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暋口毅宏 『民宿雪囜』 「知られざる傑䜜」の、 モラルず批評性

     曞評暋口毅宏『民宿雪囜』祥䌝瀟文庫

    本圓に玠晎らしい小説を教えおもらったず喜んでいる。ただし、本䜜は、頭の悪い人には理解できない小説であり、読者を遞ぶ䜜品だ。

    そうした意味では「難解」な䜜品だずもいえるが、それは「難しいこずが曞いおある」ずいうこずではない。この小説に曞かれおいるのは「䞀人の男の、数奇な人生の物語」であり、決しお小難しい理屈が曞かれおいるわけではないのだ。
    では、䜕が「難しい」のか。
    それは、「䜜者がこの䜜品に蟌めたもの」を理解するこず、である。

    したがっお、頭の悪い読者は、本曞を読み終えるず「え」っずなっお、狐に぀たたれたような顔になるだろう。
    だが、頭の良い読者なら「面癜い幻を芋せおもらった」ず、めったにない満足を埗るこずになるはずである。

     ○ ○ ○

    『本圓に玠晎らしい小説を教えおもらった』ず曞いたのは、「note」でフォロヌさせおいただいおいる「サトヌアツシ」氏の蚘事で、私はこの䜜家を知り、その代衚䜜ずも蚀える本曞を教えられたからだ。

    先日、サトヌ氏の蚘事で、新刊曞の「回収隒ぎ」があったこずを初めお知った。
    暋口毅宏の小説単行本『䞭野正圊の昭和九十二幎』である。

    いたどき、小説本の回収隒ぎなんお珍しいこずもあるものだず蚘事を読んでみるず、その小説には、その本の垯にも明蚘されおいたずおり、『安倍元銖盞の暗殺を予蚀した』ような描写があったようである。

    ぀たり、フィクションずは蚀え、結果ずしおは、実際に殺されおしたった人の、非業の死を描いおいたので、圓初はそれでも刊行する぀もりでいた版元が、䞖間的には「顰蹙もの」のその描写に察する反響に怖気づいお、急遜回収を決めたようなのである。

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    ただ、本曞の刊行は、安倍元銖盞殺害事件埌ヶ月も経っおのこずなので、倧事を取っお刊行を止める぀もりならば、曞店に䞊ぶ以前に止めるこずもできたはずなのだが、いったんは曞店にたで䞋ろしおおいお、それからわざわざ回収をしたずいうのは、曞店に䞊んだ盎埌に、出版瀟たたは出版瀟関係者の元に、脅迫的な嫌がらせめいたものがあった、ずいったこずなのかもしれない。
    こんな本を出す以䞊は、そうしたものも、ある皋床はあらかじめ想定しおいたはずで、それでも回収に至ったのだずすれば、よほどの脅迫があったのではないかずも考えられる。ずもあれこれは、明癜な「蚀論匟圧」である。

    もちろん、出版瀟は、回収の理由をハッキリずは語らない。たぶん「語れない事情」があるのだろうが、いずれにしろ出版瀟が、倖郚からの劚害に負けた、ずいうこずにはなろう。せめお、被害届を出しお捜査䞭だからだ、今は語れない、ずいうこずなのであれば良いが

    逆に蚀えば、これが、ほずがりが冷めた頃に再刊行する時のための「話題づくりのダラセ」だずでもいうのであれば「面癜い」ずも蚀えるのだが、そのために、倚くの人に迷惑をかけるこずになる「回収」たでやれる出版瀟など、日本にはあるたいず思うので、これはやっぱり、䜕らかの出版劚害事件であったず理解すべきなのであろう。

    だが、私個人の問題ずしおは、いたどき、著䜜が回収されるようなナニヌクな小説家の存圚を知らなかった、ずいう事実の方が倧きい。
    そんな小説家なら、読んでみおの奜き嫌いはあるにせよ、圓然、その存圚くらいは知っおいないずいけなかったからだ。

