
20年前スーパーにはナガサキがあった--メキシコはイーカゲンが好い加減(しごと篇)
突然だが、クイズである。
日本でキッチン用の電化製品3つと言えば
電子レンジ 電気ポット 炊飯器
だと思うのだが、メキシコでは なーんだ?
1)電子レンジ
これは日本と同じ。
ただし温め機能だけが大活躍。電子レンジで「調理」という日本的発想はまずない。タッパーはあるが食品ラップ文化もない。基本は皿をそのまま冷蔵庫、そのままチン!
2)コーヒーメーカー
メキシコはベラクルスやチアパスなど美味しいコーヒーの産地もあり、みんなコーヒーが大好き……の割には自宅や職場で、これを使って煮詰まった酸っぱい黒い水を量産しがち。
メキシコ人コーヒーメーカー派の元夫と日本人ドリップ派の私による宗派間戦争が50回くらいあった。離婚の原因の50分の1 はコイツかもしれない。
最後は、もしかしたら上記二つより大事なこちら。

3)そう。ミキサー(ブレンダー)である。
スペイン語で licuadora(リクアドーラ)。
メキシコの食生活では絶対欠かせない。
この使い方は後日「食」をテーマの記事で紹介することにして、今回はこのリクアドーラにまつわる、
メキシコのイーカゲン事情(仕事篇)
を、お届けしよう。
「お気に」のリクアドーラを買いたい
私の1回目のメキシコ滞在時の話である。
3都市目となるメキシコ・シティに住み始めたのは2004年夏。世界はDaddy Yankee のGasolina(ガソリナ)一色に染まり、街も人もなんとなくクルクル浮足立っていた。
大気汚染を避けて郊外で見つけた2DKの部屋は田舎だから安かった。しかし安い理由は他にもあった。
メキシコの賃貸住居は家具付きが多い。
しかしその家(オーナーの家の離れ)には、冷蔵庫やベッドはあったが色々なものが不足していた。ソファや食器棚。そしてコレ。
備え付けであるなら動けば何でもいい。でも自分で買うなら、私はこのOster社のお洒落レトロなガラス製のものが欲しかった。
しかし……当然だがイイものは高い。
この日本での輸入品ほどではないが、こちらでもプラスチック製の廉価品の2倍はする。
当時職なしの私にはかなりの高級品だった。
でもまあ自分は日本人。これが無いと今すぐ困る訳じゃない。そう余裕をかましつつもソコソコいつも気にして探していた。
運命の日はわりとアッサリやって来た。
当時同棲を始めていた彼(後の元夫)と少し家から離れた大型スーパーに行った時のことである。そこの電化製品売り場に今まで見たこともない底値であるじゃないか!
なぜこんなに安いのか売り場にいた兄ちゃん店員に聞く。理由は現品限りのディスプレイ品だから。箱も使用説明書もない。付いているのは赤いリボンと手垢だけ。
すぐさま引っ掴んでレジに行こうとした私だが、さすがに元夫は現地人。兄ちゃんに保証書は付けてくれと交渉を始めた。
お、おう。そりゃそうだ。買って帰ったら動きませんでした、じゃ洒落にならん。こういうちゃんとした店舗ならまずないけど、市場の露店で売られているものは買ったはいいが使えない、動かないなんてことはザラだ。

ちなみにこのスペインブランドの正しい発音は「サラ」だ。スペイン語のZは濁らない。
「説明書は要らないんだね。保証書のハンコだけあればいいんだね」
兄ちゃん店員が確認してくる。
要らない。即レスだ。だってON−OFFの スイッチが真ん中に一個あるだけ。その説明書?核兵器に次いでこの世で要らんでしょ。
すると兄ちゃん店員はその辺の別の機種の箱から説明書を取り出した。保証のスタンプを押す箇所を示して「じゃあ、ここだけコピーしてくるから」
そう言うと、どこぞへと消えていった。
ふふふふふ。
顔を見合わせ微笑む一組の仲良しカップル。
これであんな料理やこんな飲み物が、今日からじゃんじゃん作れるぞ/食えるぞ!
末尾は違うが二人の思いは一致していた。
「ねぇコピー受け取ったら、もう一度野菜コーナー行こうよ」
「うん、僕も同じこと思ってた」
ふふふふふ。
もうすぐウチの子になる働き者をナデナデ。こうして二人で手垢を無駄に増やした。
しかし兄ちゃん、時間かかってるな。
コピー機が故障とかかな?
