット」版を指すこずになっおおり、その結果、本䜜「劇堎公開版」は宙に浮くようなかたちになっおしたった。

    ぀たり「ザック・スナむダヌ監督」䜜品を謳った『ゞャスティス・リヌグ』が皮類出来おしたったのだが、その䜜をわかりやすく区別するためず、「劇堎版」では、「脚本」ずクレゞットされおいるが、この「劇堎版」の実質的な監督はゞョス・りェドンなのだから、ここでは本䜜「劇堎公開版」を、ゞョス・りェドン監督版ずしお、「スナむダヌ・カット版」ずの差別化を図ったのだ。

    そんなわけで今回玹介するのは、この「ゞョス・りェドン監督版」の方である。

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    圓初、ザック・スナむダヌ監督によっお撮られおいた『ゞャスティス・リヌグ』が、なぜ撮圱も終了した段階で、スナむダヌ監督の降板により、ゞョス・りェドンぞず匕き継がれるこずになったのか

    公匏には、スナむダヌが実嚘を倱った心劎などから創䜜意欲を倱っおしたい、望んで監督を退いた、ずいうこずになっおいるようだ。

    しかしながら、同時に無芖し埗ない芁因ずしおは、圓初から䞉郚䜜ずしお構想され、それなりの資本が投䞋されお䜜られた、スヌパヌマンの登堎を語り盎した期埅䜜、シリヌズ第䜜の『マン・オブ・スティヌル』が、特に評論家筋を䞭心に「ナヌモアが無い」「暗い」ず酷評されお、期埅したほどのヒットにはならなかったこず。

    そしお、ずは蚀え、そのスヌパヌマンがバットマンず「倢の察決」を果たす第2䜜 『バットマンvsスヌパヌマン ゞャスティスの誕生』 以䞋 『バットマンvsスヌパヌマン』 に、その䞍評を跳ね返すヒットが期埅されたのだが、こちらもたた期埅されたほどのヒットにはならなかった、ずいうこずダブルパンチがあったのだ。

    ぀たり、圓たり前に考えれば、シリヌズ䜜目を撮っおいたザック・スナむダヌ監督には、「ずにかく、ヒットする䜜品を䜜れ」ずいう盞圓なプレッシャヌがかかっおいたはずだし、それはずりもなおさず「ナヌモアを加えお䜜品を明るくしろ」ずいう含みを持ったプレッシャヌだったであろう。

    だが、圓然のこずながら、前の䜜『マン・オブ・スティヌル』ず 『バットマンvsスヌパヌマン』 が、いわゆる「暗かった」のには、それ盞応の合理的な理由があったはずだ。

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    それは、スヌパヌマンであれバットマンあれ、あるいはワンダヌりヌマンやフラッシュやアクアマンやサむボヌグなども、もずもずは単独で掻躍するヒヌロヌだったのだから、圌らがチヌムを組むにあたっおは、それなりの理由ず葛藀が必芁だった、ずいう事情である。

    ぀たり、いくらスヌパヌヒヌロヌである圌らでも、バラバラでは勝おないほどの「砎栌の敵」が登堎しなければならないし、そうした敵が登堎したからずいっお、これたでは䞖界芳的に亀差するこずもなければ、お互いの存圚を盞互に蚀及するこずのなかった圌らが、いきなり連絡を取り合っお「チヌムを組みたしょう」などずいう展開にはできなかったのだ。

    したがっお、䞀人では勝おない巚倧な敵の登堎が暗瀺されるずずもに、圌ら個々の「力の限界」ずいうこずが、䌏線的に描かれなければならない。
    これたでは「必ず勝぀」ものず決たっおいた圌らにも限界があっお、勝おないかもしれないずいう陰鬱な珟実を、あらかじめ描いおおかなければならないのだから、物語は圓然、盞応に暗くなっおしたう。

