メインコンテンツへスキップ
見出し画像

半生を紡ぐ その一              家族の記憶を言葉にのせて

    みゅうな

    人は、忘れたと思っていた記憶ほど、静かに、深く、心の底に残っているものだと思います。

    祖父母のこと、父と母のこと、三姉妹で過ごした時間、夫との年月、
    娘と向き合った日々。

    それらは出来事というより、感情のかたちで、今も私の中に息づいています。

    このnoteでは、家族の記憶をひとつずつ、言葉で紡いでいきます。


    第1章 祖父母の家

    グミの実が、陽に透けて赤く光り、塀の上から枝がのびていた。

    ランドセルを揺らしながらその角を曲がるたび、吠える犬におびえてすり足になる。

    角を過ぎると見えてくる祖父母の家。

    放課後の道すがら、ふっと心がほどける場所だった。

    祖父母の家の外、帰り道から目立つところに、母の靴が並んでいることがあった。

    その横に、妹の小さなサンダルもそっと添えられている。

       今日は、ここにお母さんがいるよ。

    母と決めた二人だけのサイン。

    それを見つけると、胸の奥がふわっと温かくなった。

    学校であった嫌なことも、帰り着くまでにのぼらなければならない長い階段のしんどさも、すっと どこかへ消えていった。

    祖父母の家で過ごす時間は、心地よかった。

    台所からは祖母の明るい声がし、お茶の湯気がぽわんと漂ってくる。

    祖父は、新聞をたたみながら、少しだけ私に笑いかける。

    私はそのひとときが、ひそかにうれしかった。

    祖父母のことは、大好きだった。


    祖母は、筋金入りのお嬢様で、自由奔放な性格だった。

    若いころ、とうとう家を飛び出してしまう。
    そしてたどり着いたのが、神戸の町だった。

    そのとき祖母に声をかけたのが、若き日の祖父。
    神戸で警察官をしていたころのことだ。
    ふたりは出会い、恋に落ち、やがて夫婦になった。

    ずっと後のこと。
    祖父が病床にあったころ、阪神淡路大震災が起きた。
    テレビに映る神戸の町は、壊滅的な姿だった。
    祖母はその映像を見つめながら、
    新婚時代を過ごした町の面影を思い出していたのだろう。ぽつりと言った。
    「おとうちゃまが、この神戸を見なくてよかった」

    祖母はよく言った。

    「てんちゃんにだって嫁げるほどの教育を受けたのさ」

    てんちゃんとは、天皇陛下のこと。

    冗談とも本気ともつかない口調でそう言いながら、手際よく料理をつくり、大きなおにぎりをに ぎってくれる。

    一緒に市場に出れば、野菜屋や魚屋の誰彼に、
    「あんた、〇〇さんとこの、孫さんかい」と声をかけられる。

    私は祖母が誇らしくて、少し照れくさかった。

    祖父は、静かな人だった。

    本屋を巡るのが好きで、毎月何冊も本を読み、囲碁を打ち、そしてちょっと変わった趣味があった。

    日本中の珍しい名字を集めること。

    時代小説や映画の登場人物の「二つ名」 風車の弥七、槍の権六、
    鎖鎌のお政 そんな名前を、 自作のノートに書きつけていた。

    新聞広告の裏紙を丁寧に綴じたノートに、祖父は力強い筆跡で名前を並べていた。

    それ自体が絵画のような、それは、祖父だけの「名前の図鑑」だった。

    私がそれをのぞきこむと、祖父はちょっとだけ得意そうに少年の顔で笑った。

    祖父の世界は、静かで広かった。        

    私はその端っこを、ほんの少し、のぞかせてもらっていたのかもしれない。
                               続く・・

    ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

    初めての投稿で緊張しています。もし、この続きを読んでみたい。と思われたら、♡・フォローをしてくださるとうれしいです。
    皆さんの投稿の型を、見よう見まねで投稿しました。
    アドバイスも嬉しいです。


    #エッセイ #自分史 #家族の記憶 #ノスタルジック #思い出 #半生記 #初note


     
     
     
    祖父母、父母のこと、三姉妹、娘と私、夫、猫たち。 記憶の片隅の感情を、そっと言葉にのせて。 そして今、 家で出会う、算数の話を執筆中。   おかあさんねこは、答えを教えない。 朝と夜の小さな記録は↓ https://www.threads.com/@miyuuna2026

    あなたへのおすすめ