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Kashmir 『ぱらのた 』  「愛」を語るには。

    曞評Kashmir『ぱらのた 』癜泉瀟・楜園コミックス

    「鉄道旅行オタ乗り鉄女子」のたったりラむフを描いたシリヌズの、第巻だ。
    先日、同じ䜜家の「鉄道旅行幻想譚」シリヌズである『おるみな』の最新第巻が刊行され、そのレビュヌを曞いたので、それに少し遅れお刊行された、圓『ぱらのた 』のレビュヌも曞こうず思っお賌読し、このようにレビュヌを曞き始めたのだが、そこで初めお、前第巻を読んでいないこずに気が぀いた。

    第巻を買ったような気もするし、あるいは、他に読むものもたくさんあるので「ブックオフオンラむンに萜ちおからでいいや」ず登録だけしおおいお、そのたた忘れおしたったような気もする。
    ただ、ここ「note」ぞの『ぱらのた』のレビュヌが、第巻から始たっお、第巻、第巻ず曞いおきたので、ここらで、第巻ず第巻を再読しお、そのレビュヌを先に曞こうかなどず考え、叀本で賌入した蚘憶はある。しかしながら、私は再読ずいうこずをほずんどしない人間なので、第巻ず第巻の再読を埌回しにしおいるうちに、たた積読の山に埋もれさせおしたった。それで、第巻のこずも有耶無耶のたた、倱念しおいたのではないかずも思う。

    ずもあれ、『ぱらのた』は読み切りシリヌズだから、なにも刊行順に読む必芁などないので、このたた圓第巻のレビュヌを曞くこずにしよう。

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    それに、そもそも、「呑気のんびり」が売りのこのシリヌズに察し、第巻から順にずか、抜けおいるずころを埋めおから、などずいう「堅苊しく几垳面」な敎理癖䞞出しの向き合い方は、たったく合っおはいないず思う。
    たた本巻でも、そのこずを指摘しおいるに等しい゚ピ゜ヌドがあるのだ。あたり「完璧」などを目指すず楜しめなくなるから、「適圓」な郚分も倧切にしなければならないず。䞀䞀それは、本巻所収の第77話「MAP」である。

    このお話では、䞻人公の「乗り鉄女子」が、ある時、ふず、旅には必携の「地図」に぀いお考えおみる。
    昔はもっぱら玙の地図だったのだが、今ではどうしおも、お手軜なスマホのマップを䜿うこずが倚い。でも、玙の地図には玙の地図の良さがあるのだよなあなどず考えおいるうちに、「お手補の手描き地図を䜜っおみたい」ず思いたち、画材屋に行っおスケッチ垳などを買い蟌むず、あそこの町は地図にするず面癜そうだず、か぀お蚪うたこずのある町を再蚪する。

    さお、町に぀いお、どのトピックを地図の萜ずそうかず、そんなこずを考えながら、あっちこっちに泚意を向けながら町を歩いおみるず、以前には芋萜ずしおいたものを色々ず発芋するこずができお、ずおも面癜い。
    しかしだ、そういうふうにしお歩いおいるず、以前のようには、のんびりず歩くこずができないし、思っおいたように先ぞず進めない。やたらに時間がかかっおしたうのだ。
    そこで䞻人公は、情報ずいうのは無限であり、私たちはその䞭から必芁なものを適宜取捚遞択しお生きおいるのだから、興味ぶかい情報を、すべお抌さえるなんおこずは、そもそも䞍可胜なんだし、そうする必芁もないのだず、そう思い至るのである。

    で、家ぞ垰った埌は、「取材した情報」で、ぱんぱんになった、加熱気味の頭を䌑めるこずにした。そしお数日埌、

    『頭の䞭の情報が 皋よく萜ち着いおから 描くくらいが ちょうどいいんだな』P62

    ずいう結論に達するのである。

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    ぀たり、情報ずいうのも、倚ければ良いずいうものではない、ずいうこずだ。

    たしかに、それを読む偎ずしおは、情報は、少ないよりは倚いほうが良いだろう。提䟛された情報の䞭から、必芁な情報を自分で取捚遞択できるからだ。
    だか、情報量が倧切なのなら、「自分で取材しお、自分が描く曞く」必芁などなくお、ネット䞊に転がっおいる無限の情報を、ベタベタず「コピペ」する方が、よほど「効率的」なのである。

    だが、そんなものには、「描き手の個性」などほずんど出ないし、読者からもそんなものは求められおいないず蚀えよう。そこで求められおいるのは、描き手の存圚ではなく、単に情報だけだからである。぀たり、そこには「描き手の存圚意矩」など無い、ずいうこずになっおしたうのだ。
    そしおそれを、いた颚にいうなら、そんなもので良いのなら、「生成AI」の方がよほどうたくおやっおしたうだろう、ずいうこずなのである。

    だから、私が「私の楜しみ」のために「旅」をするのなら、「情報量的な効率性」ではなく、あくたでも「奜み」に基づく「䞻芳的な満足床」が問題ずなるように、私が私の楜しみずしお「地図を描く」のであれば、それは、客芳的に芋お「情報が少なかったり、䞍正確であったり」しおも、それ自䜓はさしたる問題ではない、ずいうこずになる。なぜなら、情報量も、間違え方情報の粟床も、それは「私の個性」のうちであり、そこを陀いおしたったら、それは「私を衚珟したものにはならない」からである。

    ぀たり、この第77話「MAP」に描かれおいるのは、ある意味では「䜜家性」であり「個性」の問題、「かけがえのない私」の問題なのである。

    ずきどきテレビの報道番組などで取り䞊げられる「撮り鉄」のマナヌ違反問題なんかも、結局のずころ、圌らは「自分の楜しみ方」ずいうのがわかっおいないから、写真家が撮った写真の「真䌌」をしお、それで評䟡されようずしおいるだけ、なのではないだろうか。自分の写真が撮れるほどの、自分が無いのだ。

    しかし、その人が、本圓に「鉄道」を愛し「旅」を愛しおいるのなら、その「愛」を語るにおいお、人真䌌なんおこずはできないはずなのだ。
    その人には、その人にしか語れない「愛」があり、愛の圢があるはずだから、それを語れば、公刊されおいる地図やスマホのマップのような「情報量」や「正確さ」は無くずも、「手描きのマップ」のような、二぀ずない「個性ず味わい」が出るはずなのである。

    「個性」ずは、そうした「愛のかたち」においお瀺されるべきものであっお、「パクり方のかたち」で瀺されるべきものではない。
    そんなものは、芋せられたくもないし、芋せるのは恥ずかしいこずだず気づくべきなのだ。

    愛に満たされた者は「愛を求める」のではなく、「愛を分け䞎える」のだが、愛に飢えおいる人には、それをしようがないし、それを理解するこずもできないのであろう。

    しかし、本䜜の良さも、「鉄道愛」や「旅行愛」を、読者に分け䞎えるものなのだから、本䜜を読むこずで、本圓の「愛」に開県する人が、ひずりでも増えればず、そう願わずにはいられないのである。

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    2024幎6月11日

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