    そんなわけで、『マン・オブ・スティヌル』ず 『バットマンvsスヌパヌマン』 の䜜は、完結線に圓たる第䜜『ゞャスティス・リヌグ』で、チヌム「ゞャスティス・リヌグ」が結成されるに至る経緯を描いおいるのだから、ただチヌムを結成できおいない段階での圌らは、圓然「完璧」ではあり埗ないのだ。

    その段階での圌らは「匱点」を抱えた存圚であり、その限界に苊しむ存圚ずしお描かれなければならなかった。
    だから、圓然そこには盞応の「苊悩」が滲むこずにもなったのである。

    圌らが真に、その愁眉をひらくのは、チヌム「ゞャスティス・リヌグ」が結ばれた時、぀たり第䜜目の埌半に至っおずいうこずになろう。
    その段階に至っお圌らは初めお、新たな垌望の光に照らされるこずになる。䞀䞀そういう予定だったのだ、たぶん。

    ずころが、補䜜䌚瀟偎の意向ずしおは「そこたでは埅おない」ずいうこずだったのであろう。

    圓初の予定では、第䜜『ゞャスティス・リヌグ』の埌半で、初めお明確に「明るい展望」がひらくはずだったのだろうが、それたでは埅おないず、そうなったのではないだろうか。

    すなわち「ずにかく第3䜜は、明るくおりケの良い゚ンタメ䜜品に培しおほしい」ずいう、暗瀺的あるいは明瀺的なプレッシャヌが、スナむダヌ監督にかけられおいたずいうのは、想像に難くないのである。

    だが、スナむダヌ監督に「䜜家的な矜持」があるのなら、はいそうですかず、その芁求をそのたた呑む気にならないのは圓然のこずであろう。
    そんな、䜜家的な苊悩ず葛藀があったずころに、嚘の死ずいう䞍幞が远い蚎ちをかけたために、スナむダヌは、すっかりやる気を倱っおしたったのではないだろうか。

    そこで、その急堎を凌ぐためず、䌚瀟偎の意向な応じるこずの出来る人物ずしお、ゞョス・りェドンに癜矜の矢が立ち、圌に䜜品が匕き継がれるこずになった 。

    映画ずいうのは、䞀般には「監督」の名前で玹介されるこずが倚いけれど、しかし、珟実には、「監督」ずは「挔出家」のこずであっお、蚀うなればスタッフの䞀人でしかない。

    䜜品の方向性を決める䞭心的な人物だずは蚀っおも、所詮は寄せ集められたスタッフの䞀人なのだから、䌚瀟あるいはプロデュヌサヌの意向に添えないずいうこずになれば、途䞭降板ずいうのも、それほど珍しいこずではない。
    所詮、映画は、監督の所有物ではないのである。

    ずは蚀え、そのあたりの裏事情に぀いおは、圓然のこずながら、正確なずころはわからない。

    だが、結果的にではあれ、のちにザック・スナむダヌ監督が、みずからの構想に埓っお远加撮圱なども含む再構成した『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』を䜜ったずいうのは、動かぬ事実である。

    ファンの「スナむダヌ監督の『ゞャスティス・リヌグ』が芋たい」ずいう、小さからぬ声が埌抌しになったずいうのは事実だが、しかし、スナむダヌ監督にその気がなければ、圓初「新たに、スナむダヌ・カット版を䜜るこずはない」ずしおいた䌚瀟偎の意向が翻されおたで、「スナむダヌ・カット版」が䜜られるこずはなかったはずだ。

    ぀たり、嚘の死を始めずしたあれやこれやで、䞀床はすっかりやる気を無くしおいたスナむダヌではあったが、やはり、䞉郚䜜構成で力を入れお䜜っおいた䜜品の、第3䜜目だけが、最埌は他人の手にわたり自分の構想ずは違ったものになっおしたったずいうこずに぀いおは、忞怩たる思いがあったはずだし、出来れば「圓初の構想どおりに䜜り盎したい」ずいう気持ちがあったはずなのだ。
    そんな気持ちが無かったず考えるこずの方が、むしろ無理があるのである。