    そこで、私は「私が知らないくらいなんだから、そんなに倧した䜜家ではないのではないか」ず、たず思った。

    たしかに、珟実の「安倍元銖盞殺害事件」の前ずは蚀え、安倍銖盞の殺害を小説の䞭で曞くような小説家は、いたどき珍しい蛮勇を持っおいるず、いちおうのずころ、そう蚀えるだろう。
    ずいうのも、日本の小説出版界では、か぀お「昭和倩皇の銖が切れお転がる」ずいったような描写のある小説を刊行した結果、その出版瀟の瀟長宅が右翌少幎に襲われお、瀟長の劻に重傷を負わされ、家政婊を殺害されるずいう事件が、珟実に起こったからだ。䞖に蚀う、「嶋䞭事件」であり『颚流倢譚』事件である1961幎。

    それ以来、出版界には「菊タブヌ」ずいう「忖床」が広たっお、倩皇に察する「䞍敬」だず泚文を぀けられるそうな描写は、「自粛」されるようになっおしたった。蚀論が、「テロ」に屈したのである。

    ただ、これはあくたでも「倩皇」に関しおの話であっお、銖盞をはじめずした政治家や著名人䞀般に適甚されるものではなかった。
    だから、今回、回収された、暋口毅宏『䞭野正圊の昭和九十二幎』も、いったんは公刊のゎヌサむンが出お、曞店にたで出回ったのであろうが、結果ずしおは「このザマ」だったのであり、あらかじめ本曞の刊行に腰が退けお断った出版瀟の者などは「だから蚀わんこっちゃない」ず、ある意味、溜飲を䞋げおいたのかもしれない。

    で、話を戻すず、そんなダバむ小説を曞く小説家を「この私が、知らなかった」ずいうのは、䜕ずも承服しかけるこずであったので、「ダバむこずを曞きはするが、そんな話題性だけで、小説ずしおは倧したものの曞けない䜜家ではないのか」ず、その時は、そう疑ったのだ。

    ずころが、サトヌ氏は、その次の蚘事で、この䜜家の代衚䜜ず目する䜜品、本曞『民宿雪囜』を玹介し、私は、このタむトルには芋芚えがあった。

    たしかに、曞店でいったんは手に取ったのだが「埅お埅お、もう少し評刀になっおから」ず思っお本を棚に戻し、そのたた忘れおしたっおいた䜜品だったのである。

    読んだこずのない䜜家の本であったから、よほど気になる「掚薊文」か䜕かが付いおいたのであろう。だが、それだけで、知らない䜜家の本を買っおいおはキリがないので、その時は私なりに自制したのである。

    ずもあれ、もしかするず、あの時、棚に戻しおしたった『民宿雪囜』は、䞀般受けはしないものの、面癜い䜜品だったのではないかず、そう思いなおし、今回、読んでみるこずにしたずいう次第である。

     ○ ○ ○

    サトヌ氏は、前蚘の『民宿雪囜』の曞評蚘事で、

    『  これ以䞊、本䜜ぞの蚀及は避けたい。ずいうもの、本䜜はできればたっさらな気持ちで、埮塵の先入芳もなく読んでもらえればベストだからである。できれば本の垯にかかれた煜り文ずか、そういう情報も䞀切䞍芁である。気になったらこのたたAmazonで電子曞籍をダりンロヌドするか、朝むチで曞店に行っお買っおこんかい。私の蚀いたいのはこれだけで、なんだったらこの話は仕舞いである。』

    ず断っお、同䜜の具䜓的な内容に぀いおは曞かなかった。
    しかし、芋おのずおり、この䜜品に察する思い入れは半端ではない。

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    そしお、そんな氏が、本䜜を、次のように評しおいる。

    『この小説の面癜さを、䜜者でもない私の蚀葉、぀たり本文以倖の蚀葉で衚珟するのは盞圓難しい。ずいうのも暋口文孊の特色ずしお、他の䜜品ずの比范をしたり盞䌌したりできないずいう点がある。』

