
吉田修一「横道世之介」オーディブル・レビュー
ちょっと気晴らしに軽めのものが読みたいな〜と思い、Audibleのライブラリーに放り込んである膨大な「積読」リストから引っ張り出して読んだのがこちら。
この文庫版にかかった高帯が言うように
読んでいる間じゅう
好きがとまらない
幸せがとまらない
そして笑えるシーンもたくさんあった。
でも、
それだけじゃ、ない!
ううむ。さすが吉田修一。恐るべし。
ということで今日はこちらの作品を取り上げるが、先に予告である。
本作レビューでは「匂わせ」はあるもののネタバレなし。だが、後半取り上げる「この作品で思い出した昭和の本」ではネタバレありだ。まだ未読で映画も見ていない方はnote追記の項でまた予告するので、そうしたら速攻離脱をお勧めする。
それではVámonos ! (3600字)
「横道世之介」吉田修一著
今から20年前──。大学進学のため長崎から上京した横道世之介18歳。愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さで、様々な出会いと笑いを引き寄せる。友の結婚に出産、学園祭のサンバ行進、お嬢様との恋愛、カメラとの出会い……。
世之介の学生時代の1年間と彼と関わった人々の今を描き、誰の心の中にも、人生にも、温かな光を灯す青春小説の金字塔。
第7回本屋大賞第3位に選ばれた、柴田錬三郎賞受賞作。2013年には高良健吾×吉高由里子で映画化。
オーディブル レビュー
イントーネットと携帯で失ったもの
別に昔が良かったとか、昭和に戻りたいと言いたいわけではない。でもなんだろう、あの当時、間違いなく人と人との関係の温度は今より高く距離は近かった。
道が分からなければ交番で聞き、電話番号が分からなければ104で聞く。家電しかないからカレシとの電話も親兄弟に半分邪魔されながらする。よくも悪くも人と関わらずには生きることが出来なかった。待ち合わせのすれ違いもしょっちゅうなので、約束は今よりもっと必死だった。そんな時代の空気が人格化したような世之介の数々のエピソードがただただ愛しい。
不器用でスマートじゃないけど温かい。ナレーションとなる地の文の可笑しみとともに終始ホッコリと聴いていた。実際に起こった事件が終盤話で現れるまでは。
いつでもどこでも誰もがスマホを見つめていたらこの事件も起こらなかったかもしれないと思うと、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。
でも。もう今さらインターネットやスマホのない時代には戻れない。そのなかでどれだけ私たちは人間らしく「不器用」でいられるだろうか。効率やスピード、処理容量では機械に勝てない人類の最終的な勝負ポイントは、こんな一見情けないけど計算なしに「できる」と思うことを行動に移せる「横道世之介」成分なのかもしれない。(2025/05/24 読了)
note追記
この作品は2013年に沖田修一監督、高良健吾主演で映画化されている。
ついでに言えば吉田氏の「国宝」の映画は、6月6日まもなく公開だ。
他にも「悪人」「パレード」など10を超える映画化作品のある吉田修一氏。なぜこんなにも彼の作品は映画化されているのだろう。
私が考えた理由は3つ。
映像が浮かんでくるシーンの豊富さ
端役まで「人間」がきちんと書かれている
エンディングに茫然とさせられる
この最後の部分については以前悪人のレビューでも書いたので、詳しくはそちらを参照していただきたい。
ともかくこの単なるハッピーエンドでもバッドエンドでもない彼の数々の作品が映画と相性がいいのは必然だ。別にどちらがいいとかいう話ではなく、テレビドラマではもう少し「わかりやすい」話が好まれるだろう(実際彼の作品でテレビドラマ化された数は映画化の半分以下である)。
さて。この後は本作品のネタバレが始まる。
それを目にしたくない方はここで、ぜひ吉田氏の他作品のレビューへ飛んでほしい。
「横道世之介」 吉田 修一 (著)
単行本(朝日出版社) – 2009/9/16
文庫(文春文庫) – 2012/11/9
オーディオブック(13時間24分)
梅原 裕一郎(ナレーション)
この作品で思い出した昭和の本(両方の作品のネタバレあり)
三浦綾子氏の「〇〇○」
この作品自体のネタバレも避けられない。
ヤバい、と思ったらそっ閉じをお願いする。
この作品を知っている方なら「あ、そっち」と思われただろう。そう、バブル期の若者青春オモシロ話つながりではなく、ソッチつながりである。
誠の心、勇気、努力。