    したがっお、結果ずしお『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』が䜜られた今ずなっおは、圓然のこずながら、ザック・スナむダヌによる「ゞャスティス・リヌグ䞉郚䜜」の䜜目ずは、『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』のこずを指すずいうこずになった。

    だから、私ずしおも、ザック・スナむダヌによる「ゞャスティス・リヌグ䞉郚䜜」を玹介するこずを目的ずしお、これたでシリヌズ第䜜『マン・オブ・スティヌル』、第䜜 『バットマンvsスヌパヌマン』 ずレビュヌを曞いおきたのだから、本䜜、劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』を飛ばしおも良かった。

    しかし、私ずしおは、「䞉郚䜜」の「急堎を凌いだ」ゞョス・りェドン監督の功瞟を無芖しお良いずは思わないし、たた本䜜は「スナむダヌ・カット版」ず比范察象すべき䜜品ずしおも、倧きな意味を有するのである。

    スナむダヌ監督の退陣を受けお、ゞョス・りェドン監督は、䌚瀟偎の意向を受けお、すでに撮圱の終わっおいたフィルムに「ナヌモアず明るさ」を付け加えるべく、远加撮圱ず再構成線集を加えお、劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』を完成させた。

    結果ずしおは、この第䜜も期埅ほどのヒット䜜にはならなかったものの、しかしそれは、スナむダヌ監督の構想をそのたたに完成させおいたずしおも、興行的な結果に、倧した違いはなかっただろう。

    だが、私個人にずっおは、興行的な成吊など、たったく問題ではない。
    倧コケした䜜品でも、傑䜜は傑䜜であり、私が求めおいるのは、ヒット䜜ではなく、傑䜜なのだ。

    だから、もちろん私は、今のずころ未芋の『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』に倧いに期埅を寄せおはいるのだか、ずは蚀え、スナむダヌ監督の䜜品だからずいう理由で、高く評䟡するのではない。
    評䟡は、䜜品を芋おからでないずできないからだ。

    したがっお、その「スナむダヌ・カット版」を正しく評䟡するためにも、あらためおゞョス・りェドン版ず呌んでいい劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』を、再鑑賞しおおくこずにした。
    比范察照䜜品があるずいうのは、䜜品を評䟡する䞊では、ずおも䟿利なこずだずいうのは、論を俟たないからである。

     ○ ○ ○

    さお、ここからはいよいよ、ゞョス・りェドン監督版『ゞャスティス・リヌグ』そのものに぀いおである。

    本䜜のストヌリヌは次のずおり。
    いささか、倧きな話ずなっおおり、それをコンパクトにはたずめにくいので、Wikipediaの「ストヌリヌ」を、そのたたここに匕甚させおもらう。じ぀に芋事なたずめである。

    『『バットマン vs スヌパヌマン ゞャスティスの誕生』でのドゥヌムス・デむずの戊いで、自らの呜を犠牲にしお䞖界を救ったスヌパヌマンの行動を目にし、バットマンこずブルヌス・りェむンは「信頌」の重芁性を実感した。戊いの䞭で出䌚ったアマゟン族の王女ダむアナ・プリンス※ ワンダヌりヌマンず共に、地球防衛のために特殊胜力を持った他の超人たちを探し始めるブルヌス。

    五千幎前、砎滅の埁服王であるステッペンりルフは地球を狙ったが、アマゟン族やアトランティス、人間や叀代の神々らが同盟しお戊い、封じ蟌めに成功した。今、ステッペンりルフは蘇り、砎滅ず創造をもたらす「マザヌボックス」を手に入れようず狙っおいた。぀揃うず匷倧な力を発する「マザヌボックス」は、アマゟン族ず海底王囜アトランティス、人間が぀づ぀保管し守っおいたが、アマゟン族のボックスはステッペンりルフに奪われ、女王ず倧勢の戊士が殺された。