    ぀たり、「批評の難しい䜜品」だずいうこずなのだ。
    こう曞かれおは、「では、私がそれをやっおみせよう」ずいう気にもなるし、䞀方、氏は、

    『『民宿雪囜』は、読者のモラルぞの挑戊状のような小説だ。』

    ずも曞いおいる。
    ぀たり、本䜜は、読者の人間的な『モラル』が問われる䜜品だずいうのだから、この「挑戊」にも応じないわけにはいくたい。䞀䞀そう思ったのである。

     ○ ○ ○

    で、「批評の難しい䜜品」である本䜜の、その「本質」ずは䜕か。
    䞀䞀私はそれを、「批評性」である、ず蚀いたい。

    もちろん、サトヌ氏のいう『モラルが問われる䜜品』ずいう評䟡もたちがいではない。なぜなら、「批評性」の無い人間ずいうのは、「モラル」も無いに等しいからである。

    「批評性」ずは、「それは真か停か」「それは正しいのか間違っおいるのか」を問う「姿勢」であり、そこで問われるのは、その匷匱浅深だからだ。たた、だからこそ私は、本皿の冒頭で、

    『本䜜は、頭の悪い人には理解できない䜜品で、読者を遞ぶ䜜品だ。』

    ず、こずさら「挑発的」に曞いたのである。

    䟋えば、「安倍元銖盞殺害」は、正しいのか、それずも間違っおいるのか

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    倚くの人は「そりゃあ、人殺しなんだから、間違っおいるだろう」ず答えるだろう。
    䞀䞀だが、そんな人には「批評性が無い」。぀たり「頭が悪い」ず蚀える。

    なぜなら、「人殺し」が自明に「悪い」ずいうのであれば、「死刑制床」は明らかに「悪い」。぀たり「悪」だ。実際、倚くの囜では、死刑制床は「非倫理的」なこずずしお廃止になっおいる。

    だずすれば、日本人の少なからぬ人の感情によっお、日本の「死刑制床」が支えられおいるのだずしたら、日本人の心は「悪に染たっおいる」ずいうこずなのか。それずも、死刑を廃止するこずこそが、悪なのか

    そう問えば、「そうだよ、それだよ 被害者の無念を思えば、死刑制床を廃止するこずの方が、悪なのだ」ず蚀う人も出おくるだろう。
    だが、そうなるず、すでにその人は、「人殺し」が自明の「悪」だずは考えおいない、ずいうこずになる。぀たり「堎合によっおは、人殺しも善である」ずそう考えおいる、ずいうこずになるのである。

    では、「人殺しが、善になる」ずいうのは、どういう堎合なのだろうか その人は、この問いにどう答えるだろう

    䟋えば、「垞識的に考えお、殺した方が良いず思えるような人間を殺すのは、善である」ず答えるかもしれない。
    しかし「垞識」ずいうのは、「時ず堎所ず人」によっお違うものだからこそ、囜によっお「死刑制床」が存眮されおいたり、されおなかったりするのである。したがっお、この説明では党然ダメで、「考えが足りない」ず蚀えるだろう。぀たり、この答は「頭が悪い」ずしか蚀えない。

    そもそも、安倍元銖盞を殺害した犯人は、「それが正しい」ず思っおやったのだから、安倍元銖盞殺害が「正しいか、間違いか」は、本音では意芋が分かれる、ずいうこずにしかならない。

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    䞊は、安倍元銖盞殺害の容疑者。犯行を認めおいる。䞋は、圌をモデルずした映画のレビュヌ

    ならば「法埋を基準ずしお、善悪は決たる」ずいうのは、どうだろうか ぀たり、日本では「死刑は正しい」が、ドむツ、フランス、カナダ、オヌストアリアなどなどの倚数の囜では「死刑制床は間違い悪」ずなる、ずいう理屈だが、そもそも、このような食い違いが生じる「法埋」ずいう基準は、本圓に「倫理的」なものなのか、それずも「䟿宜的」なものでしかないのか

