メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ブログ総目次

    *タイトルをクリックすると記事に移動します
    (このブログは、20022年9月中旬に開設工事を開始、同年11月1日に竣工)

    Ⅰ 美術の終末、芸術の終末

           (終01~04、B01~07 財団法人岩田洗心館のウェブ紀要に掲載した論文の再録)

     美術の終末、芸術の終末

    終01|美術の終末、芸術の終末
    終02|イベントが悪いわけではない、しかし・・・
    終03|1970年代、芸術から風俗へ 岩田信市と赤瀬川原平
    終04|すぐ横には異なる芸術観が・・・

     終末論から読み解くバンクシー

    B01| バンクシーのネズミ — われわれの時代が来る
    B02|現代美術バブル  —  みんな、正気を失うぞ
    B03|「芸術」の内と外、その境界線上の思考と行動
    B04|やはり違法ネズミに流れるのはグラフィティの血
    B05|ドーミエの息子たち⋯血に染まるシャルリー紙の風刺
    B06|ホガース⋯近代風刺画の源流
    B07|「夏目漱石、1905年のホガース評」についての小考察

    Ⅱ いけばな論

     いけばな論

    花01|いけばな人口激減の考察① 総論-激減の実態を探る—
    花02|いけばな人口激減の考察② -前後左右、深部へ
    花03|最後の前衛いけばな人、下田尚利 ①
    花04|最後の前衛いけばな人、下田尚利 ②
    花05|最後の前衛いけばな人、下田尚利 ③
    花06| 最後の前衛いけばな人、下田尚利④
    花07| 最後の前衛いけばな人、下田尚利⑤(最終回)
    花08|古典という観念のオーラ ① いけばなでは古典と現代がごった煮?
    花09|古典という観念のオーラ ② 氷結の古典花
    花10| 古典という観念のオーラ ③ 前衛によって蘇る古典

     +G視点のいけばな

    花G00| 序論 G(ジェンダー)視点の自分史的背景
    花G01| いけばな文化は、女性排除で始まった 

     改訂版 女たちのいけばな  (完結)

    花女01|女たちの文化参加
    花女02|明治のいけばな-様々な水脈   
    花女03|芸者といけばな、他
    花女04|変わる上流女性の意識 
    花女05 |九条武子、 身分制と慣習の抑圧の下で
    花女06 |九条武子、弱者救済の社会活動家へ
    花女07 |夏目漱石の悲しい欠陥、精神病と家庭内暴力
    花女08|芸術と技芸をめぐって
    花女09| 前衛時代は、女性躍進の最盛期でもあった
    花女10| 半田唄子 求道の前衛いけばな人
    花女11 | ともに花の道に生きよう — 半田唄子と中川幸夫の結婚
    花女12 | 東京暮らしは何のためだったのか?
    花女13 | 半田唄子と中川幸夫、2人の癒着した内臓を別ける
    花女14 | 半田唄子、六畳一間の生活に爽やかな風を招いた人
    花女15| 『改訂版 女たちのいけばな』 最終回

     花随筆

    花随00|発想本位のいけばな論

    Ⅲ 雑言体(ふぞろいな…)

     雑言体

    雑01|三頭谷鷹史の活動略歴
    雑02|「オルフェの袋小路」の山下信子
    雑03|ブログ開設1ヵ月のメモ
    雑04|ジャンル横断雑誌『ゐまあごを』
    雑05|『同志社美学』第19号のこと
    雑06|「彼」との小さな因縁、そして妄想 「裸のラリーズ」水谷孝
    雑07|帰郷、そして飄々の人‣江坂清作と出会う
    雑08|『毒薬大系』の編集発行 
    雑09|「8号室」のこと
    雑10|あの時代、そして『裸眼』のこと
    雑11| 再び地域から、岩田正人との出会い
    雑12|壱金講座と裸眼ノート

    Ⅳ 随筆

     随筆

    随00|なぜ「随筆」なのか⋯前のめりの欲求⋯
    随01| 抑え切れない衝動、その罪と救済 ⋯ 非行少年W
    随02| シータの最期
    随03|バンクシーの正体を伝えるメディアの野暮
    随04|もしかして私は国旗損壊者だったのか?
    随05|18禁となった随筆「もしかして私は国旗損壊者だったのか?」


     
     
     
    みずたに・たかし/1947年愛知県生まれ/名古屋造形大学名誉教授/美術評論家連盟会員。