    ステッペンりルフずその手䞋である無数の逓鬌・パラデヌモンを迎え撃぀ために、アクアマンのアヌサヌ・カリヌに接觊するブルヌス。だが、他人を信甚できないアヌサヌは、ひずり海に消えお行った。。

    超速のフラッシュであるバリヌ・アレンは友を求めお自らチヌムに参加した。サむボヌグのビクタヌ・ストヌンは䜓内の機胜によっお、探し出される前にブルヌスらの存圚を感知し様子を探っおいた。父芪であるS.T.A.R.ラボのストヌン博士をステッペンりルフに拐われ、チヌム入りするビクタヌ。

    海底王囜アトランティスから぀目の「マザヌボックス」を奪うステッペンりルフ。阻止しようずしたがステッペンりルフを取り逃がし、ブルヌスの蚀っおいた危機を実感するアクアマンのアヌサヌ。

    S.T.A.R.ラボが保管しおいる人間界の「マザヌボックス」の圚り凊を聞き出す為に、廃墟の地䞋トンネルで誘拐したストヌン博士らを拷問するステッペンりルフ。救助に駆け぀け、戊うバットマンたち。ステッペンりルフが倩井を砎壊しお逃げた為に海氎が流れ蟌み、バットマンらは溺れかけたが、珟れたアクアマンによっお救われた。

    S.T.A.R.ラボの技術ず「マザヌボックス」のパワヌでサむボヌグ化されたビクタヌは、぀目の「マザヌボックス」の圚り凊を知っおいた。ボックスの無限の゚ネルギヌを利甚しおスヌパヌマンを蘇らせようず考えるブルヌス。

    クラヌク・ケントの遺䜓をクリプトンの宇宙船に運び蟌み、「マザヌボックス」ず觊れさせるバットマンたち。クラヌクは蘇ったが蚘憶を倱い、バットマンたちを敵ずみなしお殺そうずした。ブルヌスが呌んでおいたロむス・レむンを芋お蚘憶を取り戻すクラヌク。だが、クラヌクはロむスず共に飛び去り、チヌムには合流しなかった。

    バットマンたちがクラヌクず戊う隙を突いお、人間界の「マザヌボックス」を奪い去る逓鬌パラデヌモン。3぀のボックスを手に入れたステッペンりルフは、ロシア北郚の廃炉になった、原発を改造しおアゞトずし、「マザヌボックス」を皌働させる準備を始めた。ブルヌスの新型茞送機でロシアに向かい、アゞトに乗り蟌むチヌム。䜜戊の鍵は3぀のボックスを匕き離し、嚁力を剥ぐこずだった。

    チヌムが戊う䞭、ボックスに蟿り着き匕き離そうずするサむボヌグのビクタヌ。だが、ボックスのパワヌが匷すぎお動かせない。チヌムが劣勢になった時、スヌパヌマンが駆け぀けた。スヌパヌマンの力を借りお3぀のボックスを匕き離すサむボヌグ。ステッペンりルフの歊噚である斧が砕けた瞬間、配䞋のパラデヌモンたちの様子が倉わった。元々はステッペンりルフによっお埁服された星々で切り殺され、姿を倉えお配䞋ずされおいた圌らは、ステッペンりルフが感じた恐怖心に反応しお憎しみに駆られたのだ。ステッペンりルフに襲いかかり、異空間たで運び䞊げお食い尜くすパラデヌモンたち。

    スヌパヌマンが戻っお『ゞャスティス・リヌグ(正矩の仲間)』が勢揃いし、それぞれ孀独に生きお来たヒヌロヌたちは、友ず共に人々のために戊う喜びを手に入れた。』

    Wikipedia「ゞャスティス・リヌグ映画」

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    ひず蚀でいうず、本䜜は「圓たり前に面癜い、ヒヌロヌ掻劇」である。

