
半生を紡ぐ その二 家族の記憶を言葉にのせて
第1章 祖父母の家その2
祖父が亡くなったとき、私は泣いた。
止まらなくて、嗚咽がこぼれた。
すると祖母が言った。
「涙はもっと悲しいときのためにとっときな。」
いつものようにぴしりと、凛とした声で、
その日も背筋をぴんとのばしていた。
でも、その祖母も、祖父の死後から、急に変わっていった。
言葉が出にくくなり、買い物の帰り道がわからなくなり、
最後は施設で、静かに息をひきとった。
肌だけは、最後までとてもきれいだった。
朝起きるとすぐに、化粧台の前に座っていた祖母。
私は、いつもおにぎりをにぎってくれた祖母の手をとりながら、
もう聞こえなくなった、あの声を思い出していた。
祖父母がいなくなったとき、
ひとつの時代が終わったのだと思った。
何かが、ふっと静かに、幕を閉じたようだった。

今でも、ときどき思い出す。
子ども時代のお正月。
祖父母の家に、親戚一同が集まり、
机を囲んで座る場所が足りなくなるほどの人数の中、
祖母が運んでくるのは、
大皿いっぱいのお煮しめと、おせち料理だった。
人参や牛蒡、里芋、こんにゃく、しいたけ。
こおや豆腐を口に入れると、
やさしい出汁の味が、口いっぱいに広がった。
おせち料理も、ぎっしりと詰められていて、
ひとつも手を抜いたものがなかった。
今でも悔やまれるのは、
祖母がおせち料理を伝授してくれようとしたとき、
どうして私は、その時間を作らなかったのかということ。
大人たちはみんな、お酒が強かった。
昼過ぎには、誰かが政治の話を始め、
やがて白熱して、
誰が何を話しているのかわからないほど、声が重なった。
その横で、私と年嵩の従兄弟は、
こっそりビールをかすめた。
調子にのって、
コップに何杯ものビールをついでも、
大人たちは、誰ひとり驚かなかった。
むしろ、
「もう飲めるのか」と、
ニヤニヤ笑っていた。
お正月は、
子どもがちょっとだけ、「大人になっていい日」だった。
その場にいた人たちの顔や声は、今ではぼんやりしているけれど、
あの熱気と、湯気の混ざった空気は、
今でもよく覚えている。
あれが、
親戚みんなで集まった、最後のお正月だった。
続く・・
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