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【陶奔星霜】第6話「福猫暗号」3/6

    後日、西日が差し込む教室で、
    陶揮、碧釉、颯太、翠の4人が机を囲んでいる。
    颯太がスマホを机に置き、得意げな顔で言った。
    「なぁ、ちょっと面白い話を仕入れたんだけどさ…」
    陶揮が顔を上げる。
    「また情報屋のネタ?」
    「まぁな。幻の器に関係あるかどうかは分かんねぇけど──
     この学校、開かずの間があるらしい」
    「開かずの間?」 翠が眉をひそめる。
    「そう。誰も入れない部屋。鍵がずっと開かないんだって。
     マジで入れないの。で、もっとヤバいのが……
     三十年前、うちの学校で女子生徒の失踪事件があったらしい」
    その言葉に、空気が一瞬止まった。
    碧釉が小さく息を呑む。
    「……失踪って、行方不明ってこと?」
    「そう。記録も曖昧で、昔からいる先生でも知らないんだよ」
    翠が腕を組み、半ば呆れたように笑う。
    「颯太、そういう話、好きだよね。どうせ都市伝説でしょ?」
    「いや、マジだって。俺、報道研の資料室で古い新聞見たんだ。
     小さな記事の切り抜きで、名前や住所なんかは載ってなかったけど、
     “瀬戸中央高校 女子生徒が行方不明”って見出しが残ってた」
    陶揮は黙って聞いていたが、やがて静かに言った。
    「……開かずの間、か。もし本当にあるなら、無関係とは言い切れないな」
    碧釉が不安そうに陶揮を見る。
    「でも、そんな場所に入るのは危ないよ……」
    翠がすぐに明るい声で被せる。
    「まぁまぁ、碧釉。どうせネタだから。
     でも、もし本当にあるなら見てみたいかもね」
    陶揮は苦笑しながらも、どこか真剣な目をしていた。
    その瞳の奥には、ただの噂では終わらせないという決意が宿っていた。
     
    放課後、4人は”開かずの間”を探して校内のあちこちを歩き回っていた。
    「美術室……文化祭の作品展以来だな。
     奥の備品室も特に変わったものは無いか…」
    陶揮が油絵の具の匂いの残る部屋を見渡す。
    「音楽室も異常無しだ。
     まぁ、ピアノの下に器なんかあったらホラーだよな」
    颯太が冗談めかして言うと、碧釉が苦笑した。
    「図書室も見てきたけど、古い郷土資料しかなかったよ」
    翠が本を抱えながら小さく首を振った。
    どの部屋にも“開かずの間”らしい気配はない。
     
    校舎を出た4人は、グラウンドで夕陽に照らされながらため息をついた。
    「いっそ校庭を掘り返してみるか? 何か埋まってるかもしれないぞ」
    颯太が真顔で言う。
    「遺跡の発掘調査じゃないんだから」
    陶揮が即座にツッコミを入れる。
    「それに桐の箱に入った器を埋めるわけないだろ」
    「だよなぁ……」
    颯太が頭をかきながら笑ったそのとき、背後から声がした。

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     「おい!何か探してるのか?」
    振り向くと、陶揮の友人 赤津 鉄平(あかづ・てっぺい)がジャージ姿で背中に夕日を浴びて立っていた。180センチを超える長身と窯仕事で培った肉体は、まるで大きな壁のようであり、マラソン、自転車、水泳という過酷なレースを走り抜けるトライアスロン部の中心的存在である。

    「鉄平!」 陶揮が顔をほころばせる。
    「突然なんだけどさ…」と、前置きして切り出す。
    「うちの学校に”開かずの間”があるって話、聞いたことない?」
    鉄平は少し考え込むように顎に手を当てた。
    「開かずの間……?それ、古い倉庫のことじゃないか?
     クラブハウスの裏にあるやつ。
     長いこと誰も使ってなくて、もうすぐ取り壊されるらしいぞ」
    「さすが、開かずの間なら赤津 鉄平だな!」
    颯太がニヤリと笑いながらダジャレを放つ。
    「……意味わかんないし」 翠が冷たく突っ込む。
    鉄平は苦笑しながらも、「案内してやるよ」と言って歩き出した。

