
瞑想合宿でエクソシスト体験した話@チェンマイ【後編】
これは以下の記事の続きです。
瞑想合宿の始まり。
約15年前に参加した、チェンマイでの瞑想合宿。
期間は約1週間。
先生はアメリカ人の著名なチャネラ―かつ瞑想指導者の方でした。
初日に先生から、「ここは長年瞑想が行われてきた場所。だから、とても瞑想状態に入りやすい。レクチャーの時間以外にも、時間を見つけて瞑想することを勧めます。」という話がありました。
一日のスケジュールは、毎3時間くらい先生のレクチャーと質疑の時間があって、それ以外は自由時間だけれども、できるだけ各自で瞑想するようにとのこと。
期間中に1回、先生からの新しいマントラ伝授があり、その後にサイレントとして丸一日、誰とも話さず目もあわせない時間を持つとのことでした。
ガッツリみんなで何時間も瞑想するのかと思っていたので、若干拍子抜けな感じはありつつも、せっかく来たのだからできるだけ瞑想しようと思いました。
そうやって始まった合宿でしたが。
先生は「瞑想に入りやすい場所」と言っていたけれど、私はそれも感じることができず😭
「ここまで来てもダメなのか…」と辛い気持ちになりましたが、
参加者には面白い人がたくさんいて、そういう人たちと喋るのが楽しく、また、少しタイ語ができる私は宿の人たちとも仲良くなって、
2日目には、「楽しいし、まあこれはこれでいいかー!」という気持ちにもなっていました。
(いや瞑想しろよ…😂)
「先生のエネルギーがすごい!」と聞いて。
そんな中、参加者の中でもエネルギーに敏感な人たちが、
「とにかく先生のエネルギーがすごい!レクチャーの時に正面に座ると、すごくよく分かる!」と興奮気味に言っていて。
私は、自分はエネルギーなんてまったく分からない人間だと思っていたし、実際にそれまでのレクチャーの時にも先生のエネルギーなんて感じたことはなく。
でも、そんなにすごいなら体験してみたい!
そう思ったわけです。
それまで私は、先生から少し離れた場所に座っていたのですが、仕事の都合で1日早く帰ることになっていたので、最終日にみんなに言って、先生の真正面、最前列に座らせてもらいました。
先生が登場してレクチャーが始まっても、特にエネルギーとかは感じない😭
自分は瞑想もダメだしエネルギーも感じられないし、ダメなんだなあ…と、お馴染みのそんな気持ちになっていたとき。
身体が勝手に揺れ始めました。
もちろんそんな体験は初めてで、ものすごくびっくりしました。
日本人の先生から、瞑想中に身体が揺れたり動いたりすることがあるというのを聞いていたし、合宿中に、実際にそういう人を見て驚きました。
だから怖さとかはまったく無く、
むしろ、それまでまったくそんな不思議体験が無かったから、「おおおこれか!」となんだかとても嬉しかった。
「やっぱり先生のエネルギーの影響なんだろうな、すごい!」と思いました。
しばらくしても揺れは収まらず。
でも先生、目の前で私がずっとグラグラ揺れているのに、まったくそれには触れず、何事も起こっていないかのように話し続けるんですよ。
「い、いいのかなこれ…」と思い始めた頃。
う”ぉぉぉぉー!!!!!!