大勢の乗客の命を救うため、雪の塩狩峠で自らの命を犠牲にした若き鉄道員の愛と信仰に貫かれた生涯を描き、人間存在の意味を問う。
結納のため、札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車は、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れて暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らを犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。
どちらも列車の事故という共通点があるとはいえ状況はかなり違う。それでもなぜか私のなかでこの二作品が繋がってしまったのだ。
共通点はこちら。
どちらも実際の鉄道事故が題材
主人公はどちらも平凡な一市民
友情や恋愛のハートフル要素あり
ほとんど最後までそのエンディングの予兆なし
ちなみに私が三浦氏の作品で一番好きなのは「海嶺」で、こちらは『10年に一度読み返す本リスト』に入っているほどなのだが、この塩狩峠は多分大学生の時に母から勧められて読んで以来一度も読み返していない。そこで朧げな自分の記憶を頼りに以下書き進めていくことを初めにお断りしておく。
だったらもう一度読んでから書けばいい。
そうなのだが、どうしても読めなかった。
それはなぜか。
二重の意味で「ツラそう」だからである。
ツラい理由① ほぼラスト近くまで淡々と進む(※個人の感想です)
クリスチャンである三浦氏の作品はその信仰心が前面に出た作品とそうでもない作品とがあるが、本作は『信徒の友』というキリスト教の雑誌で連載されていたこともあってか、紛れもなく前者タイプの話である。
「お天道様に恥じない程度に生きたい」くらいの宗教観しかない自分は、特定の宗教への信仰のひたむきさを時に冷笑気味に受け止めてしまうところがある。
この本を読んだときの私は今よりもっと若く、時代もまさに「横道世之介」時代。刺激的でジェットコースターのような変化を欲していた。
「どーしてお母さんはこの本を薦めたのかなあ。自分だって無宗教のくせに」
なんの飾りもない平凡なトロッコ列車がトコトコと平坦な道を進んでいくようなストーリー展開にほとんど興味を失いながら読み進めた記憶がある。
ツラい理由②呼吸困難になる
そのトロッコ列車の歩みが、どうだ。
クライマックスでその話の内容そのままに一気に速度を増し、暴走する。それを最大限に生かすためか、と悔しくなるほどのギアの変わりようだ。
そうして私はベッドのなか嗚咽が堪えきれなくなり号泣。最後は呼吸困難になった。
もともと2時間ドラマでも家族がイビキをかいて寝落ちしている横でダラダラ泣けるし、なんならスリーアウトになって残塁した高校球児が全速力でベンチに駆け戻る姿を見ただけで泣ける、栓が緩いどころか消失している私の涙腺だが、ここまで崩壊したのはこれと「マディソン群の橋」くらいじゃないだろうか。どちらもあまり期待していなかった分だけ反動で持っていかれた記憶がある。
過呼吸になりそうな呼吸困難はつらい。
うーん、やっぱりまだ読めないなあ。
でも今回オーディブルにあるのを発見してしまったので、とりあえずライブラリーに入れた(海嶺はない。残念!)。
そのうち。いつか。……うん。
塩狩峠 三浦 綾子著
(新潮文庫) 文庫 – 1973/5/29
オーディオブック(11時間25分)
斉藤 範子 , バートラム , 浅木 俊之 ほか(ナレーション)
「横道世之介」との違い
何度も引き合いに出して恐縮だが、「悪人」のレビューで書いた通り、吉田氏の作品は安易に読者を「泣かせ」に来ない。この作者の美学を感じる一番の点だ。
だから本作でも「じわり」とくることはあっても、決定的なシーンや描写は避けられているため、形となって外へと流れ出ていかない。その分自分の身体のなかにじんわりと波紋のように広がって沈殿していく。
こうして身体のなかに「吉田修一」エキスが溜まっていき、麻薬のように次の接種を体が要求してくるのだ。
ということで次回は「国宝」レビューかな。
いや、ほんと他にも読みたい本がたくさんあるんで、吉田修一さん、そろそろ私を解放して!と逆恨みも甚だしい今日この頃である。
お読みくださりありがとうございました。
Hasta pronto! またお会いできますように
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©️2025 naveotoevan 0024 吉田修一「横道世之介」オーディブル・レビュー