    運動部が使用しているクラブハウスの裏手。
    夕陽に照らされた古い備品倉庫が、静かに佇んでいた。
    壁はくすんだ灰色、窓は曇りガラス。
    横開きの重い鉄扉の取っ手はところどころ錆びている。
    「鍵、かかってなさそうだな」 陶揮はギィと音を立てて扉を開けた。
    中は薄暗く、古い机や壊れた椅子が積み上げられている。
    埃の匂いが鼻をついた。
    「……何もないじゃん」
    颯太が息を吐いたその瞬間、碧釉が奥を指さした。
    「待って、あそこ……もう一つ扉がある」
    倉庫の奥に、もうひとつ扉があった。
    古びた木の扉。こちらにはしっかりと鍵がかかっている。
     
    4人は思わず息を呑んだ。
    「ここが……開かずの間……なの?」 翠が小声でつぶやく。
    その静寂を破るように、颯太がわざと低い声を出す。
    「三十年前の女子生徒…… この中で仏さんになってたりして」
    「やめてよ!」 碧釉が飛び上がり、翠も肩を震わせる。

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    「冗談だって。……でも、気になるよな」
    颯太はニヤリと笑う。
    「あのさ、この後、うちで作戦会議しようぜ。
     "たません"と瓶コーラくらいならご馳走するぞ」
    颯太の実家──祖母懐堂(そぼかいどう)は、昔ながらの駄菓子屋で、
    近所の子どもたちの憩いの場だ。
    「ちょうど小腹も空いたし、行こうよ」 陶揮が碧釉を見ると、
    「うん、私、たません好き」 碧釉は素直に頷いた。
    翠は腕を組んで少し考え── ぱっと顔を上げる。
    「ハーゲンダッツも付けてくれるなら行く!」
    「おい、贅沢だな! うちにそんな高級なモノ……まぁ、あるけど(小声)」
    颯太は一瞬だけ苦い顔をしたが、翠が来ると分かった瞬間、頬が緩んだ。
    「あるんかい!」 陶揮が即ツッコミを入れる。
    颯太はニヤリとしながら言い返す。
    「陶揮……絶対、ガリガリ君やホームランバーしかないと思ってただろ?」
    「図星だよ」 陶揮が手のひらを上に向けると、
    碧釉と翠が同時に吹き出した。
    そんなやり取りをしながら、4人は夕暮れの校舎を後にし、
    瀬戸口駅へ続く坂道を歩き出した。
    その背中には、“開かずの間”の謎と、ほんの少しのワクワクが揺れていた。
     
    尾張瀬戸駅から瀬戸蔵の横を抜けて緩やかな上り坂を歩く4人。
    西日が電柱の影を長く伸ばし、どこか懐かしい放課後の匂いが漂っている。
    「この坂、相変わらず長いな……」 陶揮が苦笑すると、
    「もうすぐ “あの店”があるって思うとワクワクするよね」
    碧釉が嬉しそうに言う。
    颯太は胸を張って歩きながら、
    「だろ? 俺の実家は瀬戸が誇る文化遺産だからな」
    と、いつもの調子で言う。
    「文化遺産って……駄菓子屋でしょ」
    翠が呆れたように言うが、その声にはどこか楽しげな響きがあった。
     
    やがて坂を上り切った角に瓦屋根の古い木造家屋が見えてきた。
    ── 駄菓子屋・祖母懐堂(そぼかいどう)。
    瓦屋根はところどころ色が褪せ、正面の引き戸には、
    吹きガラスがはめ込まれている。
    ガラス越しの景色がゆらりと揺れ、
    昭和の家にあった“あの歪み”がそのまま残っていた。
    店の入り口には、色褪せたロゴの古い自販機とプラスチックの丸いカプセルがぎゅうぎゅうに詰まったガチャガチャが並んでいる。

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    「ただいま!」
    颯太が引き戸に手をかけ、 ガラリ、と音を立てて開ける。
    その瞬間── ソースの香り、駄菓子の甘い匂い、
    古い木の匂いが混ざり合い、4人の鼻をくすぐった。
    「……この匂い、懐かしい」 陶揮が思わずつぶやく。
    「分かる。なんか、子どもの頃に戻ったみたい」 碧釉が微笑む。
    店内は、昭和と平成初期がそのまま残ったような空間だった。
    店の棚には、うまい棒、ベビースター、10円ガム、きなこ棒、ヨーグルトの小さなカップなどの駄菓子と紙風船、竹とんぼ、グライダー、くじ引きの箱、菓子パン、カップ麺がぎっしり並んでいる。
    奥には、たませんを焼く鉄板が置かれ、ソースの焦げた香りがほんのり漂っていた。
    その横には、瓶ジュースがぎっしり詰まったガラス扉の冷蔵庫。
    さらにその隣には、アイスクリームの会社のロゴの入った長方形のアイスボックスが鎮座している。
    「……やっぱり落ち着くな、ここ」 陶揮が言うと、
    「だろ?俺の庭だからな」 颯太が胸を張る。
    そして、店の奥の一角には、
    往年のアーケードゲーム機がずらりと並んでいた。
    ・ストリートファイターⅡ´(カプコン)
    ・ファイナルファイト(カプコン)
    ・餓狼伝説スペシャル(SNK)
    ・TATSUJIN(タイトー)
    ・ポンピングワールド(ミッチェル)
    ・テトリス(セガ)
    ・アウトラン(セガ)
    「……すごい。これ全部、まだ動くの?」 陶揮が目を丸くする。
    「当たり前だろ。うちの親父、メンテだけは欠かさねぇからな」
    颯太が誇らしげに言う。
    物珍しさと保存状態の良さから、週末になるとレトロゲームフリークがこぞって集まってくる。
     