    ザック・スナむダヌ監督による『マン・オブ・スティヌル』、 『バットマンvsスヌパヌマン』 に続く「第䜜」ずいうこずを意識しなければ、これはこれで十分に面癜い。

    䟋えば、「アベンゞャヌズ」映画の凡䜜などよりは、よほど楜しめる䜜品ではあるのだが、しかしながら、蚀い換えれば、どこか「アベンゞャヌズ」的な䜳䜜、ずいう印象も受けおしたう。぀たり、独自性に欠けるのだ。

    その際たるずころが、やはりヒヌロヌたちの「葛藀」で、もちろん「アベンゞャヌズ」シリヌズにもヒヌロヌたちの葛藀は描かれおいるものの、それは個々の様々な、人ずしおの事情であり、時には仲間内の立堎の違いによる察立ずいったこずが䞭心だった。

    だが、『マン・オブ・スティヌル』、 『バットマンvsスヌパヌマン』におけるスヌパヌマンやバットマンの葛藀ずは、たさに「ヒヌロヌずしお生きる」ずいうこずの葛藀だった。

    その意味では、私たちの珟実䞖界にはほずんど存圚しない、特殊な悩みや葛藀だったのだが、だからこそ、そこには映画ならではの独自性があったのだずも蚀えよう。
    私たちは、知り埗ない「神々の苊悩」に、フィクションずいうかたちで接するこずができるのである。

    ずころが、䜜目の本䜜になるず、そうした葛藀描写が明らかに薄れおおり、䞖界を守るためにはその身を犠牲にしおでも戊うずいう、ある意味で極めお悲壮なその生き方に、あたり深く疑問を持ったり拘泥したりはしおしない。

    これは、新たに加わった、フラッシュ、アクアマン、サむボヌグが、すでに登堎しおいるスヌパヌマンクラヌク・ケントヘンリヌ・カノィル、バットマンブルヌス・りェむンベン・アフレック、ワンダヌりヌマンダむアナ・プリンスガル・ガドットよりも、「若い䞖代」ずしお描かれおいるこずが倧きいだろう。

    実際のずころ、「歳をずった」ずいうこずが匷調されるのは、特殊胜力を持たない普通の人間であるバットマンだけで、ワンダヌりヌマンはそもそも歳を取らない氞遠の劙霢の矎女だし、スヌパヌマンだっお、ダングスヌパヌマンではないにしおも、䞭幎ずいうわけではない。぀たり、幎霢的には青幎のうちなのだ。だが、スヌパヌマンの堎合は、その特殊な出自に䌎う苊劎の前半生から、ある意味、倧人の雰囲気を備えおおり、初老に差し掛かっおいるバットマンず察峙しおも、察等に芋える貫犄がある。

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    もちろん、ワンダヌりヌマンに぀いおは、 『バットマンvsスヌパヌマン』のレビュヌで指摘したずおり、芋かけこそ若いが、なにしろ氞遠の時を生きおきた人だから、最も老成した倧人なのだ。
    最愛の人を倱った心の傷は抱えおきたけれど、それを乗り越えお人間界に垰っおきた人なのである。

    ぀たり、このスヌパヌマン、バットマン、ワンダヌりヌマンに比べるず、実質的にただヒヌロヌデビュヌしおいなかったフラッシュ、アクアマン、サむボヌグの人は、「メタヒュヌマン異胜力者」の特殊性ゆえの葛藀はあったものの、人間瀟䌚の平和に察する責任たでは負っおおらず、その意味で、圓たり前に自分のために生きおいる若者だったから、その分、先茩ヒヌロヌたちに比べるず、明らかに軜かったのだ。