地鳴りのようなものすごい叫び声が、突然、自分の口から出てきたのです。
エクソシスト(?)の始まり。
意識は普通にあったので、めちゃくちゃびっくりしました。
自分の意思とはまったく関係無く、勝手に口からものすごい叫び声が出ているわけですから。
そしてその声は、自分で出そうと思っても絶対に出ない、低くて恐ろしい、まさに悪魔のような声でした。
焦る私、ザワザワするみんなを尻目に、先生は何事も起きていないかのように平然と話し続けます。
「止まらない、どうしたらいいの…先生、普通に喋ってる場合じゃないよ、どうにかしてー😭」
その思いでいっぱいでした。
しばらくして先生が「なおこ以外は後ろに下がって」と言いました。
まだ恐ろしい叫び声を上げ続けながら、「いったいのこの時間はなんだったんだ…でも、やっとどうにかしてくれる😭」と思いました。
先生が、「なおこ、なおこはどこにいる。出てきなさい。」と言いました。
すると、今まで止めようとしても止められなかった叫び声に代わって、チャンネルが切り替わるように、私自身の声を出すことができました。
「はい、なおこです。ここにいます。」と答えました。
ちなみに…不思議ですが、私は英語が流暢ではないのに、この時は先生の英語が分かったし、いつもより全然スムーズに英語が口から出てきました。
すると先生が、「なおこ、あなたの中の愛を思い出しなさい」と言いました。
けれども当時の私はまだ「自分の中にも周りにも、愛なんてまったく存在しない」と心の底から思っていたので、
先生のその言葉に対して、
「私の中に愛なんてありません」と言って、泣きました。
私のその答えを聞いて、先生は作戦を切り替えた(?)ようでした。
先生が何かを言うと、私の意識はありつつも背景に行ったようになり、また悪魔の声が何かを勝手に喋り始めました。
先生が、悪魔のような声に対して「出ていくか?」と問いかけると、
悪魔の声は「Noooooooo-!!!」と叫び、まるで先生に噛みつかんばかりになって。
私の意識は背景に行っているとはいえ、しっかり存在していたので、
「いやいやまじか!どうしよう!!!」と焦りまくり。
でも同時に、「勝手に喋ってるよ…すげえな。」と感心するような思いもありました。
先生、業を煮やす(?)
先生はその後も少し悪魔と押し問答のようなことをしていましたが、そのうちに、少し前に封印して、もう行わないと言っていた、煙を使ったヒーリングの準備をし始めました。
会場も、「おお、あのヒーリングをするのか…!」と、ちょっとザワザワしていた感じがありました。
そして先生が私に向かってその煙を浴びせます。
すると、悪魔は「ぎゃああー!!」みたいに叫ぶものの、一向に消えたり出て行ったりするような気配は無く。
その状態に、先生が業を煮やしたのでしょうか。
最終的に先生が、座っていた私の額をバーン!!!と手で打ち(痛みは無かった)、私はばったりと床に倒れました。
後から友達に聞いたところでは、「あの時先生、イライラしてたように見えたわ…笑」とのことでしたが、本当のところどうなのかは分かりません。
悪魔(?)が出て行ったような感覚は特にありませんでしたが、口からはもう、その声は出てきませんでした。
で、この時に私が何を思っていたかというと。
「私、このまま悟るかも…」
😂😂😂
いや、それくらい悟りたかったんですよねえ。
こんな体験したんだから、ドラマチックに悟れるのかと思ったんですよ。
で、倒れたまま、いつ来るかさあ来るかと、悟りが来る瞬間を待っていたわけですが、
残念ながら特に何も起きず・・・。
諦めて起き上がった私が言った言葉は、
「あーびっくりした。」
後からみんなに、「こっちの方がびっくりしたっつーの!」と言われました。(そりゃそうだ😅)
「あのエネルギーは、そういうものじゃない。」
私は気づかなかったのですが、このエクソシスト?の最中、突然激しいスコールが降り始めたそうです。
外に出た私の目の前には、大きな虹がありました。
そして、自分の意識がお腹のあたりにあるような感覚で、それは今まで感じたことのない、ものすごい安心感と安定感でした。
あの感覚は言葉にしづらいのですが、落ち着いていてどっしりしていて、周りで起きていることがちゃんと分かって、そしてブレない感じ。
こんな感覚は初めてで、「うわーすごい…これで生きていけたら怖いもの無だ!」と思いました。
「悟れなかったけど、この状態で生きられるなら全然いいや」と思うほど、その感覚は素晴らしいものでした。
そんな私のところに、ある参加者の方が来てこう言いました。
「恐らく憑依されやすい体質だと思う。自分が変わらない限り、また同じようなものに憑かれてしまうと思うよ。」
それに対して私は、また口が勝手に喋るかのように、自分の意思とは別のところから、こう返していました。
「あのエネルギーは、そういうものじゃない。あれは私自身の中にあったエネルギーです。だから大丈夫。」