    陶揮がゲーム機に目を輝かせていると、
    店の奥から、明るく張りのある声が響いた。
    「颯太かい? おかえり!」
    祖母懐堂の主──祖母懐 ナオが、柔らかい笑顔で4人を迎えた。
    白い割烹着がよく似合い、背筋の伸びたその姿は、
    長年この店を守ってきた人の風格を感じさせる。
    「ただいま、ばあちゃん。 悪いけど、たません4つお願いできる?」
    颯太が手を合わせて“お願い”のポーズをすると、ナオは目を細めて笑った。
    「はいよ、ちょっと待っててな……」
    鉄板に薄く油を敷き、 大判のえびせんべいを並べる。
    その隣では、じゅうっと音を立てて目玉焼きが焼け始めた。

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    “たません”── 東海地方のローカルおやつ。
    大判のえびせんべいに、ソースとマヨネーズで味付けした目玉焼きを挟み、
    二つ折りにして食べる、素朴でどこか魔性の味の食べ物だ。
    店の奥には、ベニヤ板のテーブルと丸椅子が置かれ、子どもたちが宿題をしたり、ゲームをしたり、思い思いに過ごせる憩いのスペースになっている。
    ナオは手際よくたませんを仕上げ、皿に乗せて4人の前へ運んできた。
    「お待ちどうさま。 それにしても、颯太がこんな可愛い女の子達を連れて
     来るなんて…… 出世したねぇ」
    「まぁな。」 颯太が胸を張ると、碧釉と翠は思わず頬を赤らめた。
    焼きたてのえびせんと、香ばしいソースの香りがふわりと漂う。
    「いただきます」
    4人は同時にたませんを頬張った。
    パリッという軽快な音が響き、
    ソースの甘辛さと卵のまろやかさが口いっぱいに広がる。
    「うまい! やっぱり、うちのばあちゃんの作るたませんは最高だな!」
    颯太が満足げに言うと、他の3人も深く頷いた。
     
    しばらくして、皿が空になると、陶揮が本題を切り出した。
    「それで、“開かずの間”の話だけどさ。
     本当にあの鍵のかかった部屋なのかな?」
    颯太はテーブルに肘をつき、首をひねる。
    「さぁ……今のところ他にアテも無いしな」
    碧釉が静かに口を開く。
    「それに、部屋の鍵はどこにあるの?」
    その言葉に、翠が肩をすくめた。
    「それよ。 先生たちでさえ知らないんじゃ、お手上げじゃない」
    たませんの香りが残る店内で、4人はしばし黙り込んだ。
     
    ──途方に暮れていると、小さな女の子の声がした。
    「あっ、碧釉お姉ちゃん!」
    聞き慣れた声だ。
    4人が振り向くと、駄菓子の棚の前に水無瀬 志野(みなせ・しの)が立っていた。
    水色のワンピースに、ちょこんと結んだ小さめのポニーテールがよく似合う。好奇心いっぱいの大きな瞳がとても愛らしい。
    「志野ちゃん!どうしたの?」
    碧釉が駆け寄ると、志野は嬉しそうに笑った。
    「明日の遠足のお菓子を買いに来たの。 みんなは何してるの?」
    その言葉に、4人は同時にこう思った。
    (ちょうどいいところに来た……笑)
     
    翠がニヤリと笑い、志野の前にしゃがみ込む。
    「あのね、志野ちゃん。颯太お兄ちゃんがね、
     ── アイスクリームをご馳走するから占ってほしいんだって」
    「おい!何を勝手に!」 颯太が慌てて立ち上がる。
    志野はぱぁっと目を輝かせた。
    「えっ、本当にいいの?」
    (うわぁ、策士だ……)
    陶揮は“ご愁傷様”という顔で颯太を見た。
    (トホホ……もうライフも小遣いもゼロだよ……)
    颯太は涙目で翠を睨むが、翠は知らん顔だ。
     