    サむボヌグこずビクタヌ・ストヌンレむ・フィッシャヌなどは、良かれず思っおやったこずずは蚀え、芪の人䜓実隓に぀きあったために、半分は機械のバケモノになっおしたったために、人前に出るこずのできない身䜓になっおいた。
    圌は、自分のいたの姿を恥じおおり、父に怒りを感じおはいおも、その特殊胜力を正矩のために䜿おうなどずいう発想などはただ無かったから、蚀うなれば、ただ暗かっただけなのだ。

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    その点、若手人の䞭では最も若く、たた、若者らしくヒヌロヌに憧れるずころもあるフラッシュこずバリヌ・アレン゚ズラ・ミラヌは、その若者らしさが匷調されお、チヌムの䞭では唯䞀剜軜なムヌドメむカヌであり、笑いを取る圹回りずなっおいた。
    ずは蚀え、圌も単独のヒヌロヌずしおは、冀眪の殺人容疑で募留されたたたの父を支えおおり、決しおスパむダヌマンのピヌタヌ・パヌカヌのように、特殊胜力を隠しお掻躍しおいる以倖は「普通の若者」、ずいうわけではない。
    だが、フラッシュのそうした個人的な苊悩は、ヒヌロヌチヌムの䞭にいる時には、ほずんど衚に出おくるこずはない。なぜなら、圌の個人的な苊劎は、ヒヌロヌ故の特殊性に由来するものではなかったからであろう。

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    若手人組の内で、もっずも気楜に生きおいたのが、アトランティス人の王家の末裔であるアクアマンこずアヌサヌ・カリヌゞェむ゜ン・モモアである。
    圌はそもそもの自由人であっお、海底囜家アトランティスの王族ずしおの圹目を攟棄しお、自由に生きおいる若者だ。そんな圹目になど瞛られたくないず、勝手にほっ぀き歩いおは、海䞭ず地䞊ずを行き来しお生きおきた自由人なのである。
    だが、今回は地球の惑星芏暡での危機ずいうこずでバットマンからのチヌムぞの誘いを断りきれなかったずいうのず、アトランティスで保管されおいた「マザヌボックス」のひず぀が、䞖界の砎滅を狙う、宇宙からやっおきた悪の制服王ステッペンりルフによっお、目の前で持ち去られおしたったこずぞの報埩戊ずいうこずもあった。
    だから、心ならずもバットマンたちのチヌムに協力するこずになり、共闘の埌になっお初めお、すすんでチヌム入りするこずにしたのである。
    だから本䜜の䞭では、バットマンがアクアマンを初めお他のメンバヌに玹介した際には「圌は、今のずころ仮採甚みたいなものだが」ずいうような衚珟を䜿っおいる。

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    さお、以䞊のように、若手の人は、先茩ヒヌロヌの人ずは違い、ただ、この䞖界の平和を背負っお立぀ずいう、ヒヌロヌずしおの積極的な責任感は持っおいない。
    ただ、協力しないこずには、この䞖界が滅んでしたうので、協力しないわけにはいかないず、そんなスタンスであるため、先茩人より「軜い」印象を䞎えるのだろう。

    そんなわけで、シリヌズ䜜目の本䜜が、『マン・オブ・スティヌル』、 『バットマンvsスヌパヌマン』よりも「明るい」䜜品になるずいうのは、ある意味では必然的なこずであっお、それは、監督がザック・スナむダヌであるか、ゞョス・りェドンであるかずいうこずずは、基本的に関係がない。

    ヒヌロヌずしおも「重責」を担っおこなかった若者が参加するこずで、それたで䞀人でその重責を担っおきた先茩ヒヌロヌの重責も、そのぶん倚少は「軜く」なるずいうだけのこずだずしおも、頌れる仲間がそばにいるずいうのは、䜕よりも心の䌑たるこずなのだから、チヌムを結成する物語である本䜜『ゞャスティス・リヌグ』が、前の䜜よりも「明るい」話になるずいうのは、圓初から予定されおいたこずだず考えおいいのである。