自分でも不思議でしたが、そこには絶対の確信があって、言いながら「へええ、そうなのか」と思っていました。
少したって、日本人の先生から呼ばれました。
「どう?大丈夫?」と気遣ってくれて、さっきの出来事をどう思っているかを聞かれました。
私は先の参加者との会話を伝えて、「いま振り返ってみてもやっぱり、外のものじゃなくて自分の中のエネルギーなんだろうなと、そういう感じがします。」と言いました。
すると先生は、「そういう風に感じているのなら良かった。私もそうだと感じています。」と言ってくれました。
その日の夜は、みんなでチェンマイのナイトマーケットに出かける予定の日でしたが、私は、あまり刺激を受けない方が良いだろうと言われて、ひとりで宿に残りました。
静かになった宿の敷地で外のテーブルに座っていると、宿のオーナー夫人であるタイ人女性がやって来て話しかけてくれました。
この女性はユーモアがあってあたたかい、とても素敵な人で、タイ語でジョークを言ったりする私を面白がって、「うちにお嫁においで!」と可愛がってくれていました。
正確な言葉はもううろ覚えですが、彼女はこんな風に言ってくれました。
あなたは今日、大きな扉を開いた。
これまで、たくさんの苦しみがあったかもしれない。
でも、あなたは愛を伝えていく人。
どんな時も、愛があることを忘れないで。
彼女の眼差しから、彼女自身もきっと大きな苦しみを知っているだろうこと、そして深い慈愛が伝わってきました。
昼間の明るく元気な彼女とは別の顔。
ああ、この人はこういう人だったんだな、と思いました。
涙が止まらなかった。
あの穏やかで静かであたたかかった彼女との時間は、とても印象に残っています。
ちなみに。
彼女とは英語で話していたのですが、この時も普段と違い、自分の口からすらすらと英語が出て来るのが不思議でした。
その後の私。
で、こんなに激しい、ある種のカタルシスのような体験をした私ですが。
その後、何かが変わったかというと、
特に変化は感じず😂😂😂
あの直後に感じたような絶対的な安心感やどっしり感も、一晩寝た翌日には消えて、それまでと何も変わらない私が居ました。
残念がる私に、信頼できる、そしてはっきりものを言ってくれる知人は、
「なおちゃん、体験を掴まないようにね。ぜんぶその時その時のこと、過ぎていくことだよ。」
そう言ってくれました。
それでも当時の私は、しばらく思いっきりこの体験を掴んでいましたが…笑
ちなみに、この翌年の瞑想合宿でも同じようになった人がいたということなので、やっぱりあの場所が、もしくは先生のエネルギーが、何らかの作用をしているのかもしれません。
こういうのって、起こり得ることなんですねえ。
でも確かに、あの場所は不思議な場所だったなあと思います。
実はエクソシスト?体験以外にも、いくつか不思議な体験をしました。
普段はビジョンなんてさっぱり見ることのない私が、瞑想伝授の時に、ヒマラヤのような雪山の後ろから、三角のガラス張りのドームに入った白髪・白髭のおじいちゃんがドーンと出てくるフルカラーのビジョンを見たり。
夜にひとりで瞑想している時に、身体からドーンと龍が出てきたり…(龍は身体をヒーリングしてくれていたようで、身体が勝手に色々と動いて調整されている感じでした。)
何度も書いているように、私は瞑想さえもできないしエネルギーも感じない(と思っていた)人間だったので、それまで一度も、こうした、いわゆる不思議体験をしたことはありません。
そして、疑い深いうえに、地に足の着かないスピリチュアルは大嫌いという人間ですが😅
これらは、少なくとも私自身にとっては、否定したり無かったことにしたりすることのできない、確かな体験でした。
でも、同じく確かだったのは、あのような不思議な体験をしても、日常に戻った私の状態は、特に何も変わっていなかったということ。
それまでの私は、「何かすごい体験をすれば、劇的に変わるはず!」と思っていました。
けれども、そうではなかった。
あの体験に、まったく意味が無かったとは思いません。
私が期待したような意味では何も変わらなかったとはいえ、不思議なことは起こり得ると知ったし、何よりとても興味深い体験でした。
そして、この世界に奇跡のようなことが無いとも思わない。
でも現実的には、何か一つの出来事によって別人のように変わるようなことは、ほとんど無いだろうと今の私は思っています。
地味だけれども、日々の取り組みと探求を通して、少しずつ変わって行く。
昔の私は苦しすぎて、そういうことの意味も価値も理解することができなかったけれど。
でも実はそれこそが、確実な変化に繋がる、そして何より、とても面白く興味深い探求だということ。
それを知ることができて良かったと思います。
▼「本物のすごい人さえ探すことができたら救われる」と思っていた、スピリチュアル・ジプシー時代の話
▼「カタルシスが変容に繋がらない理由」というブログも書いてます。