    「……それで、何が知りたいの?」
    志野は食べ終わったアイスクリームのスプーンをひょいと掲げた。
    まるで魔法使いの杖のように振りながら、4人を見上げる。
    その声は小学四年生らしいあどけなさと、どこか底知れない響きを併せ持っていた。
    「実はね……」
    颯太は父から頼まれた“幻の器探し”の話を説明した。
    志野はじっと聞き、やがてスプーンをくるりと回した。
    「ちょっと待ってて」
    そう言うと、志野はポシェットから小さな水晶玉を取り出した。
    テーブルの上に紫色の布を広げ、水晶玉を置くと、光を受けて淡く輝きだした。

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    志野は丸椅子にちょこんと座り、水晶玉を両手で包み込むように持つ。
    その瞬間── さっきまでアイスを食べていた子どもの顔が、まるで別人のように静まり返った。
    「……見えるよ」
    4人は思わず息を呑む。
    志野の瞳は水晶玉の奥を覗き込み、ゆっくりと口を開いた。
    「幻の器が隠されてるのはね── 忘れられた場所だよ。
     それから、もうすぐ無くなってしまう場所」
    その言葉に、陶揮たちは顔を見合わせた。
    鉄平の言葉── 「長いこと誰も使ってなくて、もうすぐ取り壊されるらしいぞ」が脳裏に蘇る。
    やっぱり、あの古い倉庫だ。
    倉庫の奥の鍵のかかった部屋── あれが“開かずの間”で間違いない。
    碧釉が身を乗り出す。
    「志野ちゃん……倉庫の奥の部屋の鍵の場所を教えてほしいの」
    志野は水晶玉を胸の前で止め、目を細めた。
    「鍵はね── 瀬戸の街に伝わる古い言い伝えに答えがあるよ。
     それと……猫が知ってる」
    その言葉に
    「猫?」
    「どんな猫?」
    「生きてる猫?」
    「招き猫?」
    4人は一斉に首をひねる。
    志野はにこっと笑った。
    「ふふ、答えは“言い伝え”の中にあるよ」
    碧釉が小さく息を呑む。
    「……瀬戸の街に伝わる古い言い伝え……私、夜、お父さんに聞いてみる」
    その言葉を合図に、この日の作戦会議は終了した。

    夜の釉泉寺は静かだった。
    本堂の灯りが柔らかく畳を照らしている。
    碧釉は父──釉泉寺住職・藍原 覚(あいはら・さとし)に相談した。
    覚はしばらく考え、奥の書庫へ向かう。
    やがて戻ってきた手には、古びた和綴じの本があった。
    表紙には墨で「福猫縁起」と書かれている。
    「これは文政年間に初代住職が書いたものだ。
     瀬戸の街には“福猫”という七体の猫の像があってね。
     陶工たちが窯の安全と家業の繁栄を願って作ったものだ。
     すべての福猫に願掛けをすると、願いが叶う──
     そんな言い伝えが残っている」
    覚は古書を開くと、ゆっくりと文章を読み上げた。

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    釉泉寺初代住職 藍原 寛栄 著『福猫縁起』より(原文)
    文政のころ、瀬戸の里に七つの福猫あり。
    是れ、陶工ら窯の安寧と家業の繁昌を祈りて造りし像なり。
    其の姿、東西南北の守りを司り、福徳を招くと伝ふ。
    七つの福猫、すべてに願を掛くれば、心願成就すべし。
    されど、福猫の所在は時によりて移ろひ、常に定まらず。
    ゆえに、里の者ら、猫の導きを頼みて巡礼を成す。
    猫の示すところ、必ずや福の道に通ずと云へり。
     
    碧釉はページを見つめながら、
    志野の言葉──”猫が知っている”を思い出した。
    七体の福猫、瀬戸の街に散らばる“猫の像”
    その巡礼が鍵の在り処を示すのだろうか。
    本堂の灯りが揺れ、 碧釉の瞳に決意の光が宿った。

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    瀬戸・尾張旭で30年育ち、瀬戸の街を歩きながら物語を紡いでいます。実在の風景と日常の不思議を重ねた“歩ける物語”を書いています。瀬戸では焼き物の工房をモロと呼びます。器作りに関わる方達、瀬戸旭の皆さま、全ての皆さまの灯になれたらと言う願いです。

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