まあ、メキシコだしな。
少し先の棚でおばちゃん店員が商品の陳列をはじめた。何となく見ていたら毎回なんか屈むのが辛そう。見かねたヒマジンの私たちは陳列のお手伝いなんぞをして時間を潰す。
陳列は終了。おばちゃんニッコリこちらもニッコリ。よし、この労働で今日の夕飯はさらに美味くなった。しかし彼はまだ帰らない。
うーん。まあ、メキシコだしな。
私たちは今度はその辺の電化製品をのんびり物色しながら待つことにした。
元夫はオーディオコーナーに貼りついた。普段は私のパソコンでCDの音楽を聴いている。すっかり洗脳され元夫もブルーハーツを少し歌えるようになった。"NO NO NO"ではNOの数がいつも1個多いか逆に1個少ない。リズム感とは。いや、わざとのボケなのか?そこで毎回ダメ出しでツッコミ返す日々である。
「これがあればラジオも聴けるよねー」
ミニコンポを手に取り、側面や背面を確認している。どーせ暇だ。中でも外でもいくらでも見てくれ。……買わないけどな。
購買欲がマイナスの私は彼の横で商品のメーカー名を順に目で追っていた。
パナソニック、ソニー、シャープ、ナガサキ。は?ナガサキ?なんだそりゃ。
「え、日本のメーカーじゃないの?」
「日本では、まず聞いたことないけど」
「ええ、そうなの?日本製の中では安いからけっこう人気だよ」
いや、だから日本製じゃないから。パチモンだから。こういう大手スーパーでもしれ~っと並んで市民権を得ているところがコワい。
当時は「高品質なら日本製」という神話があり(まあ一部は事実だし、なんなら今もありますよ)、携帯のNOKIAも周りのメキシコ人は皆日本製だと思っていた。HONDA,TOYOTA,TOSHIBA,NOKIA。確かに兄弟感はハンパない。
この裏返しでみんなが知ってる日本ぽい名前をつけとけば騙せるぞ、と思うんだろうな。まあ、日本人からすればヒロシマナガサキ、カラテにゲイシャじゃ逆に怪しいって思うけどねぇ。
しっかし遅いな。兄ちゃん。
さすがにもう来るかなと首を伸ばして辺りを見回すが、彼どころかおばちゃん店員も見えない。午後2時という中途半端な時間のスーパーの電化製品売り場は気づいたら私たち以外誰もいなくなっていた。
そんななか、相変わらず一つ一つひっくり返して眺める元夫。まるで美術鑑定士のよう。
なるほど。こうして今度はこいつらが手垢まみれのディスカウント品になるんだな。
うん。しばらくこのスーパーには近づかないようにしよう。
私はアクビを噛み殺しつつ心に誓った。
と、その時である。
近場の従業員用出入り口が音を立てて開き、驚いてそちらを見るとマッチョな男が2名、こちらにすんごい勢いで向かってくる。
なになになになに!?
やってきたのは店員じゃなくて……!?
服装的に……警察か。銃?持ってるし。
え、やだ怖い怖い。態度のでかい小心者である私はビビりまくって固まった。強盗が出たから避難しろ、とかそういうやつ?
元夫に早口で何か言っている。しかし当時の私のスペイン語はお尻の殻がやっと取れたくらい。全然わからない。元夫も早口で何かを訴えている。これまた判読不能。
ななな何なに? に、逃げなくていいの?
そのうちどっちもが笑顔になり、肩を叩き合い握手。さっきまで時々私にもガンを飛ばしてたくせに、ニコニコしながら手を差し出してくる。訳もわからず反射でニギニギ。
そして彼らは去っていった。
「……元夫くん、何だったの?」
「ああ、彼らはこの店の警備員だよ。モニターで店内を監視してたら僕たちの行動が怪しかったんで飛んできたんだって」
強盗犯はまさかの私たちだった。
単に商品見ながら店員を待ってただけだが、客観的に見れば……確かに怪しかったかも。
長時間一つの売り場にとどまる二人組。
そのうちの一人は確実に外国人である。
男は製品を次々手に取り仔細に確認。
女は時々視線を周囲に飛ばし、店員が来ないか見張り役。
……って、違ーーーう。逆っ!
店員に来てほしいの、待ってるの!!
既に待ち時間は30分を経過。
まあ、メキシコだしな、も限界突破だ。
私たちはケチがついたこの場所を離れ、兄ちゃん店員を探すことにした。
もし誰かに買われちゃったら今度こそホントの犯罪者になりかねないのでリクアドーラも当然一緒である。
その頃兄ちゃん店員は……?