    ぀たり、ザック・スナむダヌだっお、ずヌっず「眉間に皺を寄せたような䜜品」を䜜る぀もりではなかった、ずいうこずだ。
    この第䜜では、これたでの「暗さ」が振り払われお、未来ぞの垌望の感じられる「明るい」䜜品ずなるこずが、圓初から予定されおいたはずなのである。

    䞀䞀だが、ザック・スナむダヌは、その自ら立おおいた予定を、自らの手で実珟するこずが出来なかった。
    その時たで、䞖間や䌚瀟は埅っおくれなかった。

    では、ゞョス・りェドンが、誰の目にもわかりやすく明るい䜜品ぞずシフトしお芋せた本䜜・劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』ずは違っお、ザック・スナむダヌはどのようなかたちで、明るくなる予定だった3䜜目を、『ゞャスティス・リヌグ〈スナむダヌ・カット〉』ずしお完成させたのだろうか

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    䞀䞀そこが問題であり、そこに、ザック・スナむダヌの䜜家性を芋るこずも出来るはずだず、私そのように期埅しおいるのだ。

    スヌパヌマンやバットマン、ワンダヌりヌマンが䞻䜓的な抱えおいた「重荷」に由来する「重さや暗さ」を、それを抱えおいない「新メンバヌ」を加えるこずで、盞察的に薄め、党䜓ずしお「軜く・明るく」するずいうのではない、真の「明るさ」の実珟。

    基本的には「マッチョ」であり、たぶん「軜い」よりは「重い」方が奜きなのであろうザック・スナむダヌ監督が、シリヌズ完結線で描こうずした「明るさ」ずは、䞀䜓どのようなものだったのか

    私が掚察するに、ザック・スナむダヌが意図した「明るさ」は、若手人が加わるこずによる「明るさ」などではなく、もっず積極的に、先茩ヒヌロヌの抱え持぀「重さ」の意味が、倉わるこずではないだろうか。

    本䜜・劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』の䞭で、ワンダヌりヌマンがバットマンに察しお、次のような蚀葉をかける。

    「自分の肉䜓で戊うこずだけが、戊うずいうこたではないわ。指揮官ずなり、責任者ずなっお、仲間に呜を捚おおくれず蚀わなければならない立堎に立぀こずも、もっず苊しい戊いよ。自分䞀人で戊っおいられるのなら、こんなに気楜なこずはないのに」

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    ぀たり、他のメンバヌずは違っお、ただの人間であり、すでに䜓力の限界を感じおいるバットマンが、前䜜でスヌパヌマンの犠牲を目の圓たりにしお、仲間の必芁性を痛感し、その必芁を認めざるを埗なかったこずからの「無力感」のようなものに察しお、ワンダヌりヌマンは、そうではないのだず、圌を励たしたのであろう。

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    バットマンこずブルヌス・りェむン

    心の底で「俺がスヌパヌマンを殺しおしたったようなものだ」ずいう眪の意識を抱えおいるバットマンに「そうではない。あなたには、より倧きな責任が付䞎されたのだ。だから、悔やんでいる暇などないのだ」ず、そう励たしたのであろう。

    たた、同じ芳点から、本䜜で蘇生させられるこずになるスヌパヌマンにも、なおも抱えおいる問題がある。
    それは本䜜で繰り返し語られる「スヌパヌマンは、安らかに眠っおいたいのではないかいたかったのではないか」ずいうこずだ。

    ぀たり、生前のスヌパヌマンは、それくらい重いものを背負っおいたずいうのを、皆が承知しおいたのである。

    ずころが、スヌパヌマンを死なせたこずに負い目を感じおおり、スヌパヌマンこそが「人類の垌望」だず考えおいるバットマンは、本䜜に登堎する「砎滅ず創造・死ず生」を叞る力を持぀超゚ネルギヌ䜓である「マザヌボックス」の力を借りお、スヌパヌマンを生き返えらせようずする。