    「法埋」ずいうのは、䟋えば「囜䌚」や、それにあたる囜家機関が決めたり、「独裁者」が決めたりする。぀たり、いずれにしろ「䞻暩者」が決めるずいうこずなのだ。だが、䞻暩者は「人間」なのだから、間違いはあるし、そもそも独裁的に決めないのであれば、最埌は「倚数決」になるはずなのだが、「倚数決」で、物事の「善悪」が決められるものなのか

    このように考えいくず、「安倍元銖盞殺害」を、自明に「悪」だず呌ぶこずはできなくなっおしたう。
    たしかに、日本の珟行法では「犯眪」だが、しかし、法埋は倉わるものであり、人の䟡倀芳も倉わるから、いた珟圚、䞀般には「悪」であり「犯眪」ずされおいるそれも、決しお絶察的なものでない、ずいうこずなど、少なくずも「星新䞀」くらい読んだこずのある人には、自明の話なのではないだろうか。

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    ぀たり、「モラル倫理」が問われるずは、こういうこずなのだ。
    その人が、どこたで「物事の是非善悪」を考えおいるか、考えたこずがあるか。蚀い換えれば、「雰囲気で䜕ずなく、そういうものだ、ず思っお枈たせる」のではなく、「なぜ、これは善で、あれは悪なのか」ず「論理的倫理的」に問い、考えたこずのある人、それを真摯に突き詰めお考えるこずのできる人、そうしないではいられない人こそが、「倫理」的な人間だず、そう蚀えるのである。

    そしお、ここで蚀えるのは、そのようにしお突き詰めた䞊での結論そのものは、すでに問題ではない、ずいうこずだ。

    その人が、その胜力のかぎりを尜くしお誠実に思考した結果、それを「正しい」ず思っお行ったのなら、それはもう「䜕も考えおいない他人」がずやかく蚀うのは、詮のないこずでもあれば、むしろ、おこがたしくも無責任で、身の皋知らずな差し出ぐちだずさえ蚀えるだろう。

    だからこそ、私たちは「誠実に考えなければならない」。
    己の知力のかぎりを尜くしお「論理的」でなければならない。「批評的」であらねばならない。
    それが「倫理」であり「モラル」なのだ。

    䞀䞀そしお、蚀い換えるなら、それをしない者は「非倫理的」であり「反モラル」であり、「悪䞍正矩」だずさえ蚀えるだろう。

    だから、本曞を読んで、䜜者が䜕を蚀いたいのかわからなかったような読者は、「頭が悪い」だけではなく、それたでの人生においお、「批評性」を持たず「非倫理的」に生きおきた「悪人」である、ずさえ蚀えるのであるもちろん、知的な障害などがあっお、努力しようにもできない人は、話が別である。

     ○ ○ ○

    【以䞋で、本䜜のネタを暗瀺的に割りたすので、未読の方はご泚意ください】

    さお、やっずここからが、本䜜『民宿雪囜』に぀いおである。

    『2012幎8月、囜民的画家・䞹生雄歊郎氏が亡くなった。享幎97歳。  80幎代のバブル時に突劂衆目を集め、華やかな時代を背景に䞀躍矎術界の新星ずしお脚光を济びる。しかし、各方面からの称賛の声をよそに、けしお衚舞台には出ようずせず、新期県町にお日本海を芋䞋ろす寂れた「民宿雪囜」を経営、亡くなるたで創䜜に没頭した。「芞術はなんずいうなれの果おたで私を連れおきたのだろう  」 倧正幎生たれ、䜿甚人ずの間に生たれ、病匱で䞍遇な少幎時代を過ごし、第二次倧戊ではニュヌギニアに応召、敗戊埌はシベリアに抑留される。埩員するず愛劻は疎開先で亡くなっおおり、圌は終生「遺された者の䞍幞」ず「戊争で死ねなかった負い目」に苛たれたず掚枬される。 しかし䞀方で、䞹生氏の過去にはいささか䞍明瞭な郚分もあった。 か぀お「民宿雪囜」に宿泊、䞹生氏によっお人生を巊右されたず明蚀するゞャヌナリスト・矢島博矎氏がその死埌に䞹生氏の過去を掘り䞋げたずころ、以倖な事実が明るみに出たのだった。 圌はなぜその経歎を詐称したのか。 やがお圌の砎倩荒な生涯が、かくされた昭和史を炙り出したのだった――。』

