
「すごい人に救ってもらおう」としていた私が、ヒーラーに八つ当たりされても通い続けた理由とは。
「あなたは苦しいとか言いながら、ちゃんとした会社で働いてるんだからいいじゃない!」
セッションの場で、ヒーラーさんにイライラした口調でそう言われたことがありました。
びっくりしました。
私の悩みを扱ってくれる場じゃないのか?
なんでそんなことを言われなきゃいけないんだろう…。
そう思いました。
けれども、そんなことがありながらも、私はその後もそのヒーラーさんのところに通い続けたのでした。
はじめてのスピリチュアルヒーリング体験
約17年くらい前のこと。
鬱になってまったく動けなくなり、心療内科で傾聴型のカウンセリングを1年に渡って受けました。
それまで誰にも言えずに抱えてきた苦しみを吐き出してわんわん泣いて、それでスッキリして変わるかと思いきや、苦しみはまったく変わらずで。
何とか復職したものの、実際は回復には程遠い状態。
そんな私を見た会社の先輩が、
「怪しいと思うかもしれないけど、私の同期で信頼できる人だから…もし興味があったら受けてみても良いかも」
と勧めてくれたのが、あるヒーリングでした。
その先輩が、それまでスピリチュアル的な話をしているのを聞いたことはまったくありませんでした。
すごく堅実で、むしろスピリチュアルとか敬遠しそうな人だったのですが、恐らく本気で心配して、怪しいと思われるかもしれないと思いつつも伝えてくださったのだと思います。
今振り返ってみれば、これが私が癒しに足を踏み入れるきっかけでした。
その意味でも、先輩には本当に感謝しています。
ちなみにこれ、余談のようで大事な話なのですが。
今は、発達性トラウマを抱えた自分がなぜ傾聴型のカウンセリングでは変わらなかったのか、その理由がよくわかります。
私に必要だったのは、傾聴や認知行動療法のような思考や認知から働きかけるトップダウンのアプローチではなく、身体や神経系、潜在意識に働きかけるボトムアップのアプローチでした。
▼なぜ当時の私がカウンセリングでは変わらなかったのか。
それについて以下の記事で詳しく書きました。
「この世界に魔法があった!」
私はずっと、スピリチュアルなんてまったく興味が無かったし、むしろ嫌いでした。
神様がいるなら、どうしてあんな状況に対してなんの助けも無かったのか。
見ているだけの神なら要らないと思っていました。
魂の生まれ変わりの話を聞いても、
「じゃあなんで地球の人口は増え続けてるの?」
そう言うような子どもでした。(かわいくない…😂)
以前の私ならヒーリングなんて見向きもしなかったでしょうが、その時の私は、本当に藁をもすがる思いで。
先輩から教えてもらったそのヒーリングについてネットで調べてみたところ…
なんだかものすごい感想が色々出てくるんですよ。
「人生が変わりました!」
「完全に癒されて苦しみが消えました!」
みたいな。
そんなの見たら期待は爆上がり。
そりゃあ受けたくなるじゃないですか😂
決して安い値段ではありませんでしたが(というか、かなり高かった⋯2泊か3泊の国内旅行に行けるくらい)、
もうダメ元でいいや、思い切って受けてみることにしたのでした。
(先輩の知人の方は遠方だったので、近場で同じヒーリングをしている信頼できそうな人を探して、その人から受けました。)
はじめてのヒーリングでびっくり体験
こうして、はじめてヒーリングなるものを受けたわけですが。
ヒーリングやってる人なんて、果たしてどんな人なのか、そしてどんなことになるのか。
めちゃくちゃ緊張していました。
でもそのヒーラーさんは優しく常識的な感じの人で、だいぶほっとしました。
簡単な説明を受けて、いよいよヒーリング。
ドキドキしながら、ベッドに横になって目を閉じる。
ヒーラーさんが何をしているかはさっぱりわかりませんでしたが、
そのうちに、手足が勝手に動いたり、声が勝手に出たりしはじめた(゚∀゚)
めっちゃくちゃびっくりしました⋯
不思議な世界ってあるんだ!と衝撃でした。
それまでスピリチュアルや目に見えない世界を嫌いだったのが、あまりのインパクトにそれが反転したような感じでした。
そのヒーリングで何かが変わったかと言えば、
正直なところ、何も変化は感じなかった。
けれども不思議な体験をしたことで、どこかに魔法のようなものがあるのだと思ってしまったのでした。
「本物のすごい人」を探して彷徨う日々
そこからの私はネットを徘徊して良さそうなヒーリングやチャネリングを探しまくり、実際にセッションを受ける日々に突入します。
「本物のすごい人さえ探すことができたら、私は救われる」
本気でそう思っていました。
立派なスピリチュアルジプシーの誕生です😂
ヒーラーさんからの、まさかの八つ当たり
そして、そのジプシー時代に出会ったのが、冒頭のヒーラーさんです。
子どものころからサイキック能力があり、長年この仕事をしているというプロフィールと、たくさんのすごい感想に信頼を感じてセッションを申し込みました。
ものごころついてからずっと苦しいこと。
15年以上続く摂食障害のこと。
心療内科でカウンセリングを受けてもまったく変わらなかったこと。
そして、何とか復職したものの、やはり人間関係に難しさを感じて苦しいこと。
ヒーラーさんは特に何も言わずに聞いていましたが、私が一通り話し終わるとこう言いました。
それが冒頭のこの台詞です。
「あなたは苦しいとか何とか言いながら、ちゃんとした会社で働いてるんだからいいじゃない!」
続けて、こうも言われました。
「私は社会ではどこへ行っても上手くいかない。だから自分でやるしかないの!あなたは苦しいとか言ったって、結局恵まれてるの!」
そう言われて、
それこそ、
そんなつもりじゃなかったのにな⋯
そう思いました。

当時の私は、
「目に見えないものが見える人はすごい」「私の知らない答えを知っている」と、疑いも無く思っていました。
だから、そんなことがあったにもかかわらず、その後も何度かセッションを受けたし、講座にも参加しました。
今思えば、完全に思考停止に陥っていました。
おかしいことに気づけなかった。
というか、どこかでおかしいと思いながらも、それに蓋をした。
それは、
そのヒーラーさんを、「私にはまったく知ることができない”すごい世界”が分かる人」だと思っていたし、
自分よりも優れている人、力がある人だと思って、
自分を無力なポジションに置いて明け渡していたからだと思います。
いま振り返ると、こういう構造って、特に目に見えないものを扱うスピリチュアル界隈では起こりがちだよなあと感じます。
本当の意味での、癒しと探求の始まり
その後、色々なスピリチュアルセッションやヒーリングを受けてもほとんど変われなかった私は、どうにか楽になる方法は無いかと探し続ける中で、心理療法に出会いました。
そして、
「人から癒してもらう」のではなく、
「自分と向き合い、自分を癒していく」ことに取り組み始めます。
そこから本当の意味で、私の癒しと探求が始まりました。
スピリチュアルジプシーだった当時の私に、「それをやっててもあまり変わらないよ」と言っても、たぶん聞かなかったと思います。
それくらい必死だったし、「魔法のようなものがあるんだ」と信じていたから。
誰かに言われても聞く耳を持てなくて、
痛い目を見ても自分の体験で理解しない限りやめられないことってありますよね😂
「誰かすごい人」に救ってもらおうとしていた私が、
自分を救えるのは自分なのだと気づくまでに、何年もかかりました。
けれども、その遠回りも、
私の癒しの一部だったなあと今は思います。