    呚囲は、それを䞍自然であり無理のあるこずだず止めようずする。スヌパヌマンの力を考えれば、それはあたりにも危険な賭けだず考えたのだ。
    アクアマンなどは「死者を蘇られおも、きっず䜕か倱っおいるものがあるはずだ」ず、意味慎重な発蚀をしお、スヌパヌマンの埩掻が、そううたくはいかないだろうずいうこずを瀺唆する。

    それでもバットマンはスヌパヌマンの埩掻を匷行し、その結果、埩掻したスヌパヌマンは蚘憶を倱っおおり、か぀自分を眠りから芚たしたバットマンたちに「反感」のようなものを抱えおいたために、バットマンたちを敵ず芋なし、その圧倒的な力で攻撃しおくるのである。

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    甊ったスヌパヌマン。だが、様子がおかしい

    しかし、危機䞀髪のずころで、バットマンの「奥の手」ずしお呌び寄せられおいた、スヌパヌマンの恋人ロむス・レむンが、スヌパヌマン埩掻の珟堎に到着する。
    そしお、その姿を芋たスヌパヌマンは、初めお蚘憶を照り戻し、バットマンたちをその堎に残したたた、ロむスず二人で故郷のカンザスぞず垰っおしたう。

    䞀䞀はたしお、スヌパヌマンは、無理やり埩掻させられたこずを蚱しお、バットマンたちの仲間になっおくれるのだろうか

    もちろん、本䜜のラストでは、圧倒的な匷さを誇るステッペンりルフの前に、バットマンたちが危機を陥った際、スヌパヌマンが駆け぀けおステッペンりルフを退治し、圌もめでたくチヌムの䞀員ずなるずころで、本䜜はハッピヌ゚ンドずなる。

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    6人が揃うラストシヌン

    ここに、チヌム「ゞャスティス・リヌグ」は結成され、たずえどんな匷敵が珟れようずも䞖界の未来は「明るい」、ずいうずころで、この䞉郚䜜は完結するのだ。

    だが、以䞊の展開で物足りないず感じられたのは、スヌパヌマンの「内面描写」であろう。

    第䜜では「重い葛藀」の䞭にあり、第䜜では、その身を犠牲にし敵を倒しお死んだ、スヌパヌマン。
    その圌が、シリヌズ完結線で埩掻させられ、ひず悶着あったわりには、その耇雑な内面が掘り䞋げられるこずもなく、結局は、ロむスや母ず、故郷で平和な日垞を数日過ごすうちに、やはりヒヌロヌずしおの䜿呜を自芚しお、バットマンたちのもずに銳せ参じるこずになるわけなのだが、前䜜の掘り䞋げに比べるず、これだけの描写では、いかにも「薄い」、薄すぎるのだ。

    ぀たり、本䜜・劇堎版『ゞャスティス・リヌグ』では、バットマンずスヌパヌマンの心理的な掘り䞋げが、前䜜に比べお明らかに匱い。

    もちろん、そこを掘り䞋げたが故に前䜜は「暗い」ずも蚀われおしたったのだが、やはり、䞉郚䜜ずしお芋た堎合、その「ヒヌロヌの苊悩」の掘り䞋げを、ほずんど攟棄したこずで「明るくなった」本䜜・劇堎版では、いかにも物足りないし、これではシリヌズずしお、たさに「腰砕け」だずも蚀えるだろう。

    だから「スナむダヌ・カット」版には、その掘り䞋げの完培を期埅したい。

    「ヒヌロヌゆえの苊悩」の「先にある」垌望を描くこずで、真の「明るさ」を描いお欲しいず、私はそう期埅しおいるのだ。

    ナヌモアやゞョヌクによる「明るさ」などではなく、倧真面目な正攻法の完培の先に、真の「明るさ」を芋出しお欲しいず、そう期埅するのである。


    2025幎10月24日


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