彼はあっさり見つかった。
最初に向かったレジそばのお客様サービスコーナー。ここが日本のバブルの象徴ジュリアナ東京、の姉妹店になっていた。その中央で地味な扇子をクルクル軽快に振り回しつつ、お姉ちゃん店員に何かを熱く語っている。
くるくるくる。ひらひらひら。
なんだ、なんかに似てるな。
そうだ、あれだ。鳥の求愛ダンス。
そして察しのいいあなたのご想像の通り、その扇子こそ我らが30分以上待ち望み、警備員を無駄に走らせた元凶の「保証書」である。
静かな炎を背負って近づく私たち。
気づかず踊り続けるトリ野郎。
油を売ってるならソレ頭からぶっかけて
背中の炎でローストしたろか、
リクアドーラで挽肉にしたろかオイ。
フード・プロセッサーではないので水分がない粉砕は出来ません
「すみません。お話の邪魔をして大変恐縮ですが、そちらの手に持たれているのは、ひょっとして僕たちがかなり前にお願いしたものでしょうか」
基本私にはキレイなスペイン語で話してくれるけど、独り言だとお下品な言い回しをポロポロ出して、使えない語彙を私に授け続ける元夫の最上級の敬語表現。地味にコワい。
トリ兄ちゃんのダンスが止まる。
私たちの顔を見てハっとしたその視線が、自分がそもそも何故ここに居るのかを物語るジュリアナ扇子へとゆっくり移る。
私たちも無言で彼の視線を追った。
彼の肩越しにはキレイなお姉ちゃん。
彼女と私の視線が合った。すべてを察した彼女はすまなそうに口を曲げ、しかしうっすら面白そうに眉と肩をヒョイ、と上げた。
それを見て私は確信した。
ヤツの求愛ダンスは実を結ばない。ざまあ。
この約1時間後、リクアドーラは台所で完璧なパフォーマンスを披露した。その後このコは海を渡り日本でも大活躍することになる。
保証書は――――。はて。
あの日トリ頭ジュリ男から受け取った記憶も、もはや曖昧である。

足して2で割るより、2倍楽しむ
日本での結婚・離婚を経ての2017年。Daddy Yankeeが Luis Fonsiと2人がかりで再び世界をDespacito一色に染め上げた年、私の2回目のメキシコ滞在がスタートした。
1回目の頃よりこの国は確実に豊かになっていた。しかし働き方はあの頃とたいして変わっていない。基本イーカゲンである。
私はあの日の警備さんに言いたい。
警備員さん、モニターで見る相手を間違っている。私たちより従業員の動向を監視してくれよ。彼らのほうがよっぽど怪しいし、彼らこそ給料「泥棒」だよ、と。
郵便局に行けば1人に30分くらいかけるくせに、出した絵ハガキの半分も届かない(途中で切手をチョロまかす奴がいるらしい)。
役所や銀行に行けば長蛇の列でも開いている窓口は1つ。暇そうに働く人が中にうじゃうじゃいるのに業務が違うと言わんばかりに、こちらをチラリとも見ない。
布地屋の店員は頼んだ布のメートルを測りながら他の店員と雑談しているものだから途中で判らなくなって何回も測りなおす。「時そば」の強制鑑賞タイムである。
かたや。
元日にキチンと年賀状が届く郵便局。
時々部署をたらい回しにされることもあるが、基本的には書類記入のところに佇む「アドバイザー」的な職員によってスルスル運ぶ役所の窓口手続き。
列が伸びたら場内アナウンスで店長がすっ飛んできてレジに入るスーパー。
お客がいたら私語をしない店員たち。
日本とメキシコ、どっちがどっちか言うまでもないだろう。
ではどっちがいいか、となるとこの答えもすごく簡単だ。
どっちもいい。これに尽きる。
メキシコの接客の後だと日本の正確・スピーディなおもてなし文化が心に沁みる。
ただもし現場でストレスを抱えてまで日本式接客をしているなら、メキシコ式イイカゲン接客でもいいじゃないか、と思うのだ(手紙や荷物はちゃんと届けてほしいけど)。
一見この二つ。足して2で割ればちょうど良くなるように思えるが、それは長所も短所も消えた超絶つまらない世界が二つ生まれるだけの悪手である。
ブルトーザーで均した更地を歩いて面白い?
No!山あり谷ありだから面白いのである。
20年前。スーパーにはナガサキがあった。
今はない。ソニーやシャープがスーパーから消えたのと同時にパチモンも消えた。
では20年前が山で、今は谷なのだろうか。
No no. 今だって立派な山である。当時なかったものが周りにたくさんあるじゃないか。
ただ谷なら谷でいいじゃないか。山にはない面白い発見があるかもしれない。それがイヤで山に戻りたいなら自力で登るだけである。
自分の目で景色を楽しみ、自分の足で先へと延びるこの尾根線を進んでいこう。あの頃と同じ歌を口ずさみながら。
――あの頃の歌ってGasolina?
No no no. レゲトンは嫌いなの。ゴメンね。
No no no no no no no… 笑い飛ばせばいいさ
(約5500字)
ここまで読んでくれて本当にありがとう。
Hasta pronto! また会えますように!
※2025/07/15追記
この記事の感想を文月さまがかいてくださいました!ありがとうございます♡
こちらの記事のコメント欄にオマケのイイカゲンしごと話を書かせていただいているので、もしさらにお時間あったらフランスのイーカゲン事情が書かれた文月さんの記事へご訪問、そしてそのついでにコメント欄もご覧になってくださいね〜
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