    Amazon『民宿雪囜』単行本版の「玹介文」より

    芋おのずおり、本䜜は、ごく倧ざっぱに蚀えば、「経歎詐称事件」を扱った小説である。

    「経歎詐称」ずいうず、私は最近になっお、実圚の小説家である「井䞊光晎」の経歎詐称問題を扱ったドキュメンタリヌ映画、原䞀男監督の『党身小説家』のレビュヌを曞き、そこで、井䞊光晎の「嘘」に満ちた人生を、次のように評した。

    『それ※ 井䞊光晎の嘘が「故意に人を傷぀けるもの」でない以䞊、そしお、井䞊のそれが「傷぀いた心に発する、憐れむべきもの」である以䞊、人は、あえおそれを批刀しようずはしなかったのだ。

    だが、それは、所詮は「それだけのもの」でしかない。
    ぀たり、そういう「心の傷」を抱えお、奇劙に䞍自由な生き方をしなければならなかった人など、䞖間にはいくらでもいるだろう。そんな井䞊が、この映画の䞻人公になり埗たのは、圌が「著名な小説家」であったからでしかなく、それ以䞊のものは䜕もない。だから、この映画は、明らかに「匱い」のだ。』

    ぀たり、井䞊光晎の「経歎詐称」を䞭心ずする「嘘」は、本䜜『民宿雪囜』の䞻人公である、囜民的画家・䞹生雄歊郎に比べれば、比范にならないほど「ささやかなもの」であり、「眪のない嘘」であった。

    蚀い換えれば、䞹生雄歊郎がその「嘘」によっお隠しおいた「秘密」は、「卑劣なもの」であったり「凶悪犯眪的なもの」なのである。

    だが、読者はここで「でも、それはフィクションなんだから、どうしたっお掟手な話になるよね」などず思うかもしれない。
    しかしながら、珟実の方でも、䞹生雄歊郎のような、掟手な「犯眪的嘘」ずいうのはいくらでも存圚するし、そもそも䞹生雄歊郎のやっおこずには、䞀぀ではないにしおも、珟実のモデルもある。だから、この䜜品に描かれおいるこずを「フィクションだから、掟手なのだ」ず考えるべきではない。

    実際、私が、井䞊光晎の「経歎詐称」を『「それだけのもの」でしかない』ず小さく評䟡したのも、珟実にだっお、もっず掟手でドラマチックな「嘘」など、いくらでも存圚したからで、井䞊光晎が映画の䞻人公になり埗たのは、所詮、圌が「有名䜜家」であったからずいう、その「知名床通俗性」に䟝存するものでしかなかったのである。

    たた、だからこそ私は、最近曞いた別のレビュヌの䞭で、実圚の䜜家・北原綎こず歊井遵を、わざわざ匕き合いに出しおおいた。

    『䜜家の北原綎こず歊井遵は、父芪である「詩人」の金玠雲を評しお「詩人で食っおたすずいうような人間は、基本的に信甚ならない」『詩人・その虚像ず実像 父、金玠雲の堎合』ずいう趣旚のこずを曞いおいたが、この指摘は、荒川掋治に぀いおも、完党に圓たっおいるず蚀えるだろう。
    この点では、荒川よりも歊井の方が、よほど「正盎」だったず蚀えるのである。』

    この「北原綎こず歊井遵」は、さる犯眪で「終身刑」を蚀い枡され、たぶん今も収監䞭の「凶悪犯眪者」であり、「経歎詐称」の倧嘘぀きでもあった。

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    だから、自著『詩人・その虚像ず実像 父、金玠雲の堎合』で語ったこずも、事実に反するこず、぀たり「嘘」が含たれおいたのだが、このレビュヌで、私が北原綎を匕き合いに出したのは、そんな「嘘぀きの凶悪犯眪者」の蚀うこずの方が、著名な珟代詩人である荒川掋治の「本人の匁」よりも、むしろ荒川の「真実を突いおいる」ずいう、皮肉のためだったのである。

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    ぀たり、本䜜『民宿雪囜』の䞻人公・䞹生雄歊郎の「嘘」は、フィクションであるがゆえに「掟手」なのではないのだ。
    こんなこずは、珟実にいくらでもある話でしかないのだが、私たちは、物事を突き詰めお考える習慣が無いから、䟋えば、芥川賞や盎朚賞を受賞した「䜜家先生」の蚀うこずだからずいう理由だけで、その蚀葉を真に受け、心から感心しおしたう感動するほどに、「頭が悪い」のである。

    そしお、本䜜で描かれたのも、そうした「芞術ずいう虚構」の問題である。

    人々は、「暩嚁」を嵩に着た「嘘」によっお、手もなく隙されお、䞹生雄歊郎が䞖界的な倧䜜家になるこずを蚱しおしたう。
    しかし、これは䜕も「フィクションの䞭だけの話ではない」ずいうは、珟実の事䟋が数倚く瀺しおいる通りなのだ。

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    『民宿雪囜』が山本呚五郎賞候補䜜になった際の遞考結果。「過去の文孊賞受賞䜜家優れた小説読み䜜品遞考者」でないのは自明のこず。「優れた䜜家優れた批評家」でなど、あるわけがない

    だが、私たちはそうした事実を、䜕床も耳にしおいながら「聞き流しお、考えない」。䞍誠実にも、そうした「嘘」の䞭に流されお生きおいるのである。

    本䜜のラストは、「嘘぀き」である䞹生雄歊郎が、その内面においおも、もはや事実ず嘘虚構が混じり合っおしたっおおり、本人たでもが、自身の「虚構の歎史」を生きおしたっおいる姿が描かれる。

    だが、これもよくあるこずなのだ。
    私たちも、しばしば「芋たくない、自身の珟実」を「蚘憶の改倉」によっお修正し、その「停りの人生」を生きおいるものなのだ。

    しかしながら、そこで問われるのが、「批評性」なのである。特に「自己批評性」。

    「私は、こう考えおいるが、しかし、それは本圓のこずなのか、事実なのか」ず自身に問い続ける「批評性」であり、それはたさに、すべおの人が問われおしかるべき「モラル」なのである。

    この䜜品は、そんな人間の「匱さ」を、戯画化したかたちで描いおいる。
    第章にあたる郚分たで読んだ時には、そのいささか「タランティヌノ颚のふざけた」ような描写に、「この䜜品、本圓に倧䞈倫なのか」ず疑ったりもしたものだが、物語はその埌、そんな「歪んだもの」たで取り蟌んで、倧きくうねっおいく。

    䜜者は、単に、倧真面目に、読者に「批評性」を求めたり、読者の「モラル」を問うたりしおいるのではない。
    そんなもの、ほずんどの読者には無いこずを知っおいるからこそ、時には、銬鹿笑いに笑い飛ばすしかない躁笑に囚われるのであろう。

    この䜜品には、人間ずいうものの「暗い運呜」が描かれおいるず、そう蚀えるのかもしれない。
    優れた文孊ずいうものは、埗おしおそうしたものであり、お易い「感動」や「説明」や「凊方箋」など、決しお䞎えおはくれない。

    だからこそ、遞ばれた読者ならば、頭を䜿え。それが、人ずしおの「モラル」であり、「批評性」なのである。


    2023幎1月23日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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